第6話 名前の知らない少女の逃走
いつもの様に放課後の部活動を終わらせ、帰る支度をしている時に、偶々下校しようとしていた六花と鉢合わせた。
しかもその隣には、帰宅部で先に帰っていた筈の楽太も共に居た。3人は思わず「あっ」と声を出して止まった。
「ご、ご機嫌よう?六花さんはともかく、何故楽太さんも残っているのですか?」
「楽太君は私とお菓子を作ってたんだよ」
「共同作業ってやつだ。何気に初めてだったよな?2人だけでっていうのは」
何も珍しい組み合わせでもない。この2人、互いの性格に多少ズレがあって、噛み合わないだろうと最初は思っていた。けど、日を追うごとに会話は弾み、打ち解けていったのだ。
プライベートまでは不明だが、学校で2人っきりになる事も多い。
「シャルこそ、部活終わりなら政宗は一緒じゃないのか?」
「部室の整理をしてから帰ると仰っておりました。私もお手伝をと提案したのですが、きっぱり断られました」
「つれないね。久し振りに3人で帰ろうか」
政宗が居ない事にちょっと残念ではあるが、いつも下校時間が違う2人が一緒というのは運が良い。
自然とシャルの足取りも軽くなっており、小さくスキップをして機嫌が良かった。
時間は6時前で夕陽が照り付けて、街を赤く染め上げている。
「折角だから、ちょいと買って腹でも膨らませる?」
「すみません。帰ったらお母様が夕食を準備していますので」
「少しくらい良いだろ?何も満腹になるまで食う訳じゃないし、俺も帰ってちゃんと夕飯食いたいからな」
楽太は一度その場に止まり、スマホで近くのお店を検索する。学生のお財布にも優しく、そして何より美味しいお店。
両側から、シャルと六花は楽太のスマホを覗き見して一緒にどのお店に行くか頭を悩ませる。
楽太の鼻、2人の芳しい匂いが燻る。両手に花とは正にこのことである。しかし、思春期真っ只中の楽太からしたら、これは非常に悩ましい限りである。
嬉しい反面、苦しいも抱き合わせセット。
「楽太さんすみません、もう少し下へお願いします。私では少々身長が足りないんです」
「楽太君、スマホ上げてくれない?」
六花が、楽太の腕を力強くで画面が見えるくらいまで上げさせる。それにより、身長の低いシャルはその場で小さくぴょんぴょん跳ぶ羽目になる。
更に図々しくも、六花は勝手に画面を弄っては操作し始める。楽太も抵抗はしてはいるものの、思っていたより力が強い。
もうダメだと諦め一歩引いて、ほのぼのと2人の様子を見るシャル。クスリと笑っていると、視界の奥の路上でダンボールを敷いて座っている、幼い少女がそこに居た。
小学生くらいだろうか。
「2人共、ちょっと良い?あの子なんだけど…」
「小学生、だな」
「一目で小学生だって分かるんだ、やらしい」
「そんなんじゃねぇよ、ぶっ飛ばすぞ!?」
馬鹿みたいに騒ぐ2人は置いといて、シャルは発見した少女の元へと言って一声掛ける。
「貴女どうしたの?」
少女は無言で、ダンボールで手作りされた看板を立てた。そこにはこう書かれていた。「似顔絵描きます」と。その端には「500円」とも描かれており、シャルは思わず書いてある文を読み上げる。
「たっか!でも、その分なら画力も高いって事だよな?」
「あら楽太さん。では、モデルになってみます?」
「試してみる?」
幼い少女もシャルに便乗して、そう言う。しかし500円だ。500円なら、食べ物に換算したらそれなりにお腹が膨れる金額。
たかが500円、されど500円に迷っている。
シャルは楽太を座らせ、少女に500円玉を渡した。
「おいシャル」
「良いんです。何より、私の方がお金を沢山持っていますので」
「後でちゃんと返しなさいよ」
六花に言われずとも楽太はちゃんと分かっている。今回はシャルの行為に甘えて受け入れる事にする。
そしていつの間にか、少女は筆を走らせて描いていたのだ。
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あれから数分。少女は「出来た」と、意外にも
終わらせた。500円ならそんなもんだろうと、3人は思った。
スケッチブックから切り取った似顔絵を楽太は受け取り、その出来前を3人で見てみる事に。
しかし、目に映る似顔絵はお世辞にも上手とは言えなかった。年相応の画力で、褒めようにも500円の価値があるかと問われれば口を噤んでしまう。
シャルは苦笑い、六花は笑いを堪え、モデルとなった楽太は口元を引くつかせていた。
「ちょっと待て!500円払ってそりゃあねぇだろ!そりゃあまあ、大人顔負けのクオリティーとまでは言わないが、だからってこれは!」
