6-2
「……やっと来た。ん、なんだいその頬の紅葉は?」
「俺が俺らしく生きた証……かな」
「アンタがアンタらしく馬鹿やってた、ってのはよーく判った」
鈴谷の家に到着すると、そこには既に出発の準備を終えた鈴谷が待ちぼうけをしていた。
物静かに、どこか消沈した様子で軒先に立っていた鈴谷だが、武蔵の顔に赤い手のひらの跡があれば指摘せざるを得ない。
双子のレズセックスに混ざろうとした武蔵は、加熱処理をしていないニシンの缶詰を見る目で双子に見られつつこの勲章を授与されたのである。
「なんて言いますかぁ? ちょおっとだけムラムラしちゃったって言うかぁ?」
「わたし達的にぃ、なぜかこの子がすっごおく可愛く見えちゃったって感じぃ?」
武蔵の登場に正気を取り戻した双子であったが、未だどこか本調子ではなかった。
パジャマで出かけるわけにもいかないので急いで着替えさせたのだが、髪まで整える時間がなかったのかいつものサイドテールになっていない。
これが左右どちらなのかで姉妹を見分けていた武蔵にはいい迷惑である。
4人は車に乗り込み、心神喪失状態の時雨も回収して三笠の家へ向かう。
道中、調子の悪そうな双子を介抱しつつ鈴谷は訊いた。
「亡霊戦艦は沈められたのかい?」
「……あと一歩、実質落としたと言っていいレベルだ」
「つまり失敗したんだね」
武蔵の大本営報告は即座に看破された。
何度繰り返そうと、制限時間が苦しいのは変わり無い。
三笠とも潤滑に会話する為にも、武蔵は運転の傍らで作戦の推移を語った。
作戦の経過は、事前の予定と変わり無いので説明は多くない。
しかしながら想定以上のダメージを与えられたこと、乗り込んでの強行偵察に成功したことなど、彼女達を驚かせることは多かった。
「隊長が、あの中にねぇ」
頬杖をつき反芻する鈴谷に、武蔵は私見を述べる。
「推測だが、時雨視点ではゲームでもやってる感覚なんじゃないか?」
「敵機がコンピューターゲームのNPCにでも見えている、っていうのかい?」
「ひょっとしたら空飛ぶインベーダーや、空飛ぶスパゲティモンスターかもしれない。直接肉眼で見ているわけじゃないんだ、敵機を適当なテクスチャに変換することは難しくない」
時雨からすれば、化け物に襲われているので逃げ回っているのではないか、という推測。
そう考えると、一つ問題が生じる。
「今回惜しいところまでいった戦術が、次は通用しないかもしれない。次の作戦では前回の単順な強化案が使えない」
「嫌らしいね……そういう学習を狙って、隊長を組み込んだのかな」
もっとシンプルに人工知能では駄目だったのかとも考える武蔵。
人間の人格を完全再現する人工知能はハードルが高いものの、無人機に組み込む戦闘用人工知能は珍しくない。
しかしそういう人工知能は、それはそれで面倒なのだ。
戦闘機パイロットとは、時と場合によっては外交官としての役割を求められる。
機関砲一発で戦争に陥りかねない国境を守る役割は、その立場責任に関わらず、どうあっても最前線なのだ。
無論、軍人と外交官がイコールで結ばえるのは中世まで。近代において、軍人が勝手に政治的判断をすることは許されない。
それでも最前線にいる戦闘機パイロットは、否応なくデリケートな判断をまま突きつけられる。
そんな重大な立場を人工知能に任せるのは、人類にとって大きな恐怖だ。
人工知能の判断一つで戦争状態に陥っては、笑うに笑えない。
よって、戦闘用人工知能の多くは『やれること』より『やってはならないこと』を重視される。
あらゆる行動を雁字搦めにされ、その上で『自分で考えて行動しろ』と言われるのが戦闘用人工知能の世知辛さだ。
