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菩提樹の下で  作者: マーク・ランシット
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 しばらくの間、竹井は小惑星「宮沢賢治」の上で、天の川を眺めていた。銀河鉄道の夜の舞台となる、はくちょう座の北十字星から南十字星を眺めているうちに、大マゼラン銀河が目に入った。この銀河は他の銀河から比べると圧倒的に近い距離にあった。近いとは言っても、光の速度でも16万年も掛かる距離である。しかし、竹井は何か無性に行って見たい衝動に駆られた。


 その瞬間、彼の体が、いや魂が、膨張するような感覚を覚えた。単に直線的に、その方向に向かうのではなく、その方向にも他の方向にも広がりながら、意識だけがその方向に向かっている。

プールの中の水をイメージすると、そのプールの水に小石が投げ入れられ、その中心から波紋が広がって行く。まさにそんな感じだった。


 分子の世界から見れば、一滴の水は一兆の10億倍の分子から出来ている。しかし、水や命という性質の側面から見ると、どこにも区切りを付けられない様に、自分という生命が、宇宙という生命の海に溶け込んでいる感覚だった。そこでは空間も時間も全ての方向に限りが無くつながっていた。(過去にも未来にも、そして宇宙の果てにも、宇宙の始まりである無限の一点にさえも・・)

竹井の意識は、瞬時に大マゼラン星雲に達していた。



 その世界を研究している淳にとっては、感慨深い世界だった。分子と分子の間に働いている反発しあった電磁波が、それらをそれ以上近づくことを阻止していた。


 やがて、ウイルスを構成している分子が銀河の様に見え始めると、淳は原子の隙間を通り抜けて、暗い闇へと落ちていった。それは、網に絡み取られていた小魚たちが、網の隙間から海の中に落ちていく様な感覚だった。


 原子を形作る、原子核と電子の関係を地球と月に例えると、それらによって構成されるウイルスは太陽系、ウイルスたちを乗せた砂粒は一つの銀河の様に思えた。


 淳は、まるで自分が宇宙空間にいるような錯覚を覚えた。それらは次第に小さくなり、それらの塊が一つの光に集約されて行った。それでも、空間は無数の光で満たされていた。もしかして、自分は元の場所に戻って来たのではないかと思った。あの無数の星々の輝く菩提樹の下に・・・。


 しかし、そうではなかった。自分の足元に土は無く、暗黒の世界だけがあった。さらに自分は縮小している。淳は言われぬ恐怖で満たされて行った。


 淳の体はもっともっと小さな世界へと進んで行った。やがて、原子核の世界を過ぎると、無限の闇が訪れた。通りすぎた世界を振り返ると、まるで原子核で織り成された世界は、銀河系の様に無言の空間の中に輝きながら存在していた。


 このまま小さくなって、地殻の原子核の中を通り抜け、まさか灼熱のマントルの中に入っていくのではないかと、淳は不安になった。しかし、そうはならなかった。淳の前方には、灼熱色の明かりなど感じられない、無限の闇が存在していた。まるで銀河の宇宙でブラックホールの重力に捕まってしまった光子の様に、淳の体は限りなく続くゼロへの道程をものすごいスピードで落ちていった。自分が一体どうなってしまうのか、そんな不安が次第に高まって行った。



 どれだけの時間が経ったのだろうか、それはホンの10分にも思えたし、1時間経ったのかも知れなかった。それらを計測する為の手段は何処にもなかった。竹井の意識は、あっと言う間に大マゼラン銀河を後にすると、230万光年先のアンドロメダ大銀河も、880万光年先のNGC253銀河さえも凌駕していた。やがてその行く手には、暗黒があった。ブラックホール・・?


 彼はそう思った。彼は死を覚悟した。全てを吸い尽くすブラックホールの中にあっては、自分の魂すら戻る事は出来ないだろう。しかし、不思議と恐怖は感じなかった。むしろ、母親の子宮の中でまどろんでいる様な安らぎを感じていた。



 無限とも思える時間が過ぎた時、視線の遥か先に小さな光が見えた。


 淳は心の中でホッとした。そして、もしかしてあれがひも理論のヒモなのかも知れないと思った。ヒモ理論の研究者たちの計算によれば、そのヒモの大きさは、中性子の大きさを太陽系に例えると、丁度、あの菩提樹の大きさに等しかった。しかし、淳の期待に反して、その光の正体はヒモなどではなかった。


「まるで、銀河の様・・・」


 淳がそう思った瞬間、何かがものすごいスピードで彼の横を通り過ぎて行った。淳にはその姿を見ることは出来なった。ただ、それは一つのイメージとして、漠然と淳の心の中に焼き付けられた。


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