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5-21


 幸いにして、武蔵は早々に友軍の船に拾われた。

 制御も効かない降下というより多少マシな落下と称すべきパラシュートは最初彼等に無視されそうになったものの、立ち泳ぎしつつ無線機の緊急周波数で言いくるめて拾わせた。

 やがて船は水上に浮かぶ巨大プラットフォームに帰還。

 そのまま治療を受けることもなく司令室に駆け込んだ彼は、急ぎ通信設備を借り受けた。


「閣下、報告を―――」


「いらん! まだ状況は終わっていない、上に通信する!」


 焦る理由は一つ。

 秋津島が撃沈している、という話を道中で聞いたからだ。

 世界がこうして終わっていないのだから、アリアは無事なはずである。

 だが何にせよ、何がどうなるか判らない。

 武蔵は大至急行うべきは、やはり三笠にメモリーカードの中身を送信することであった。

 骨董品のようなコンピューターにカードを押し込み、骨董品のようなアンテナでセルフ・アークにデータを送る。

 三笠への直通回線(ホットライン)音声通信用の回線だが、三笠ならすぐに対応するという確信があった。

 やがて全てのデータを送信すると、三笠からの通信があった。

 テレビ電話などではない、ただの通話だ。


「《生き延びたようだな、武蔵》」


「おかげさまでな。五体満足とはいかんが」


 指の切断や失明は五体に含むのだろうか、と益対のないことを考える武蔵。

 構わず三笠は続ける。


「《お前が送ってきたデータ、実に興味深い。雑多な情報であるが故に一言では言い表せないが、多くの事実が明らかになった》」


「直近で必要な情報はあったか?」


「《……いや。活かすとしても、次だろうな。急ぎ秋月の脳にデータを書き込んでいる、詳細は次の私に聞いてくれ》」


「そうか」


 平時の武蔵なら色々と聞きたいことがあったはずだ。墜落死したはずの秋月の名前がなぜ出てくるのか、次のループの三笠が処理しきれる情報なのか、などなど。

 だが、疲弊した武蔵にそこまで頭を働かせる余裕はない。


「《どうだ、亡霊戦艦を倒せそうな手応えはあったのか》」


「さてな。まあ、手応えはあったかもしれない」


 敵が攻撃の完全無効化、なんて能力を持っていないことは明らかになったのだ。

 気が楽になった、という意味ではそれは手応えと言っていいのかもしれない。

 だがしかし、曖昧といえば曖昧。果たして本当にアレは撃破可能なのか、武蔵でさえ未だ信じきれない。


「世界が終わってないってことは、アリアも生き延びたんだよな」


 先程考えたことを、再び確認する。

 アリアは戦場で一番安全な役割に徹する秋津島に乗り込み、大人しくしているように言いつけている。

 自分が死ねば世界が終わる、などと聞かされれば、アリアも拒否は出来なかった。


「《……なるほど、聞いていなかったのか》」


 三笠は困った声色で確認した。

 どういうことか、と訊ねる武蔵に三笠は言いにくそうに答える。


「《アリアの状態は私としても逐次把握したい情報だが、最後に聞いた報告では―――アリアは、重体らしい》」


 武蔵は無意識に、受話器を取り落としていた。







 日が傾き夕日で赤く染まる病室。

 自衛隊病院の一室で、武蔵はアリアを見つけた。


「よう、元気か?」


 元気であるはずがないと知りつつ、武蔵は能天気な声色で訊ねた。


「―――ああ、武蔵。こんにちは、なのです」


 返事もまた、どこか能天気であった。

 部屋には数人の医者が待機している。

 これは武蔵の指示によるものだ。医者が何人いても足りない状況で、アリアに何かあった際は人材機材を過剰なまでに分配して、治療に当てるように指示していたのである。

 控える医者達が難しい顔をしているのは、それこそが理由に他ならない。

 こんな死にかけは放置して、さっさと助けられる人間を治療したいのである。

 だが武蔵はそれを否定し、一秒でも長いアリアの延命を命じた。

 その結果が、このザマなのだ。


「痛むか?」


 武蔵は馬鹿な質問だと思った。

 下半身が失われ、痛くないはずがないのだ。

 だがアリアはふるふると、小さく頭を横に振る。


「いえ、痛み止めのせいかまったく痛くはないんです。本当ですよ?」


「そうか」


「不安感もない……変な薬を入れられているのかもしれません」


 苦笑するアリア。

 しかし、表情は徐々に歪んでいく。


「……みないで」


 声は小さかったが、静かな病室では嫌に明確に聞こえた。


「見ないでください、武蔵」


 だがこれは武蔵の行動の結果。武蔵は目をそらせない。


「いや、こんなの、いや。死にたくない、こんな死に方いやだ」


 ぐずぐずと泣き出したアリア。

 自分を好きだと言ってくれた女の死に様は、こんなにも目をそむけたいものなのかと武蔵は識った。

 しかしそれは許されない。

 皆誰もが、己の死と向き合ったのだ。

 未来世界は、少し人が死にすぎている。


「あ、ああっ。なんで私が、こんなの、こんな世界に飛ばされて、頑張ってきたのに! いやだ! 助けて、武蔵、助けてくださいお願いします。ハーレムでもなんでもしますから、お願い」