そんなデザインをされた人工知能に、『人類を攻撃しろ』『地上施設を攻撃しろ』『軍民問わず攻撃しろ』と教え込むのは、中々に苦労しそうな話ではある。
それならば、最初から人工知能を作り直した方が早そうに武蔵には思えた。
「っていうかぁ、そもそも軍用人工知能ってぇ」
「霜月? いや秋月か? ええいややこしい」
急に口を挟んできた霜月に、武蔵は戸惑う。
しかし、次の言葉には思わず頷いてしまった。
「戦闘機用の人工知能をぉ、おっきな飛空艇に載せられるんですかねぇ?」
「……確かに」
どれだけ戦闘機のような起動が可能な船であっても、どう考えても亡霊戦艦大和は既存の人工知能のサポート外だ。
どの道『黒幕』は大和用に新たな人工知能を拵える必要があり、そこでたまたま目をつけたのが時雨なのかもしれない。
誰でもいいなら俺の女に手を出すな、と叫びたい武蔵であった。
「お邪魔します」
「帰れ」
三笠の家にぞろぞろと入り、勝手知ったる他人の家とソファーに座る武蔵。
「なんだこいつ」と訝しげな目を向けてくる三笠に、武蔵は厳かに告げた。
「話は聞かせていないが! 人類は滅亡する!」
三笠無言の舌打ちである。
「私の安眠を妨害しに来たというのなら、ああ完全に成功だ。今日の試合にそこまでして勝ちたいとは、貴様にはスポーツマンシップというものを学び直す必要がありそうだ。だが誇れ、これは賛辞に違いない。勝負事に挑むのだ、中途半端は相手への冒涜であろう。よって、貴様は試合前の差し入れに存分に警戒することをお勧めしよ……おい、寝るな」
「話が長い」
あまりの長話しに船を漕いでいた武蔵。
理性は寝ている場合ではないと叫んでいるものの、どうにも抗えそうになかった。
「なんだこいつは、ズカズカと不躾に訪ねてきて早々に……最上、貴様もか!」
うとうととしている武蔵には知りようもなかったが、隣では鈴谷も大口を開けて寝ていた。
そんな様子に、如月姉妹の右にいた方がはたと気付く。
「そういえばぁ。二人って、体感的にはついさっきまでヤバい戦いしてたんですよねぇ。ミカミカ、ムサシンとすずっちはちょっと休ませてあげなくないない?」
如月姉妹は、互いの身体を弄りながら三笠に提案した。
三笠は思う。
こいつら本当に何しに来たんだ。
訝しみつつも、三笠は億劫そうに二人を客間のベッドに放り込むのであった。
起きたら朝だった。
そんな多くの者にとっての日常に、武蔵はサッーと顔を青ざめさせた。
「時間を無駄にした」
隣で寝ていた鈴谷をベッドから蹴り落とし、慌ただしく昨晩の部屋に駆け込む武蔵。
だがそこで待ち受けていたのは、あまりに呑気な朝食の光景であった。
「「おはようございますぅ、むさしーん」」
あっけからんと朝食を食べている双子。
三笠は武蔵を一瞥し、無言で食事を中断して立ち上がる。
「待て。今、お前の分も用意する」
「あ、ああ」
「顔を洗ってこい。そこの扉から右手に洗面台がある」
そそくさとキッチンへ向かう三笠。
武蔵は双子と視線を交わすも、スルーされたので顔を洗いに行くのであった。
「双子から話は聞いた。随分な体験をしてきたみたいじゃないか、大和武蔵」
武蔵としては早々に話を初めたかったが、その不作法を三笠は許さなかった。
武蔵に起こされた鈴谷も含め、5人で朝食を食べた後に三笠はようやく口を開いた。
「あの宇宙怪獣に始まり人類滅亡、そして100年間のループ。まさかそんな面白おかしい事態になっているとはな」
「何も面白くはない」
「ふむ。多少寝て余裕を取り戻したかと思ったが、未だに不機嫌か。小さい男だ色々と」
何が『色々』なのかとツッコみたい武蔵であったが、そこを堪えて問うた。
「その様子だと、しっかりとした記憶の引き継ぎは行っていないのか?」
