第3話 ガム貰いますね♡
帰宅したシャルは夕食を済ませた後、制服姿のままベッドにダイブする。
足をパタパタと動かして枕に顔を埋め、体の筋肉をほぐしていた。
それが終わると無地の白シャツに着替え、フラフラとした足つきで本棚に手を掛ける。すると、カチっとしたスイッチの音が聞こえ、本棚が開いてその奥に一つの扉があった。
その扉に手を翳すと自動で開き、中へと入って行く。すると、シャルが入った空間はエレベーターで、何も操作などせずとも邸宅の地下へと送られる。シャルが地下へと移動と同時に扉が閉まり、本棚もそれに伴って元の形へと戻っていく。
地下数百メートルでエレベーターが止まった。扉が開き真っ暗な空間。シャルが軽く指を鳴らすと、空間内の明かりが点いて真っ白な空間が広がる。
ただの広い空間ではない。巨大なモニターにラボ。娯楽施設やトレーニングルームなど施設が十分に完備されている。しかも、その質は最先端のものばかり。
シャルは長い髪をかき上げて、テーブルに置いてあったブレスレットを両手首に着けるのであった。
「ダ・ヴィンチ起きて下さい。博物館内のドローンと繋げて欲しいの」
『シャル様、おかえりなさいませ。パピヨンドローン3機ですね。暫くお待ち下さい』
機械音声とは思えない程の透き通る様な女性の声と、流暢な喋り方。
ダ・ヴィンチとは、シャル専属のサポートAIであり、あらゆる面でのサポートをしてくれる良き相棒。
『映像をお出しします。ですがその前に、そのお姿を変えさせますね』
シャツ一枚しか着ていない姿に、AIでも呆れて動き出した。何処からともなく出て来たアームが、いつも着用する怪盗服ことプリンセス・スーツを器用に着させるのであった。
椅子に腰を掛け、ホログラムテーブルにあるコントロールパネルを操作しながら、パピヨンドローンから映し出される映像を観る。
パピヨンドローンからの映像には、目には見えないものまではっきりと映像越しで見えている。
博物館内びっしりに赤外線センサーで張り巡らされている。ネズミ一匹すら侵入は困難だろう。しかし逆に言い換えれば、その分警備する人間も近付けない。そう、警備の人達は一定の持ち場から全く動かずじまい。
どうぞ盗って下さいと言わんばかりのセキュリティに、思わずシャルは笑みを溢す。
「ですが、流石にこのセキュリティを正面から突破するのは無理でしょうね。先に、電子制御室に忍び込むのが無難でしょうか?」
『それはあまりお勧めは致しません。数人程警備の人が配置されて然程脅威ではありませんが、様々な認証によるセキュリティシステムが幾つもあります』
「でしたら、まず警備の方達を気絶させた後にそのセキュリティをゆっくりと突破するのはどうでしょうか?」
『では、その手筈で実行に移す準備を致します』
システム関連はダ・ヴィンチに任せるとして、シャルはホログラムテーブルに手を翳して博物館内の地図を表示させる。
上手く赤外線センサーを切ったとして、恐らくそれに気付くのも早いと思われる。少しでも目当ての場所に辿り着くには最適な経路を割り出さなければならない。
指で線をなぞり、それを元にシュミレーションをする。
その日の夜は、睡眠時間を削って準備に没頭するのだった。
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次の日の学校では、シャルは欠伸をしながら授業を受けていた。当然と言えば当然なのだが、その様子が気になった隣の席の子が小さく声を掛ける。
「あの、シャル大丈夫?」
「あ、六花さんお気遣いなく大丈夫です。昨晩、色々と夢中になってあまり寝ていないだけですので…」
「眠気覚ましのガムならあるけど食べる?」
「んー、では一つ貰いましょうか」
隣の席の橘六花という女性。シャルと、2年生の時からの付き合いがあって、よく調理部で作ったお菓子などを譲ってくれる、大人しい性格の持ち主。特徴的な白い髪のおさげが、よく目につく。身長は背の高い男性と変わらない程あり、同級生というより、偶にお姉さんにも感じる。
交友関係も親友とも呼べる程に仲睦まじいく、シャルが気さくに話せれる1人でもある。
「か、辛いれふ!!」
「眠気覚まし」
「そうですが!思っていたよりも、お口の中に刺激が…」
涙目になりながらも、口にした眠気覚ましのガムを咀嚼音を出さずに噛み続ける。口に含んでもののの数秒で吐き出す訳にもいかず、取り敢えず味がしなくなるまでは我慢をする。
「あ、シャルならもう耳に入っていると思うけど、例のあの人の知ってるよね?」
「それはもうバッチリです!!」
勢いよく席を立ち上がっては、瞳をキラキラさせて六花に迫る。六花の言う「あの人」というのが、怪盗ヒーロープリンセスの事である。