「楽太君、そこまで言わなくても」
「百歩譲って半分の250円なら許そう」
「あはは…て、あら?」
ふと、シャルが少女が居る方へ視線を向けたのだが、もうその場には居なかった。その瞬間、楽太は顔を真っ青にした。
「ぼったくられた…すまないシャル!」
「まあまあ良いですよ。それよりも、もう時間が迫っております。お店に立ち寄るのはもう無理かと」
「そうだね。じゃあこの辺で解散しようか。また明日」
3人はそれぞれの帰路へと戻って、今日のところはこれで解散となった。
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別れて数分で、ある出来事が起きた。
シャルが、次のお宝をスマホで探していると路地裏辺りから喧騒が聞こえてきた。恐る恐る覗く様にして見てみると、先程の少女が大人の男性2人に絡まれていた。
少々距離もあって会話の内容全ては聞き取れないが、「詐欺師」「金を返せ」という、あまり子供相手にする穏やかな内容ではなかった。
「あのー、すみません!何をやっているのでしょうか?」
「あぁ?コイツ、俺達から金を盗んたんだよ。部外者はどっか行ってろ」
またか、とシャルは小さく呟いた。それでもシャルは助けるが、取り敢えずは男性達の意見も聞いてからだ。
「詳しい内容をお聞きしても?」
男性2人は顔を見合わせ、喋るくらいならと素直に応じてくれた。
「昨日、このガキが路上で靴磨きをしてたから立ち寄ったんだよ。磨き終わり、金を払おうとして財布を出したらそのまま盗られたって訳だ」
「えー、なるほど…」
シャルは思った「これは、どうしようもないくらいの擁護のしようがない」と。男性達の言っている事は正論だ。盗まれたなら、そりゃあ血眼になって追い掛けるに決まっている。
「分かりました。では、私も説得にあたってみますね」
軽く咳払いをして、少女の所へ歩き出した。シャルは少女と同じ目線まで腰を落とし、少女の事情も聞いてみる事にする。こんな小さな子が、窃盗する理由となるとよっぽどに違いない。
「どうして人の物を盗んだの?そんな事をしては駄目って、お母様やお父様に言われなかった?」
少女は俯いて何も話さないでいる。シャルも、めげずに感覚を開けて質問をし続ける。
しかし、何度試みても返答が全く無い。男性2人も、少女のその態度にそろそろ我慢の限界を迎えようとしている。
そして遂に──、
「うるさい!ほっといて!!」
シャルを突き飛ばし、少女は路地裏から出て行き人混みの中へ紛れ消えて行った。突然の事で、取り残された3人は唖然としている。ハッと我に返り、すぐさま事の状態を理解して慌て始める。
「アイツ逃げやがった!」
「追い掛けるぞ!」
「ま、待って下さい!私が責任持って追い掛けます!」
怒り心頭に中である今の男性2人を追い掛けさせたら、少女がどんな目に遭わされるか容易に想像がつく。子供といえど、それは回避したい。
それに、シャル自身が説得すると言った責任もある。最後までその責任を果たす。
シャルも路地裏から急いで出て、街路へと飛び出した。だが、もう先程の少女の姿は何処にも見当たらない。足の速さはそれ程でもないが、少女の身長は低い為見つかりにくい。
「仕方ありません」
シャルは人目の付かない建物の影に隠れ、リュックの中からワイヤーガンを一丁取り出した。それを建物の屋上の柵に銃口を向け、引き金を引く。
鉛が着いた頑丈なワイヤーが柵に絡まり、軽く引いてちゃんと確認した後にもう一度引き金を引く。銃の中にあるモーターが回転、ワイヤーを巻き取り、シャルを屋上まで引き上げる。
「早く見つけないと。また、問題を起こしでもしたら」
リュックのチャックを全開にして、中の物を全て引っ張り出す。プリンセス・スーツを始め、怪盗道具を全て取り出して、その場で制服から着替え始める。
本当に夜は冷える。下着姿までになると、寒さで体は震えて体温が一気に奪われて動きが鈍くなる。寒さに耐えながらスーツの袖を通し、スカート、手袋、ローファーを履いて準備を整える。
黒のローブを羽織ってフードを被り、ダ・ヴィンチを起動させる。
「ダ・ヴィンチ、パピヨンドローンを3機使って少女を探して下さい」
『了解しました。では、その少女の名前、姿など特徴をお教え下さい』
「えっ?」
『えっ?』
シャルもちゃんと見ていなかった為、名前どころか姿もそこまで覚えてなどない。
シャルとダ・ヴィンチ、お互いに間抜けな声を出して静寂な空間が支配した。
怪盗ヒーローメモ
学校に行く時にも、スーツや怪盗道具は基本的にリュックの中にいつも詰め込んで出掛けている。