 武蔵はアリアに聞こえないように、医者と小声で話す。

 頷き、武蔵は告げた。


「……ちょっと電話してくる」


「やだ、行かないでっ」


 アリアの懇願を無視して廊下に出て、無線機を繋ぐ。

 元軌道エレベータ基部のメガフロートでは、既に携帯電話の基地局機能は死んでいる。

 よって、三笠との通信はやや原始的な方法だった。

 司令部に存在する長距離通信用無線機の受話器と、武蔵の持つ携帯無線機の相方をガムテープで繋いだ。

 とても22世紀とは思えない第一次世界大戦レベルの発想だが、とにかく時間がなかったのだ。


「―――三笠か」


「《ああ》」


 先程ぶりの声は、どこか投げやりな響きがあった。


「アリアが死にそうだ、もうそろそろループするぞ」


「《……無茶をしてもいい、延命させろ》」


「どういうことだ?」


「《今回の作戦では、時雨のメモリーカード以外でも様々な情報を得られている。急ぎこちらに送信させ、ギリギリ生きてた秋月に書き込んでいる。今回の戦訓を無駄にしないためにも、書き込みが終了するまでアリアを生かせ》」


「……わかった……こちらから指示しておく」


「《そうしてくれ》」


「なあ、三笠。お前はアリアのことを大切に思っているよな?」


「《なんだ。私がアリアを軽んじているとでも思っているのか殺すぞ》」


「出撃前の話だが、俺とアリアは愛を確かめあった。どうやら俺達は相思相愛らしい」


「《……そうか。アイツを、よろしく頼む》」


「任せろ。ちゃんと、見届けるから」


 無線を切る。三笠は未だに、アリアが死ぬ瞬間まで忙しいのだ。

 武蔵は医者を廊下に連れ出し、今以上にアリアの延命に注力するように命じることにした。


「一秒でも長く生きれるように処置しろ。手段は問わない、後遺症も気にするな」


「その行為に、何の意味が……?」


 慄然とする医官。武蔵は彼を睨みつける。


「戦略的な都合だ。俺だって楽しくて命じてるわけじゃない。あんたもこの楽しくない職務に尽くせ」


「了解……っ」


 延命処置をされていくアリア。

 武蔵はただ無言で、そばの粗末な丸椅子に座る。


「俺は……このお前は、目の前のお前は助けられない。これで終わりだ」


「もうすぐ死にますよ私は。この世界は終わるんです」


「俺は繰り返せる」


「ふざけないでください。バディの私は毎回終わりなんですよ」


「わかってる」


「わかってない!」


 医者達が手を止めるほどの声量でアリアは叫んだ。

 だがそれに怯む武蔵ではない。


「わかってる。俺はお前を大切に思ってる。お前が死ねば俺は苦しい。それを何度も見ることになるのは、俺にとって酷い経験だ」


「…………。」


「信じてくれ。俺はお前の死を何度でも見届けて、目的に手を届かせる」


 目の焦点が合わなくなってきたアリア。

 延命にのみ注力することで、彼女の意識が失われていく。


「……忘れないで。私のこと」


 口にして、アリアは自分の言葉を否定した。


「いえ、忘れてください。いちいち私を見届けなくてもいい。どうせ歴史の狭間に消えるのなら、死ぬ間抜けな私のことは忘れてくれて構いません」


「忘れられない」


「この」アリアは、もうすぐ死ぬ。

 これから参加する戦いの全てにおいて戦果を出せるわけがない。たかがトライアンドエラーの一回なのだ。

 なのに、この彼女は笑って見せるのだ。

 このアリアに、自分は何を残せるのか。

 考えて、答えは最初からあった。


「好きです」


 曖昧な意識の中、ただぼうっと武蔵を見るアリア。


「好きです。愛している。綺麗だ。まじアリア美少女」


 結婚が女の幸せだ、なんて前時代的なことはいわない。

 だが、武蔵が死にゆく彼女に与えれるものはそれこそ愛くらいしかなかったのだ。


「なんですか、もう……」


 困った人を見るような瞳で、アリアは笑う。


「わたしも、私も武蔵を―――」


 あまりに素直な言葉。

 しかしそれは、すぐに口を噤まれた。


「いえ、貴方は繰り返すんでしたっけ……なら、言いません。私の気持ちは何度も口にするほど……安くないのです」


 武蔵はぎくっとした。

 彼がこの結末を、必要あらば何度でも再現するつもりであることを、彼女は気付いている。

 アリアの激情を何度も繰り返してでも、立ち止まらないと決めている。


「俺は、俺は本当にお前のことを」


「知ってますよ。知ってます、ずっと、ずっと……」


 いよいよ光を失っていった瞳。

 惚れてしまえばあばたもえくぼ、というものの、アリアの綺麗な瞳が存外好きだったのだなと武蔵は思った。

 彼女の瞳が輝くことは、この世界ではもうない。


「きっと、前回までの私も、ある程度気付いていたと思います。武蔵が繰り返していたって」


「うん」


「貴方のためだから、私は何度も死ねたんです……」


「うん」


 それが、最期の言葉であった。

 人の死はどこが基準なのか。

 医療用ではないポンプを心肺に繋がれ、壊死していく末端を切断され、こぼれ落ちる血を補う為に強引な輸血を繰り返し、機械の一部と化していくアリアはそれでも死ななかった。

 10時間後。

 見守り続けた武蔵からすれば、境界など分からなかった。

 不意にアリアは死亡し、世界は終焉を迎えた。



次から6週目ですが、推敲が追い付いていません。

しばらくすれば更新再開しようと思うので、しばしおまちください。

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