流湾、川沿いを歩く
春休みになり、流湾は、実家に帰っていた。
いつもは遠くの街の大学に通っているため、その街で一人暮らしをしている。
流湾は、実家の窓からいつもの風景を眺めていた。
ここは田舎である。
目の前には畑があり、木々の隙間から風が吹き抜ける。
その風に吹かれていた。
流湾は、天気が良いので川沿いへ散歩に行きたくなった。
青空に呼ばれているような感じである。
軽く着替えて、川に向かって歩き始めた。
そして、川に着いた。
幼い頃から通ってきた道である。
川の水面が青空をうつして、逆さまの青空を鳥が泳いでいるみたいに見える。
川も時間もゆっくりと流れている。
風も心地よく吹いている。
幼い頃に感じたような、記憶を思い出させてくれるような優しい風である。
「もうすぐ、春か・・」
この川沿いの道をずっと行けば、海辺の町へとつながっている。
太陽に照らされてキラキラと輝く町である。
しかし、流湾はこの道を最後まで歩いたことがない。
とても長い道なのでいつも途中で引き返してしまう。
そのため、この道の先にどんな景色が広がっているのかを知らなかった。
いや、たぶん知っている景色にたどり着くだろう。
しかし、「この道の先は夢の町へと続いている」という幼い頃の想像を壊したくなかった。
だから、この道の先は想像できるが知らなくていい。
きっとそこに広がる町や海は特別なところなんだ。
流湾は、ふと陽呼子のことが頭に浮かんだ。
この街とは全く関係がないのに。
流湾は勝手に陽呼子のことを妄想していた。
「いつか、この川沿いを陽呼子と一緒に歩きたいなぁ。陽呼子は歩くことが好きって言っていたし。」
流湾は陽呼子のことが好きである。
しかし、想いを伝えることはできていない。
何度も伝えようと思ったこともあった。
しかし、伝えることはできない。
そんな流湾は自分にこう言い聞かせていた。
「僕は分かっている。陽呼子の夢は音楽で、今はバンドの活動に集中したいってことを。だから、僕がその邪魔をしたくない。あと、想いを伝えて変な雰囲気にもしたくない・・
陽呼子は友達だ。今は友達として一緒にいたい。それに陽呼子は僕を応援してくれる。僕も陽呼子を応援したい。
でも、僕は知っている。陽呼子にはつらかった過去があることも、落ち込みやすい性格であることも。陽呼子は僕の前ではいつも笑っているけれど、本当は陰で泣いているのかもしれない。全てが嫌になっているかもしれない。
いつか誰かが、陽呼子のバンドのことを「あのガールズバンドは、ボーカルが可愛くないからだめだ。」と言っていて、それをたまたま陽呼子が聞いてしまって、声がかけられないほど落ち込んでいた時があった。その時は、悲しむ陽呼子に寄り添ってあげることができなかった。これからもそんなことがあるかもしれない。
でも、もし、陽呼子が思い悩んだ時は僕に話をして欲しい。放っておいてと思うかもしれないけれど、陽呼子には元気に幸せに生きてほしいから。
少しでも陽呼子を支えられる存在でいたい。」
そんなことを思っていると、風がサッと吹き抜けた。
流湾はこの想いが風にのって、陽呼子の元まで届いたらいいなぁ・・と思った。
すると、誰かが自分の名前を呼んでいるような気がした。
きっと、風の音だろう・・
風が鳴いていた。
「流湾〜流湾〜」
いや、風の音にしてははっきり聞こえる。
流湾はその声に後ろを振り向いた。
すると、そこに誰かがいる気がした。
そこには・・・・・・
鮫郎がいた。
流湾はびっくりして言った。
「なんで、ここに鮫郎がいるんだよ!」
「えっ。言ってなかったっけ。オレたち、地元が一緒だぜ。」
「それでも、同じタイミングにこの川沿いで会わないだろう!」
「それは・・『運命』だな。」
「気持ち悪っ」
鮫郎は、その流湾の反応に不思議そうな顔で言った。
「なんで、気持ち悪いんだよ~。オレたち、一緒にUFOキャッチャーをした仲じゃん。こんなことが起きても当然だろ?」
その言葉に流湾は呆れたような顔をしていた。
そんな流湾に、鮫郎はさらに言った。
「よっしゃ! この川沿いを海に向かって走ろうぜ! どっちが先に着くか勝負だ!」
「いや、ちょっと待ってよ。」
「よ~い。どん!」
いきなり、鮫郎は走り出した。
仕方なく、それを追いかけて流湾も走り出した。
春の風が気持ちよかった。
結局、流湾は陽呼子に想いを伝えることができていない。
このまま、ずっと友達のままかもしれない。
この道の先の景色はまだ分からない。
まだまだ、追いつけないままであるー
(つづく)