愛していれば問題なくない?——序・出逢い
兄さんが死んだ。それはあまりに突然で、悲惨で、けれど誇らしい死に様だった。
兄の最期は、人を守っての殉職だった。たまたま出張で訪れていた地方の街で発砲事件が発生し、発狂していた男の弾に当たりかけた子どもを守って、代わりに撃たれたそうだ。そこまで命をかけられる兄を、俺は尊敬している。
「兄さんには、欠点なんかまるでなかったよね」
葬儀の時に呟いた俺の言葉に、周りの誰もが心からの同意を示してくれた。そう、俺の兄には短所などまるでなかったのだ。一人暮らしを始めてからもよく実家に帰ってきて、そうでなければ手紙と共に家族へ色々とプレゼントを送ってくれる人だった。
そんな自慢の兄が住んでいたのは郊外にあるアパートで、今日は遺品整理のために俺だけで来ている。なぜ一人かというと、兄が生前、万が一の時はと前置きをして言い残したセリフがあったからだ。
『こんな仕事をしているわけだし、万が一ってこともあるだろう? その万が一に当たって、もし俺の部屋を片付けてもらうことになったら……その時は伊築だけで片付けてくれよ』
その時に理由を聞いたら、「弟にしか見られたくないものもあるんだよ。色々とな」と意味深に返された。
「普通のアパートに見えるけど、何があることやら」
扉の前でなんとなく深呼吸をして、鍵を開ける。そしてゆっくり扉を開くと……まあ普通の玄関だった。短い廊下の先にさらに扉があるくらいで、あとは特に見えるものもない。
「流石に入ってすぐには変なものもないか。まあ、見られたくないものっていうのも、どうせエロ本とかだろうし」
そう独りごちて靴を脱ぐ。そして廊下の先の扉を何も考えずに開けた俺は、すぐに扉を閉めた。
「……は?」
今、部屋の中に、というか壁に、無数の札が貼られていた気がする。壁の全てを覆うように、びっしりと。
もう一度深呼吸をし、恐る恐る扉を開ける。
「う、わあ……」
覚悟を決めて一思いに飛び込んだ部屋は、本当に全方位を同じような札で囲まれていた。いや、札に見えるこれは……。
「写真……?」
しかも全て、同じ人が写っている。ほとんどが視線が合わないもので、制服姿や私服姿のひとりの少女がにこにこと笑って何かしらをしていた。
「これ、は、盗撮なのか……?」
よくよく写真を見て行き、ふと小さな棚の上に目が止まる。そこにあったのも写真で、3個の写真たての中に飾られていた。そのどれもが家族で撮ったものではなく、壁の写真にも写っている少女のものだった。違うのは、その3枚だけはちゃんと目線がこちらを向いていること、そして手前の一枚には兄と二人で写っていることだ。警官の制服に身を包んだ兄の横で嬉しそうに笑う制服姿の少女、ジュース片手に兄の方をきょとんとして見つめる少女、そして、お菓子の山を抱えながら照れたように笑う少女。その3枚を見た時には、俺の口から自然と言葉が漏れていた。
「ああ、可愛い」
それが、俺と彼女の「出逢い」だった。
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