第8話 世の中金である
思わぬトラブルに見舞われたが、それを切り抜けてプリンセスと少女が辿り着いた場所は、とある保護施設だった。
綺麗に整備された塀に、丁寧に手入れが行き届いている花壇。建物は大きく、立派なものだ。
今の時間帯はもう8時を迎えようとしている。此処まで移動途中で、帰りが遅くなると連絡はしてはいるものの、あまり遅くなり過ぎると雷が落ちる。
建物の明かりは点いているが、この遅い時間に訪ねても良いものかと躊躇してしまう。だかやはり、訪ねなければならない理由がある。
「あまり、ゆっくりもしていられませんよね」
ダ・ヴィンチの情報では、この少女は現在進行系で捜索願が出されており一刻も早く帰って貰わなければならない。それに、今日1日で沢山の問題を起こした事も考え、一度家で保護をする事も考えていたが、面倒事を招くのは少々気が滅入る。
そうして、今暮らしている家にと立ち寄ったのがこの保護施設という訳だ。
まあ、当の本人は不貞腐れているのが謎だが。
「離してよ!」
「駄目です。行く先々で問題ばかり起こしているんですよ?それに、今の貴女には捜索願が出ています。これ以上は、めっですよ?」
扉に備え付けられているドアノッカーに手を掛け、数回音を立てて中に居る人を呼び出す。
その隙に、少女が傍から抜け出して逃げ出したが、ワイヤーガンを使って捕まえて、ズルズルと引き摺る。
ここまで来ると、もう呆れてしまう。無意識に溜め息も出て、早いところこの少女とお別れしたいものと思うばかり。
「早く夕食を食べたいですね…あっ」
ぼやいていると、丁度扉が開いて中から1人の女性が出て来た。
「こんばんは、どちら様でしょう……あ゛!!」
保護施設の関係者が、少女を見るや否や飛び付いて抱き締めた。
その様子を見て、プリンセスは笑みを溢した。
これで一件落着と思われたのだが、
「離してよ!!」
少女は施設の人を振り払い、施設内へと逃げる様にして中へ入って行った。
何というか、思っていた感動とは程遠い場面となってしまった。
施設の人は、プリンセスの存在に気付いて一礼。プリンセスも丁寧に一礼して返す。
「ご挨拶が遅れました。私、ここのスタッフの細川由花と言います。あの子を保護してもらい、ありがとうございます」
「ご丁寧にどうもです。私は、怪盗ヒーロープリンセスです」
自己紹介を済ませ、お互いに気まずさに笑ってしまう。プリンセスは、もう用事は済ませたとこの場から立ち去ろうと一歩身を引くと、由花が「あの!」と一言言って呼び止めた。
「折角ですし、お礼も兼ねてお茶でも?」
「え、あ、そうですね。では、お邪魔します」
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冷静に考えて何をしているんだと思うプリンセス。普通に招かれては、お茶してのんびりと時間を過ごしている。怪盗なのに、ヒーローとしてやっているのに、早く帰って夕食食べたいのに。
それに、正体がバレないようにフードを深く被ってお茶を啜るのは難しい。
「怪盗ヒーロープリンセス、ですよね?改めてありがとうございます」
「困っていたから助けただけです。あの、ちょっとあの子についてお聞きしても宜しいですか?」
ピクリと由花は反応したが、すぐその動きを止めた。不自然と思って尋ねようとしたその前に、仕方ないと言った様子で口から溢してくれた。
「先月に起きた、ファミリーレストランでのガス爆発の事件をご存知でしょうか?」
「ニュースで観た程度でしたら」
「あの子、倉田舞子はその事件に巻き込まれたんです。一緒に居たお父さんは亡くなり、お母さんは重傷で手術が必要な程なんです。手術するにしても、莫大なお金が必要で」
少女──舞子が、何故必要以上にお金を盗る理由が明らかになった。どれくらい掛かるのか分からないが、手術に必要な費用を子供である舞子には到底用意は出来ない。稼ぐにしても年齢が低過ぎる。だから、犯罪に手を掛けたりして費用を稼ごうとしている。
だけど、犯罪に手を染める事以外にも色々案はある。
「呼び掛けたりして、お金を集めようとはしなかったんですか?そう、クラウドファンディングで」
「しました。ですが、目標額には届かなかったんです…」
寄付金でもダメとなると、確かに犯罪に手を染めるしか他はない。だけど、保護施設のスタッフは恐らくその事に気付いていない。
その証拠に、由花にはその様なワードが口から出ていない。舞子自身が決めては隠れて、勝手にやっているのだ。
となると、益々面倒ごとになりそうな予感がする。小さい子とはいえ、警察沙汰になる事には間違いない。それを知った頃には、施設の人達ではもう遅過ぎて何の手立ても打てなくなり、下手をしたら施設自体の信用も無くなり運営出来なくなる。
他に保護している子にも、悪い事をしているのではないかと目を付けられて、他の施設で預かって貰えずもある。
舞子のお母さんも、結局助けられず仕舞いで終わる。
──結局、世の中お金という事ですか…醜いものですね全く。
ヒーローとして人助けするにしても、限度というものがある。特に今回の様なお金絡みとなると、それはもうその人達の問題で、第三者が首を突っ込む様な内容ではない。
無いなら無い。それでこの話は終わる。プリンセスには関係無い。
「…舞子ちゃんと話せますか?」
「多分、部屋に居ると思いますが、あの様子ですと話さないかも」
「話しますよ。絶対」
何処の部屋かだけ聞き、プリンセス1人で舞子の部屋まで歩いて行く。
──あら?どうして私…?
