3話~ごーとぅーセルドール!~
フライヤの住む森から出た自分たちは、今回のアップデートで追加された町・セルドールへと向かっていた。
自分はフライヤの肩に乗りながら、周囲を歩くプレイヤーらしき人々を興奮気味に眺めていた。
なぜか? もちろん、まだ見ぬ逸材に出会うためだ。
どうやらFLO内でも肉体の変化はあるようで、体を鍛えれば筋肉がつき、何もしなければ落ちていく。ベータ時代は無かったことを考えると、製品版になってから追加された要素だろう。
ただ噂によれば、現実ほどに厳しいトレーニングをしなくとも、ある程度の筋肉は得られるらしい。つまりは「見えるものが全てではない」という言葉と同義。真の肉体美は自らを鍛え虐め抜いた先にあるのと同じだ。
そんな自分を、フライヤは冷めた目で見ていた。おかしい、女性に限っては同志だったはず……
『おぬしはよくもまあ、同性に興奮した眼差しを向けられるな?』
『それはフライヤも同じだろう? この間、女の人の筋肉を見て興奮していたくせに』
『そ、それは……じゃが、おぬしは見境がなかろう』
ふむ、見境がない、か。それは確かにそうかもしれないが、良い筋肉に男も女も関係ない。
『食わず嫌いは駄目だぞ』
『それならば、おぬしの場合は見境なしの残飯処理男とも言えるが、それはいいのか』
『残飯でも美味ければOK』
『……そうか、おぬしがそれでいいのなら、言うことはあるまい』
フライヤが明らかに距離をとりたそうな視線を送ってくる。はて、自分は引かれるようなことを言っただろうか? まったくもって不思議だ。理由は分からないが、おそらく、フライヤなりに何か思うことがあったのだろう。ただ大事なことなのでもう一度言うが、理由はさっぱりわからん。
『……おい、フライヤ、あっちを見てみろよ』
そんな中、自分は新たに見つけたプレイヤーの一団を見て目を奪われた。
『なんじゃ、くだらぬことは聞かぬぞ』
溜め息混じりに言ったフライヤが、自分の向いた方へと視線を向ける。
『……あれは、この世のものなのかのう?』
自分とフライヤが見る先。そこには、まるで人形のように容姿の整った美少女がいた。
日本人形のように真っ黒な髪に、日本人らしい黒の強い茶色い瞳。それらを備えた輪郭は、まるで浮世離れしたかのように整っており、学校なら間違いなくマドンナの座を「射止める」ではなく、それよりも前に「周りに譲られる」レベルの見た目だ。
そのあまりにも現実離れしている容姿に、ここがゲームの中だということも忘れて自分たちは見入った。
それはあまりにも綺麗すぎた。いや、完璧すぎた。
いくらここがゲームの中でキャラメイクが自由にできるとはいえ、いくらなんでも現実からかけ離れ過ぎていた。昔、「二次元の中にしか存在しない嫁」とか聞いたことがあるが、彼女はまさにそれだった。
クリクリっとした大きな瞳に、若干垂れ目で印象に残る顔。とても現実にいるような人間ではない。
すると、彼女の方から手を振ってきた。おそらく、自分たちの向けていた視線に気づいたのだろう。自分たちも慌てて反応を返した。
『とんでもない女子じゃったな』
『ああ。自分の知っている美女とか美少女の概念が崩れていきそうだった』
自分が素直な感想を口にすると、フライヤが頬を膨らませながら半眼で睨んできた。
フライヤが睨んできた理由が分からず、思わずたじろぐ。
「おぬしはわらわだけ見ておれば良いのじゃ」
そっぽを向いたフライヤの口が動いた。だがその内容を聞き取れなかった自分は、フライヤに訊ねる。
『何か言ったか?』
『なんでもない。さきほどの女子はとんでもない美女だったと言っただけよ』
『ああ、フライヤもそう思ったのか。確かに、あの子はやばかった。一生に一度は拝みたいって思ってたくらいだ』
『……おぬしの世界には、あんな瞳の人間はいないのか?』
『いたら気持ち悪い。いくらなんでも、顔のバランスが崩れすぎてるからな』
『そ、そうか』
フライヤが非常に複雑そうな表情を浮かべながら自分のほうを見る。その奥では、例の美少女がこちらをちらちらと見ている。
それを見て見ぬ振りをした自分は、フライヤの肩から飛び立った。
『シナノ! どこへ行くつもりじゃ』