「お前達の脳をスキャンすれば、その時点で意識を失うのであろう。ならなるべく話すことを話してから行うべきだ」
「制限時間があることは忘れるなよ」
「 タイムリミット、ORIGINAL UNACTの襲撃は昼頃なのであろう? ならばまだ5時間はある。少しは落ち着け」
「落ち着いてるさ。飯は感謝する」
武蔵は大きな窓から外を見る。
思えば、この時代で朝を迎えるなどいつ以来か。
厳密なタイムリミットを考えれば、なるほど確かに焦りすぎていたのかもしれない。
武蔵は三笠の判りにくいが、確かに散見出来る気遣いに感謝した。
気持ちを入れ替える意味も込めて、紅茶を一気に飲む干す。
すかさず、三笠は武蔵のカップにおかわりを注いだ。
「意外と面倒見いいよな」
「脳にウジでも湧いてるのか?」
「パスタ半島のゲテモノチーズと一緒にしないで戴きたい。というか言い逃れ出来ると思ってるのか、俺はもうループ世界で何度もお前に世話になっているんだ」
三笠は腕の上にカースマルツゥが這いずり回るような嫌悪感丸出しの顔をした。
「まあいい、ポットも打ち止めだ。次の茶を準備する」
「三笠っち、お茶ならもう戴きましたよぉ?」
如月姉妹の左の方が訊ねる。
なぜ未だに秋月霜月を区別していないかというと、朝になって髪型を整えたはずなのに、なぜか二人とも同じツーサイドアップにしているからだ。
やはり見分けがつかないので、武蔵としてもいい迷惑である。
「朝食が早かったから変則的だが、あれはアーリーモーニングティーだ。今から淹れるのはブレイクファーストティーだ」
「お前の国は何度お茶飲むんだよマジで……」
呆れる様子の武蔵。
鈴谷はしかし、そんな武蔵に指摘する。
「けどあんた、あのアリアって子と気持ちを確かめ合ったんだろ? あの子だって同郷なんだから、結婚したらお茶に付き合わされるんじゃないのかい」
「くけーっ!」
三笠が壊れた。
意味不明な、よくよく聞くと早口のブリティッシュイングリッシュで武蔵を罵倒し、鈴谷に詰め寄ってことの次第を聞き、武蔵とアリアが相思相愛であることを確かめあったと知ると号泣しだした。
「ぶへへええええっ! アリアが! アリアがこんな男に! 私は認めないぞ! ぐぞぉぉぉ!!」
「キャラ崩壊ってレベルじゃねえぞ」
「あれだよむさしん、所謂NTRってやつですよぉ」
「ミカミカの脳が破壊されて人類の未来がヤバイですぅ」
変な笑いを上げ始めた三笠に、さてどうしようと唸る3人。
人工知能らしくリセットボタンでも押したいところだ。
「……お茶でも準備するか。こいつも帝国人、カテキン飲んどきゃ落ち着くだろ」
「あ、じゃあわたし淹れますよぉ」
いそいそとキッチンへ向かう双子の片方。
もう片方は特にリアクションもなく、のんびりとしている。
「ん?」
武蔵は違和感を感じた。
この双子はお互いに気安いようで、色々と互い気を遣っている。
ほぼ同じポジションや能力だからこそ、どちからが著しく不利益にならないようにバランスをとっているのだ。
ようするに、片方ばかりに面倒が偏らないようにしているのだ。
だが今は、明らかに片方が仕事をして、片方がサボっている。
些細なことだが、何ヶ月も一緒に暮らしていると違和感を感じる程度には不思議な状況だった。
「まあ、いいか」
わざわざ問いただすほどのことでもない。
思い付いたことを実行すべく、武蔵もキッチンへ向かう。
そしてティーポットを2つ載せ、武蔵はお茶一式を準備した。
「片方が俺が淹れたやつ、片方が双子が淹れたやつ。勿論味の違いは判るよな?」
中身は両方とも、如月姉妹が淹れたものである。
謀る気満々な武蔵であった。