自分には関係無いと思っていたのにこの行為。何故、舞子の部屋に自ら進んで行こうとしているのか理解が出来なかった。
無意識なのか。だとしたら、本当は心の奥底で助けたいと感じているのか。確かにここまでは、見過ごせないから助けていたが、問題を解決しようとは思わなかった。
その意味を知るにはきっと、もう一度舞子と話せば、
「舞子ちゃん居ますか?」
「居ないよ!!」
舞子が引き篭もっている部屋の前。軽くノックして呼び掛けたら、丁寧に返事をしてくれた。
「入るよ」
ドアノブに手を掛けたが、鍵が掛かっており中に入れなかった。完全に外部と拒絶してしまっている。諦めようと普通の人なら思うが、プリンセスは違う。
強行突破する。
怪盗ヒーローらしく、ピッキングでもして中に侵入しようとするのがいつものプリンセス。がしかし、変な方向にスイッチが入っており、トンファーでこじ開けようと構える。
鍵穴に二度思いっきり打ち付けて破壊し、まるで強盗の様に押し入った。
「ご機嫌よう、怪盗ヒーロープリンセスです」
「…やっている事ヤバい人じゃん」
「貴女に言われたくはないですね」
ベッドの上で蹲っていた舞子だったが、予想外の入室方法で顔を上げて唖然としていた。その隣にプリンセスがゆっくりと座り、優しく手を握ってあげる。
「何故、あの様な行為に及んだのかの動機は聞きましたよ。それで、これからどうするおつもりでしたの?」
プリンセスが聞いているのはこの後の事ではなく、盗んだ後の事を聞いている。どんな理由があろうとも、犯罪は犯罪。その罪は子供と言えど重い。
プリンセスの問いに舞子は沈黙を貫く。答えたくないのか、それとも考えていなかったのか。恐らく後者だと思う。
「その様な中途半端な覚悟で犯罪を犯すくらいなら、最初からやらなければいいです。眠っているお母様が悲しむだけです」
「私だってこんな事はしたくないけど、そうしないとお母さんが起きないもん!どうしたら良いの?教えてよ!」
握っていた手を、舞子が強く訴える様に握り返す。気の利いた言葉なんて出ない。プリンセスには、そういう事になった事がないから。両親とは仲良く暮らしている。お金にも困った事もない。怪盗として活動してお宝を盗んでいるが、足跡も上手く消して捕まった事もない。
舞子の気持ちなんて、これっぽっちも理解出来ない。
でも、理解は出来なくとも、それを解ろうとする事は出来る。
そこでプリンセスは、何故舞子にここまで親身になれるのかようやく知った。
──嗚呼、そういう事でしたか。私はこの子に、ちゃんと更生して欲しいと願っていたのですね。
プリンセスは、立っては部屋の窓を開けて枠組みに足を掛ける。
「約束、出来る?この先、もう二度とこんな事はしないって。そうすれば、貴女のお母様を助けてあげる」
「…本当に?」
「約束を守ってくれれば」
舞子は無言だったが、小さく縦に頷いた。
プリンセスは、カードを1枚取り出して舞子に投げ渡した。その直後、窓から身を投げ出して去って行った。
舞子は投げ渡されたカードを見る。そこには「倉田舞子の悲しみを頂戴致します。怪盗ヒーロープリンセス」と記されていた。
怪盗ヒーローメモ
シャルの好物はチュロスだが、基本的に長い棒状の食べ物ならなんでも好きらしい。