興奮するシャルもシャルなのだが、あまり動じない六花も六花だ。扱いが慣れているのだろう。
「今夜、レインボーティアラを頂きに参りますっていう予告状ですよね!」
「シャルって本当に好きだよね。どうしてそんなに?」
「えあいや、それはその…」
自分の満足感の為だけに始めた事なのだが、それでも周囲からの認識を気にしている。その為、こうやって自分から話題を出してエゴサしているのだ。
本当の事を言ってしまうと、正体がバレてしまうので無闇に理由を話せない。こうなってしまった時に使っている言い訳というのが、
「ファンだからです!ファンでしたら、把握するのは勿論ですよ。恋と同じです」
ファンだからという万能の言葉を言えば、大抵は乗り切れる。ただそのせいもあって、一部からは「怪盗ヒーローオタク」などと呼ばれたりとされている。
「怪盗ヒーローに恋するなら、もう少し現実に目を向けても良いじゃないのかな?」
「現実ですか?」
「そう、現実。去年までで一体何回告白されたと思っている?」
「えっとですね……23回!」
「ブー!外れ。正解は27回」
シャル自身告白された回数を覚えていなかったのに、六花はそれを全て把握していた。ちょっとそれには引いてしまった。
それでも、それだけの回数告白されているシャルもだ。何故その好意を全てお断りしているのか不思議だ。1人くらい好みの男性が居てもおかしくはない。
となると、考えられる可能性は一つだけ。それは単純にシャルが────、
「ごめんなさい。私、今は恋愛には興味はありませんので。やりたい事をやっている、ちょっと面倒な女の子なの」
「なら、それで良いのかもね。私もシャルと同じで、恋愛に関心無くてやりたい放題。人の事は言えないのよ。あでも、気になる人は居たり居なかったり…」
「やはり私達は気が合いますね!」
シャルは六花の手を、わざわざ両手で握ってブンブン振り回す。
シャルと六花。2人はクラスの中でもアイドル的な存在。そんな2人がこの様な絡みをしていると、自然と男子達の視線は集まっていく。ある者は下心に卑猥な妄想、癒しを感じる者も居たりと十人十色。
勿論男性陣だけではなく、女性陣からも注目を浴びる人気者なのだ。
話し掛けたい者は学年問わず沢山いるが、人気者が故に恐れ多くて何故か話し掛けられないという謎の事態が発生している。
しかし、そんな雰囲気をぶち壊すして気さくに話す者が偶に居る。
「よっすー!2人共!」
「まあ!まあまあまあ!楽太さんご機嫌よう!」
花園に土足で割って入って来たのは、同じクラスメイトでムードメイカー的な存在の男性、武蔵野楽太という人物。
こういう誰でも話し掛けて来る性格で、シャルも随分とお世話になっており、時には2人っきりで会話をしたり、昼食を共にしたりする。
「悪りぃな。折角ワイワイ話しているのに邪魔してよ。でもな、怪盗ヒーロープリンセスの話をしているとなると、俺も黙っちゃいられねぇぜ!!」
怪盗ヒーロープリンセスに関して楽太も心を奪われた1人であり、この事もあって2人はとても仲が良いのだ。それを初めて知った時のシャルは、もう歓喜極まった事も。
「ですよね!そうですよね!分かりますよー!そのお気持ち、大いにお分かりになって楽太さんとのお喋り大好きです!」
大好き、という一言に楽太は胸にハートの矢が突き刺さる。胸を抑え、その場で膝を崩す楽太の様子を六花はジト目で見ていた。
シャルは、意外と男性に対するガードが緩々なのだ。こうして変に勘違いして、数々の男性達が突撃しては砕け散る。
「今回は宝石展のレインボーティアラ。ファンとして、自分の足で行ける場所には絶対に行かないとな!」
楽太が、怪盗ヒーロープリンセスに対する熱い愛をスラスラと語る姿を見て、シャルはほんわかした表情で拍手していた。
相も変わらず喋る2人の様子を見て、六花はふと先程話していた話題を持ち出して質問する。
「ところでシャル、さっきの話に少し戻るけど楽太君とは付き合おうとは思わなかったの?」
「楽太さんとですか?有よりの無しですかね」
「マジかよ惜っしい!それで、何が付き合うだ?思わず声に出してしまったけど」
何も知らない楽太にクスリとシャルは笑う。そして思わず、ゴクリと口の中にあったものを飲み込んでしまった。
「やだ、ガムを飲み込んでしまいましたわ…」
「ガム食いながら喋ってたのかよ?」
「楽太君も食べる?眠気覚ましのガム」
六花は眠気覚ましのガムを楽太の口の中に押し込み、顎を持って上下に動かし強引にガムを噛ませる。
そんなやり取りをシャルは笑いながら、今夜起こす計画を頭の中で思い浮かべるのであった。
怪盗ヒーローメモ
実はシャルは、家ではズボラな生活をしている。