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菩提樹の下で  作者: マーク・ランシット


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3/12

「お客様、もう直ぐ着陸致しますので、背もたれを元に戻して頂けませんか?」

 スチュワーデスの声に、淳は浅い眠りから目覚めた。時差ぼけのせいか、はたまた昨夜の深酒のせいか、まだ目の奥に鈍い痛みが残っていた。


 ちょうど旋回を始めた飛行機の窓に、エメラルドグリーンの海と、海岸線ではじける白い波しぶきが見えた。海上には、船のスクリューが巻き上げる幾つもの白い線が残されている。


「あれが黄金海岸・・」

 ガイドブックを思い出して、淳は勝手に想像した。セイロン紅茶の産地として名高い、インド洋に浮かぶ島。今回の事が無ければ、一生訪れることなど無かっただろう。

 コロンボの北、ニゴンボにあるカトゥナーヤカ国際空港に向けて、ジャンボ機は次第に高度を下げて行く。「光り輝く島」と名付けられたインド洋の楽園に、竹井淳は暗い思いで降り立とうとしていた。


 入国審査を終えて空港のロビーに出ると、一人の女性が“竹井淳”という名前を書いた紙を持って待っていた。


 ピンクのポロシャツに白いパンタロン。髪はシッカリと後ろに束ねられている。20代半ばだろうか、美しさの中に知的な落ち着きを兼ね備えた女性だった。周りの人々より肌の色が白いのは、ラシンゲ博士の妻がイギリス人のせいだろう。


「ようこそ、スリランカへ。私は、マリー・スレーカ・ラシンゲよ」

 ポロシャツの袖から、長くて美しい手が伸びている。


「竹井淳です。出迎えに来て貰えるとは思ってなかったので、ホッとしました」

 握手ではなく、頬と頬を合わせる挨拶をしたかったと、淳は不謹慎な事を考えた。気の重い旅に、一条の光がさして来たと思った。


 彼女の運転する青いBMWが、海岸沿いの道を北上して行く。左側にはインド洋の青い海が、そして右手には鬱蒼とした熱帯の木々が続いていた。


「ジュン、今どんな研究をしてるの」

 彼女の質問に、淳は、視線を彼女の方に向けた。彼女も、チラリと顔を向けてくる。いつも見慣れているアメリカ人女性にはない、神秘的な美しさがそこにあった。


「電気エネルギーの圧縮蓄積技術の研究と、ナノテクを使った新しい素材の開発ってところかな」

「新素材って、ニッケル系や鉄系以外ってこと」

 やはり、ラシンゲ教授の娘だ。きっとケンブリッジかオックスフォード辺りの研究室にいるのだろうと、淳は勝手に想像した。


「ああ、ニッケル系は環境汚染の関係で問題外だ。鉄系の技術に関しては既にカナダのフォステック社が、殆どのパテントを押さえてる。僕らが開発してるのは、もっと先を見据えたものさ。しばらくはフォステックと台湾の企業に稼がせてやるけど、その先は僕らのもんだ」


「ジュンの言い方って、研究者っていうよりまるでビジネスマンみたい」

 マリー・ラシンゲの言い方に、淳は少し反発を感じた。ビジネスの何処が悪いというのだろう?


「いまどき、ビジネスに結びつかない研究に投資する大学なんてありえないよ。中国だって、韓国だって、お隣のインドだってみんなそうしてる」

「でもあなたのお父様は、宇宙物理学で偉大な研究をされてるじゃない」

 さっきまでの浮ついていた気分が、一瞬にして暗くなった。


「ちょっとまってくれよ。スリランカに来てまで親父の話か、もううんざりだ。第一、親父の研究なんて、ただの金食い虫だ。人間のロマンだとか言ってるけど、それじゃ大学にも研究者にも、それに金を出してる政府や企業にだって、一銭の利益ももたらさない。僕から言わせれば、現実と遊離した価値の無い研究さ」

 ここが始めての土地でなければ、そして運転しているのが美しい女性でなければ、すぐにでも車を降りてしまいたかった。


「人間が利益だけを追求し続けた結果が、いまの地球の危機を招いてるんじゃない。こんな時代だからこそ、むしろ宇宙の広大さに目を向け、耳を傾ける必要があるんじゃないのかしら」

「確かに、これまでのエネルギー大量消費型のやり方なら問題はある。でも、僕らが研究している技術は、それらの消費量を減らし、作られたエネルギーを効率的に備蓄する技術なんだ。親父達の研究はあくまで精神論さ。それじゃ現状は救えない」


 見かけの美しさに騙された自分を、淳は呪った。何て、女なんだ。会ったばかりの相手と、どうしてこんな話をしなければならないのだろう。


「ジュンの研究している備蓄技術で、エネルギーの損失を押さえられるのなら、それは確かに立派な研究だと思うわ。でも、それがお金を目的としているのなら、結局、人間のエゴに利用されるだけの様な気がするんだけど」

 彼女は、何処までも食い下がってくる。お金を稼ぐことのどこが悪いと言うのだろうか?


「それじゃ君は、140億年前の宇宙の成り立ちや、地球から何億光年も離れたところで、何億年も前に起こった事象を研究することの方が、現在と将来の地球の事を研究している僕らよりも、価値があるっていうのか?」


 彼女は、その質問に答えなかった。車は幹線道路を左に折れると、立派な門構えの邸宅に入って行く。芝生と椰子の木の間を進むと、門から50メートルほどの所に、円形の噴水が有った。その噴水を回るようにして、車は止まった。白壁のホテルの様な屋敷だった。


「ジュン。怒らせて御免なさい。でも、ムキになったあなた、可愛いかったわ」


 マリー・ラシンゲの悪戯っぽい笑顔に、淳は呆然とした。まるで子供扱いされた気分だった。



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