第1話 ご機嫌よう!怪盗ヒーロープリンセスと申します!
夜の街灯が街を照らし、煌びやかな風景を醸し出している。
季節はまだ春で、少々肌寒い風が夜の風も相まって街行く人々の体温を奪っていく。軽く息を吐く事で、目の前が白い煙で覆われて視界を奪う。
その様な寒い環境で、街の様子をビルの屋上から高みの見物をする者が1人。
その者は、とても一般人とは思えない服装をしていた。
リボンと袖にフリルをあしらわれた黒と藍色を基調としたブラウス。同じく沢山フリルのあるミニスカート、そして黒のタイツにローファー。姿を見られまいと、全身を覆う黒のフードローブ。
それらを着用するのは、長く、綺麗なブロンドヘアの持ち主の女性。
好物のチュロスを咥えながら、これから向かおうとする建物に視線を移す。そこはとある博物館で、これからそこへ侵入して目的の物を盗み出す。それが、今彼女が此処に居る意味。
「まぁ!今回も大勢の警備で完全完備ってところですね」
彼女は、レトロな単眼望遠鏡を取り出して博物館の内部の様子を観察する。
彼女が持つこの単眼望遠鏡は、見た目と違ってかなり機能が充実したもの。覗けば、暗闇の中でも昼間の様に視界がクリアで、透視機能も備わっており、内部の人間の数も即座に割り出せたりと至り尽くせりである。
これにより、内部の警備の数は赤裸々に明かされる。その数は大体50人は下らない。外に居る者も合わせて80前後と言ったところだ。
普通の人の思考なら、わざわざあんな所に侵入しようとする発想すら浮かばないが彼女は違う。
あの様な厳重な警備を見て高揚感を隠せず、今にも飛び出して行きたい衝動を抑えている。危険知らずとは言い難い、少々頭のネジがイカれた女性だ。
「そろそろ予告時間。行きましょうか!」
咥えていたチュロスをぱくぱくと口の中へと入れ込み、手に付いた砂糖を払い除けて黒の手袋を着用する。単眼望遠鏡も腰にあるバッグに仕舞い込んで、手すりに足を掛けていつでもビルから飛び降りられる様に準備をする。
ワイヤーガンを手に取り、そして手すりを蹴り飛ばしてビルから飛び降りる。
このまま何もしなければ地面に落下、そのまま即死となるが、ワイヤーガンを鉛の付いたワイヤーを射出して建物の壁に食い込ませる。
そのまま建物の壁に食い込ませた鉛を支点として、スイングで街中を移動する。
そこから強引にワイヤーを引いて壁に食い込んだ鉛を外し、トリガーをもう一度引く事で高速でワイヤーが巻き取り戻る。で、次の建物の壁に向かって撃ち、そしてスイングして巻き取る。
この移動方法を繰り返して、目指している博物館まで難なく到着する。
彼女曰く、免許証を何も持っていない為に夜の移動方法を考えたところ、様々な映画などを鑑賞して結果この移動方法が良いという事に至った。
博物館の屋根の上。彼女はフードを深く被り、素顔を見られない様にして侵入する準備に入る。
バッグから小さな箱を取り出して、蓋を開けると中身は蝶々の小型ドローンが「パピヨンドローン」3機入っていた。その内の1機を手に取って起動させる。
すると、パピヨンドローンは単独で動き回り何処かへと飛んで行った。
それを見届け、スマホを操作してドローン視点での映像を映し出す。
ドローンは通気口の隙間に入り込んで内部に侵入。そのまま、巡回する警察官に気付かれず女子トイレに辿り着き、窓の鍵を開けてるのであった。
それを画面越しで確認して彼女は動き出した。ドローンが開けた女子トイレの窓まで、ワイヤーガンを駆使して移動し、そのまま音も無く内部へと侵入する。
中に入ればこちらのものだ。パピヨンドローンを先行させ、ドローンからの映像を確認しつつ巡回している警察を回避すれば容易に目的地まで辿り着く。
その道中、もう1機のパピヨンドローンを起動させて別行動を取らせる。
彼女の思惑通り、事は難なく進んで目的地直前の通路前で止まる。
ここで改めて盗む物の確認をしよう。
今回盗む物は、この博物館で管理されているとある巻き物。それに価値があるかと問われれば、そこまで対した物ではない。しかしながら、彼女には興味がある。それだけで盗むのに値する。
彼女に物の価値観などどうでも良い。彼女が興味を示したら、それはもう標的。
スマホの画面で時間を確認する。予告時間まで後3…2…1────、
その瞬間、博物館全体の明かりが全て消える。
外も内も混乱パニックを起こす。しかし、すぐに冷静を取り戻した警察達は暗闇の中でも持ち場に戻る。それでも一瞬の隙は出来た。
彼女にはそれだけで十分だ。
一瞬の動揺で乱れが生じた所につけ込み、彼女はその隙間を掻い潜って目標の目の前まで辿り着く。
「お願いしますね」
ずっと側に付いていたパピヨンドローン1機が、巻き物を包んでいるショーケースを特殊なレーザーで静かに穴を開け、彼女は容易く巻き物を手に入れた。
目的の物は手に入れた。此処に用はもう無い。立ち去ろうとした時、ガチャリと右手首に何かが取り付けられた。
