秋といえば体育祭。
『腕を大きく振り上げて、背伸びの運動から〜』
軽快な音楽と共に、グラウンドに整列した半分大人の連中(約千人)がやる気無さ気にも全員同じ運動を行っているこの光景は、傍目に見ればかなりシュールだと思う。
幸い、生徒会執行部は毎年体育祭の雑務に追われて参加する事の無い競技なので、僕はテントの下で放送機材をカチャカチャと弄りながらそんな事を思った。
何を隠そう、今日は体育祭だ。
男子は普段禁止されているシャツ出し腰パンを堂々と行い、女子は校則違反の化粧や髪につけるスプレー(あれ、なんていうんだろう)で髪形を器用にセッティングをし、それでも「まぁ、今日は大目に見ましょうか」となんとなく教師たちにも黙認される日。……あまりに酷い化粧やファッションは生徒指導の名の下に多少痛い目に遭うみたいだけど。
……いつの間にか、ラジオ体操は終了したらしい。テントの傍に設けられた退場門に向かって無表情の生徒たちがゾロゾロと退場してきた。
体育祭一種目目の競技『ラジオ体操』に参加しないのは、視聴覚委員会の生徒と、生徒会執行部だけだ。
男子の後ろに整列させられていた女子の集団が通り過ぎて行った時に、微かに甘い香りが僕の鼻腔を擽った。やっぱり、女の子は体臭も良い匂いなものなんだろうか。
「一紗。コレ、抑汗スプレーの臭いだよ」
……無意識に目が追っていたんだろうか、隣に座っていた飛鳥にいらない現実を見せられた。
『プログラム二番、「クラス対抗リレー」の選手の皆さんは、入場門まで集まってください』
そう言えば小、中、高と上がるたびに、プログラムの遊戯的要素もだんだん少なくなってきたよなぁ……と、手元に置いてあったプログラムに目を通しながら思っていると、飛鳥とは反対隣から不穏な声が聞こえてきた。
「ふふふ……体育祭……たいいくさい……あれ? 大尉臭い?」
アホだった。無視しよう。
「んぐぉっ!?」
無理だった。
「なぁー、一紗ぁ、大尉臭いって何?ってか大尉……?……まぁいいや。とにかく体育祭だよ。ハイ、体育祭と言えば?」
無視しようと僕が反対側を向こうとした瞬間、信じられない強さで襟首を引っ張られ、文句の一つでも言ってやろうかと口を開きかけた寸前に、全ての諸悪――気の抜けた笑みを浮かべた生徒会長様――からマシンガンなトークを一方的に聞かされる羽目になった。……いや、質問してるから一方的ではないのかな、一応。
で。
えぇ、と体育祭?
「う「はい、ブブ―。時間切れ」
遮られた。腹立つなコンチクショウ。
ブブ―、の尖らせた唇のまま僕を見つめる唯は、やがて一瞬考えるようなしぐさを見せてから
「体育祭と言えば青春、青春と言えば若者、若者と言えば……ねぇ」
何が、ねぇ、だ。
およそ生徒会長に相応しいとはお世辞にも言えない変態的な笑みを零しつつ、おもむろにカメラを取り出して、後頭部から垂れた赤い鉢巻の余った部分を揺らした唯は、何か僕に同意を求めるような視線を投げかけてきた。
つぅ、と、何か冷たいものが僕の背筋を伝った気がした。
「あのよ、一紗の写真って結構人気あるんだわ」
尚も固まったままの僕に、唯は「いや、女子だけじゃないんだぞ、なんと男子にもだ」と、畳みかけるように喋り続ける。
「だから「絶対嫌だ」
更に言葉を続けようとした唯に只ならぬ悪寒を感じた僕は、唯の科白を遮るように叫んでいた。
「まだ何も言ってねぇじゃねぇか…だから、
「僕の写真を売るっていうんだろ!? 絶対嫌だね」
ふん、と鼻息荒く言い切った僕の姿に、唯は「生徒会の活動費が増えると思ったのに……」とかブツブツと呟きながら高く上がった日本国旗を睨んでいた。……どうやら諦めてくれたらしい。
「はぁ……」
異常な汗を乾燥させるために落ち着いて競技でも観戦しようかと、僕が一息ついて体を前に向き直らせた瞬間だった。
――カシャ
「はぁ!?」
隣からシャッター音に似せた機械音が耳に入った。
ガバッと音がしそうな勢いで顔面をそちらに移すと、飛鳥が僕にケータイのカメラを向けてニッコリ笑っている。
「えへへ〜。撮っちゃったぁ」
もしや……嫌な予感がして逆隣の唯にも急いで目線を配るが、唯は未だに国旗を睨みながらブツブツと喋っていた。……いや、逆に怖いよ、唯。
――ということは、
「飛鳥の単独犯か……」
「えへへ〜」
指摘をされた張本人は何故かご機嫌である。
僕は泣きたい。……あ、泣いていいですか?
さて上を向いて歩いてこようかな、と僕が席を立ち上がりかけた時、酷く慌てた様子の飛鳥の口から出た言葉は、僕にとって意外なものだった。
「あぁっ、待って一紗! あたしコレ売らないよ!」
「……へ?」
「売るわけないじゃん、勿体ない」
勿体ない? ……あぁ、現像代とかかな? いや待て、じゃあなんで飛鳥は僕の写真なんかとったんだ?
飛鳥の口から出た言葉は、僕の脳裏に数多くの疑問符を植え付ける事になったけど、まぁ、売られないだけ良いかぁ、とか思ってみる事にする。……聞こうにも飛鳥本人が言いきったような顔で何故か頬を赤らめて競技に集中してるんだから、なんだか話しかけ辛いし。
……――しかし、このときの一紗は知らない。
午後の競技で汗を流して自分の組に貢献する彼の姿が、密かに活動する新聞部によって激写され、その後校内で爆発的に売買される事を――……
「あぁ……できるだけ短くまとめよう」と焦って執筆したため、前半が一紗の語りばっかなのに対して、後半がかなり適当になってしまいました。……すいません。気分が乗れば書きなおします。