『そこらへん散歩してくる。セルドールに着くまでには戻る』
美少女からちらちらと視線を送られるのは、正直言って居心地が悪かった。
自分自身、結構ストレスの類が溜まりやすい人間という自覚はあるが、正直ここまで酷いとは思わなかった。いや、彼女から向けられる視線の意味が分からなければ、ここまではならなかったかもしれない。
あれは間違いなく恋愛感情か、もしくはそれに近い思慕からの行動だった。
ただ、それが自分に向けられたのかフライヤに向けられたかは分からない。下手をすると、フライヤは今頃、とてつもない責め苦に遭っているかもしれない。
だが自分には、フライヤのもとへ戻るという選択は取れなかった。我が身可愛さに逃避することを選んだからだ。
だが一応、何があってもいいようにフライヤが常に視界に映る範囲では行動している。こういうところは視界の広い烏族の特権というやつだ。
(万が一フライヤに手を出したなら、ヤル)
我ながら重い友情だとは思うが、フライヤは辛い過去を一人で過ごしてきたんだ、変なことをすれば遠慮なくペナルティを味わってもらおう。
ただ、FLO内のPKは禁止事項――もとい、不可能な行為となっている。だが死なないだけで痛みは感じるので、ごうもん……じゃない、反省させるには十分に使える。キルするなら、フライヤに踏み潰してもらうだけだ。
過保護? 異常? そんなこと、今更気にする必要はない。これでも昔は、巷で「シスコン番長」と呼ばれていたほどだ。そもそもとして、気にすることは何一つない。
だが美少女とその仲間たちは、自分の予想とは裏腹に、そそくさとフライヤを追い越していった。
美少女だけがちらりとフライヤの方を見たが、そのほかの面々はフライヤのことを気にすることなく去って行く。
どうやら美少女の興味はフライヤにあったらしい。だが、仲間たちからはぐれる訳にもいかず、未練を残したままに去って行った、というところだろう。
安心した自分は、フライヤの肩へと降り立つ。
『おぬし、罪なやつよのう』
自分が肩に留まったと同時に、フライヤが悪戯を思いついた子供のように言う。
『どういうことだ?』
『とぼけるでない。おぬしはあの女子からのあぷろーちが嫌で逃げ出したのじゃろう? すれ違いざま「愛しの烏ちゃん」とかぬかしておったしのう』
『あー、それから考えられるのは、彼女が烏が好きな女子ってだけなんだが』
『じゃとしても、許せることではあるまい。おぬしはわらわとパーティを組んでおるのじゃぞ』
どうやらフライヤは、自分が異性からのアプローチ? らしき視線を受けていたことが気に喰わないらしい。
『と言われても、さすがに自分もパーティ外から向けられる好意に関しては管轄外だからなぁ』
『リーダーならそのくらい管理せい』
『……フライヤ、パーティのリーダーをなんだと思ってるんだ?』
パーティの名声具合は調整できても、さすがに他人の心情までは操れないぞ?
『リーダーはリーダーじゃろう。なんとかせい』
『そんな無茶ぶりをされてもですね、出来ないものは――』
『なら、今すぐパーティを抜けても構わんぞ?』
『おま! それは卑怯な手だろうが! フェアじゃないぞ!』
フライヤの提案に、泡を食いながら抗議する。こんなことでパーティ解散なんてことになったら、とてもじゃないが目も当てられない。
だが、そんな思いがこのあほドラゴンに通じる訳はなく。
『フェアもなにも、おぬしはわらわだけを見ていればいいのじゃ。ほかの雌に気を取られるようなことがあれば、許さんからの』
そもそも、実力はわらわの方が格上じゃろうて。
なかなかな暴論と共に正論を突っ込んできたフライヤに腹が立ちつつも、自分は頷く。
別にすべてを肯定した訳ではない。ただ、彼女の口にした正論が、あまりにも正論すぎて反論できなかったのだ。
思わず大きな溜め息を吐く。
『とにかく、はやくセルドールに行くぞ』
溜め息の後にそう口にした自分は、再度フライヤの肩から飛び立ち、目的地・セルドールの街並みを視界に収めたのだった。
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