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6-5



 このままでは昼頃の、試合開始時刻にORIZINAL UNACTに接触されてしまう。

 そこで彼等は、とりあえず距離を取ることにした。

 UNACTの移動速度は遅い。おおよそ自動車の範疇に収まると考えていいほどに鈍重だ。

 何もかも破壊しつつ移動する為に、単純に追いかけっこが成立すると考えていいほど気楽ではないが―――それでも、移動手段さえあれば逃げ切ることも出来る。

 可能不可能でいえば可能だが、かといって逃げたところでどうなるのだ、という命題が付き纏うこともあり、武蔵はこれまで逃避という手段を選んでこなかった。

 UNACTは宇宙由来の生物ということもあり、冬眠のような形であれど宇宙航行が可能なのである。

 地上は元より、宇宙の果て、ボイジャーを追いかけたところでいつかは追い付かれる。

 だからこそ、これは時間稼ぎ。

 鈴谷の残したものを片付ける為の、細やかな抵抗であった。


「最後の晩餐ならぬ、最後の昼食の為に宇宙に出るとはな」


 三笠宅の玄関前。先に支度を済ませた武蔵は、軒先で三笠を待ちぼうけていた。

 そして現れる、洋風の人並外れた―――実際人の枠から外れているのだが―――美少女。

 コケティッシュさのある、ケバケバしい色合いの洋服に着替えた三笠は呆れたようにセカンドバッグを両手で吊り下げた。

 日本人が着ても冗談にしかならないような自己主張の強い服だが、三笠が着ると妙にしっくりくる。

 武蔵はふとかつて降りた彼女の故郷の対岸の国の人々を思い出し、これがヨーロピアンなスタンダードなのかと想像する。

 なんにせよ、着飾った美人が傍らにいることは武蔵としても文句はなかった。


「手配は済んでいるのだろうな」


「書類はオンラインで提出した。……あと数時間で無許可飛行とかどころじゃなくなるんだけどな」


「コロニー内の遊覧飛行ならともかく、宇宙に出るのなら隔壁を開かねばなるまい」


 武蔵は宇宙に出るのに、急ぎ宇宙船を借りていた。


「何を借りたのだ?」


「エルメス」


「むっ。あれは好かん、好かんぞ」


「開発にハブられたからって絡むなよ。お前んとこそんなのばっかだな」


 意識を喪失している少女達を車の後部座席に積み込み、二人は武蔵家の自家用車で空港へ出発する。

 車中より、武蔵は何度も訪れている敷島家―――名字も偽名なのであるが……の家宅を見上げた。


「―――三笠」


「なんだ。どうした?」


 思うところがあるのは、三笠としても想像に難くない。

 武蔵に対する声は、存外優しい声色であった。

 武蔵は瞳を閉じたままに、誓う。


「俺は帰ってくる。―――この家に、必ず」


「いや来るなよ。私の家だよ。もう来るな」







 大苫宇宙港で事前に申し込んでおいた宇宙船を借り、船舶用の巨大エレベーターの真ん中にぽつんと鎮座して降下していく宇宙船エルメス。

 パン屋さんで大きなトレーに小さなパン一つだけ載せてレジに向かうような侘しさを感じつつ、武蔵達は管制に従って宇宙へ放り出された。

 ロボットアニメのようにカタパルトで発射することはない。軽くロボットアームで押し出されるだけであり、それとて一般人にとっては意外と大きな衝撃だ。

 一般的な大気圏旅客機の離陸は1,2G程度だが、その程度ですら慣れないものにとっては驚きを以て迎えられる。人間は意外なほどにGに弱い。

 フィクションでお馴染みの宇宙空間へ放り出すカタパルト描写は、実際のところあまり実在しないのである。

 とはいえ武蔵はその10倍のGに耐えられる訓練を積んでいるし、三笠に至っては上限が見えないほどの対G能力を有する。

 よって戦闘機や無人機に限れば、あればあるだけ便利といえば便利、程度の装備だ。

 武蔵達の生きる21世紀においても、宇宙用カタパルトの採用例はほとんどない。ロボットアームならばハードポイントを掴んで放り投げるだけで済むが、カタパルトとなると打ち出す側も大規模な設備が、打ち出される側もかなりの強度と設計の制約が生まれてしまう。

 とにもかくにも、武蔵達の宇宙船は、ある種無造作にすら思えるほどに雑に宇宙に放り出されたのである。

 武蔵はすぐに、宇宙空間の数多の船を管制する部署に無線を繋いだ。


《Self-Ark departure, Funnel10.》

(セルフ・アーク管制塔、こちらファンネル10)


《――――――。》


《Self-Ark departure? Do you copy? Heading to semi-major axis 382300 km, Orbital inclination 5,81°. Orbital eccentricity 0.0549》

(管制塔? 聞いているか? 当機はこれより準月軌道に移動する)


《――――――。》


《くそっ、通じてねえなこれ》


 武蔵はコックピット内に無線機のヘッドセットを放り投げた。

 時計を見れば、そろそろORIZINAL UNACTが暴れている時間帯。

 一般人が混乱の只中に落ちるのはもう少し先の話だが、情報を取り扱う最前線、管制室では既に収拾不可能な事態となっているのだ。

 それも当然。コロニー内に巨大怪獣が現れた際のマニュアルなど、あるはずがない。


「もういいや、広い宇宙でニアミスすることもないだろ。このまま行っちまえ」


 大雑把にスロットルを押し込む武蔵。

 如何にいい加減な武蔵といえど、平時であれば絶対に行わない暴挙である。

 だが現在セルフ・アーク周辺の船舶監督能力は失われており、そして武蔵の言う通り、広い宇宙で他の船やデブリと衝突する可能性は元より極めて低い。

 それでも確率はけっしてゼロにならず、そして一度衝突すれば大きな相対速度によって大惨事となるからこそ宇宙空間の浮遊物は徹底的に監視されているのだが―――武蔵はその絶対的ルールを、今は破ることにした。

