20××年、未来的「夏祭り」
とある夏の日の夜。
外からは祭囃子と盆踊りの音楽が聞こえてきた。
「この音だけは、いつまでも変わらないな…」
部屋で一人、椅子に腰掛けていた老人が呟いた。
彼はやがて目をつむると、
在りし日の夏祭りについて、思いを巡らせる。
気前の良いおっさんがやってたチョコバナナ屋、
景品のキャラメルを打ち落とし皆に自慢した射的、
その日しか使わないのに、やけに欲しくなるお面…。
あの頃は良かった。
そんなことを考えていると、玄関の開く音とともに
人が駆け込んでくるのが見えた。
「じいちゃん!夏祭り楽しいよ!じいちゃんも一緒に行かない?」
入ってくるなり私をそう誘うのは、孫のコウ。
こんな老人を気遣ってくれる、祖父思いのいい子だ。
だが。
「ごめんね、おじいちゃんには、
最近の夏祭りはちょっときつくてね。」
「ええ?全然元気じゃん。なんで?」
コウは目をきょとんとさせてそう返す。
「…じゃあ、ここに来るまでに夏祭りで何をしたか
聞かせてくれないか。」
私はしばらく黙った後、そう聞いた。
「分かった!
まずね、お店でチョコバナナ食べた!
お金入れると機械が皮向いてチョコ塗って、トッピングも自動なんだ!」
早くも違和感を感じつつ、続きを促す。
「…うん、それから?」
「次にー、射的した!最新VR技術ってやつで、仮想空間で銃撃戦が出来るの。
市街地マップは5キル1デスの好成績だったよ!」
...?
「…それは射的なのかい?」
「他にもまだあるよ。
メタバース空間用の顔パーツを売っている「お面屋」も行ったし、
遊泳速度100km/hの高速金魚を捕まえる「金魚すくい」にも参加した!
目でとらえられないから、ソナーだったり経路を予測する装置だったりをそれぞれ持ってきて捕まえるの。」
「…。」
自分が射的で景品を落としたあの夏祭りから数十年。
時代のニーズに合わせ祭りも変化したようで、
出店一つとっても、もはや何の話をしているか分からない。
確かに私はコウが言うように
体的にはいたって健康なのだが、
昔と違いすぎる夏祭りについて
頭がもはや理解を拒んでおり行きたくなかったのだった。
「あ!じいちゃん、花火が始まるみたい!
これ楽しみだったんだよねー。」
祭りの様子に改めて頭を悩ませていた私を置き去りにし、
コウは急いでベランダへと駆けて行く。
…嫌な予感を抱きつつ、私も外に目をやった。
夏の夜空では今まさに、
ホログラムで投影された巨大な花の画像が
盛大な効果音とともに表示されたところだった。