ふと、右手首を見てみると手錠されていた。
「あら警部さん、ご機嫌よう。今日も晴れわたれた空で良い天気ですね」
「寝ぼけているのか?今は夜だ!それを言うのなら月だろ!」
暗闇で視界がままならないというのに、たった1人の警部に彼女が捕まってしまった。とはいえ、捕まった本人は特に何も焦りなどせず、まるで親戚の人とお喋りする感覚で対応していた。
「この程度での停電、警察官としての勘とお前特有の臭いで分かるんだよぉ!」
「えっ!?まさか私臭ってます!?」
「臭ってるぞ、犯罪者の臭いがこの鼻にプンプンとー!」
「でしたら、急いで帰宅してシャワーで落とさないといけませんね」
女性は、両手を振って警部の前から急いで立ち去って行った。それに遅れて、パピヨンドローンも共について行く。
よく見ると、彼女を捉えていた手錠はいつの間にか解錠されていたのだ。恐らくだが、2人が喋っている間に、パピヨンドローンが解錠して脱出したと考えられる。
喋っていては、鍵が開いた時の音も聴こえずで気付かないのも仕方ない事だ。
とはいえ、そんな言い訳がまかり通るなら警部という階級まで成り上がってなどない。
「全員懐中電灯を持て!奴が逃げたぞ!」
警部の指示で一斉に辺りに明かりが灯された。逃げた彼女の姿も捉えたのだが、もう既にかなりの距離を離していた。
一方でその彼女は、曲がり角を走るスピードを落とさずに逃走。そしてふと窓の外に目を向ける。外に居た警察達が、騒ぎを察知した内部に大量の人数で押し寄せて来ている。
そして走る先には、既に博物館内に居た警察達が待ち構えていた。遅れて後ろからも先程の警部を先頭に、迫って来ている。
普通ならこの場面で無理をせず、窓を突き破って外に出るのが最善の逃走経路だが、彼女にはその考えが頭にあるものの実行に移そうとはしなかった。
その理由は実に簡単。
「私をもっと楽しませて下さい!」
彼女は、このギリギリの逃走劇を快感と称して楽しんでいるからである。捕まってしまえば、その時点で人生ゲームオーバーのリスクを承知している。けれども、自分の娯楽優先で考えている為か、この様な行為に自ら突っ込んで行っている。
走るスピードは絶対に緩めない。それどころか、更に速度を上げて跳んだ。最前に居た警察官の頭を踏み付け、更に跳んで手の平が天井に届く。
そのまま警察達の群れの中に着地するのかと思いきや、天井に手が引っ付いたまま宙ぶらりん状態のままである。
もう片方の手と、両足も引っ付けて天井を這う様な形となる。
秘密は簡単で、彼女の手袋やローファーの裏には物に吸着出来る機能が備わっている。
警察達は、ジャンプして手を伸ばすも案の定届かず仕舞い。その様子をクスクスと笑い、彼女は颯爽と天井に張り付いたまま走り去って行った。
「だああぁぁぁ!!また奴に逃げられた!!」
「警部落ち着いて下さい。いつも通りなら、またすぐに返品してきますし」
「そういう問題ではないのだぞ。"盗られた"という事実は変わらない」
激昂する警部を宥めようとしたが、正論を返されて部下は何も言えず黙り込んでしまった。
「今度こそ捕まえて、牢にぶち込んでやるからな。覚悟しろよ──怪盗プリンセス!」
「"怪盗ヒーロープリンセス"ですよ警部」
「黙らっしゃい」
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また何処かのビルの屋上。そこで怪盗ヒーロープリンセスと、呼ばれている女性が上品に座り込んで盗み出した物を広げて見ていた。
それを数分間近で見て満足したのか、丁寧に仕舞い込んでそれだけで終わった。
「良い巻き物です。さて、今度はお返ししなければならないですね」
苦労の末…とまでは言わないが、それでも盗み出した物をご丁寧に返却するなどと、怪盗としてそれはどうなのかと誰もが思う行為。
けれどこれが、彼女のいつものやり方。彼女は、盗んだ物は基本返す様にしているのだ。
怪盗として盗む理由、それは、怪盗を娯楽の一つとして考えているからである。自分の力がどれだけ世間に通用するか、どれだけ自分の欲を満たせれるか、ハラハラドキドキの人生を送りたいという私利私欲の為である。
これと言った強い理由は無い。
「あ、おかえりなさい。ブレーカー落としてくれてありがとうね」
博物館内で放った2機目のパピヨンドローンが、プリンセスの手元に帰って来た。プリンセスは優しく愛でると、ドローンを入れていたケースに仕舞い込んで蓋を閉じる。
フードを外して、長いブランドヘアを靡かせて大きく深呼吸する。
「今日の夜風は一段と寒いわね……へくちっ!」
青い瞳に、映し出されるこの夜景。優しく微笑むプリンセスの笑顔はとても、夜景も相まって綺麗になっていた。
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