 隣の座席に収まった三笠も肩を竦めるだけで制止はせず、黙々とランチボックスを開けようとする。

 それを見咎めた武蔵が、視線だけ向けて抗議した。


「あっ。こら、まだ食べるな! 俺の分が無くなる!」


「ケチケチするな。弁当箱も食材も私の用意したものだ」


「鈴谷は俺に食べて欲しくて作ったんだ!」


「別に誰の為とは言っていなかったように思うが……」


 最後に料理をしたいと言い出して、鈴谷はキッチンに一人向き合ったのだ。

 お昼ごはんに食べな、とは言われたものの、その具体的な意図は示されていない。


「それよりちゃんと操縦しろ。進路は合っているのか」


「まあ、だいたい」


 平時なら絶対にしない目分量の操縦であった。


「なんていい加減な……」


 武蔵はORIZINAL UNACTに飲み込まれる命運であるし、三笠はどうせ予備ボディだ。

 レンタル業者には申し訳ないが、武蔵達はコロニーに帰還する予定はなかった。

 リニアエンジンの加速が終わり、慣性航行に移る。

 二人はそそくさとベルトを外し、貨物室の観音扉を開いた。

 扉は外壁のカバーであり、内側には円柱状の透明なキャノピーがはめ込まれている。

 あたかも棺桶の中から大空を見上げるように、二人の前に星々の万華鏡が広がった。


「おーっ」


「ほう」


 武蔵と三笠は歓声を上げる。

 こんな時代だ。宇宙など見慣れた彼等だが、それでも大きく開いた扉からガラス一枚越しに見る宇宙は壮観だった。

 宇宙を航行するオンボロ船の秋津島に窓なんて気の利いたものはないし、近代的な宇宙船も放射線対策としてカメラ越しの景色投射であることが多い。

 それでも小型宇宙船である凰花など、広く肉眼で宇宙を見れる機会はあったが―――それも、随分とご無沙汰であった。

 約3トンの貨物を宇宙空間に降ろす為の扉は巨大で、その前に立った感覚としてはほとんど宇宙遊泳に等しい。

 無重力の中、輝く地球と深淵の宇宙を枠に収めた光景を前に、男女は自然と笑い合う。


「な? この船を選んで正解だろう?」


「いや結果論だろう。意図的に景観重視でエルメスを選んだとは思えんな。狡いぞ、日本猿め」


「いい雰囲気なのに楽しく暴言で返すのやめてくんない?」


 足元の手すりに足の甲を引っ掛け、武蔵はいよいよランチボックスを開いた。

 きっちりと詰められた白を基調とした縞模様。

 フルーツ、ジャム、コンビーフ、なんでも挟んだサンドイッチの詰め合わせだった。


「サンドイッチか。ロールじゃない普通のタイプだな」


「仕方があるまい、鈴谷が調理した時点では宇宙で食べるとは話していなかったのだ」


 宇宙食として調理したままの料理を無重力に持ち込むことがたまにある。

 あまり推奨される行為ではないのだが、誰だって出来合いの市販品などではなく手作りの調理間もない料理を食べたいのだ。

 よって短時間の宇宙飛行などではお弁当の持ち込みは珍しくもなく、それは21世紀において宇宙料理として一ジャンルが成立していた。

 その一つが、武蔵の指摘したロールサンドイッチなど、具材が飛散しにくい工夫をした料理である。


「料理っていうほど手の込んだものか、サンドイッチって?」


「だから貴様は駄目なのだ。どんな料理でも手順を踏めば上等な料理となる、鈴谷は先程の調理にて一切手を抜いていなかった。私の家の高級食材を、細心の注意を払って調理したのだ」


「食材使われたの割と根に持ってない?」


「ない。あるものか、これは鈴谷の遺書だ。精々心して食え。これは死合いだ」


 また妙なことを言い出したぞ、と武蔵は半目になった。

 だが三笠は真剣な表情を崩すこともなく、獲物の首を仕留めるかのようにカブリと齧り付く。

 そんな態度を目にして、武蔵は恥じた。

 その通りだ。三笠のいう通りなのだ。自分達は、鈴谷の最後の意思を託されたのだ。


「遺書、か。なるほど、言い得て妙なのかもな」


 そこにどんな意味が込められているかなど判らない。だが、一つはっきりしていることがある。

 彼女にとっての料理は、常に誰かの為のものだった。

 ならば、やはりこのサンドイッチは―――『誰か』に向けたメッセージ、即ち遺書なのだろう。

 考え込む武蔵に、三笠は告げる。


「特に脳細胞も使わずに発した言葉に、そこまでガチで頷かれるとキモいな」


「お前どうしようもないヤツだって人に言われない?」


「よく知ってるな。高嶺の花だとよく言われる」


「違うそうじゃない。マイナス方向のどうしようもなさだ」


 二人の熾烈なサンドイッチ争奪戦が始まった。




コンビニスイーツを購入し、いざ封のシールを剥がそうとしたら手元から滑りました。

マーフィーの法則によればカーペットの値段とバターを塗った面から落ちる確率は比例するそうです。

事実、私の食べようとしていたちょっとお高いスイーツは容器の口側から床に落下しました。

ちなみにこれは思い込みなどではなく、事実として3メートル以下の高さから落下した物体は半回転して着地することの方が多いと統計学で割り出されているようです。

法則の有効性が数学で割り出されようと、スイーツが犠牲となった憤りは割り切れません。

次はどら焼きとかフルーツサンドとか、裏表のない素敵なスイーツを買うことにします。

        


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