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研究室の中の庭師様〜いばらの中のお姫様シリーズ〜

作者: 翡翠 律

 このお話は前後編恋愛小説『いばらの中のお姫様』の続きのお話になります。

 戸棚に並ぶガラス瓶に入れられた数々の奇妙な植物にフラスコやビーカーなどの実験器具。

 小さな窓の手前に置いた机の上にはバクバクと二枚貝のような捕虫器を絶え間なく動かす赤緑色の食虫植物が並べられ、天井からはまるで動物のように目のついた黄色い花が吊り下げられている。


 一見なんとも怪しげな研究室のようだが、しかしながらここはさる国の王宮の小庭園にある庭師小屋である。

 そしてこの研究室のような庭師小屋で1番怪しい存在が...。


「ふふふふふふふふ、逃がしませんよぉ」


 するりと手元から逃れようとする触手のような茨の枝を普段の動きからは想像できないほどの速さで捕まえ、ニヤニヤと不敵な笑いをしているこの男。


 「ローンヴァルド・リンネル」


 おや?という顔で振り返った白い髪の男は、その白く長い前髪に半ば隠れてしまっているメガネを人差し指でくいっと持ち上げ僕を見た。


「何の御用ですか?王子。例え貴方様であったとしてもこの茨のサンプルは渡せませんよぉ?」

「...元からいらん」

「むむっ?では、何ようで?」


 はっきり言ってこんな植物オタクが自分の乳兄弟とは思いたくない。思いたくないがこんな身なりにもまったく気を遣わず、植物採取や栽培にしか興味のない天然男がこの王宮の中で僕が唯一信用できる存在でもあった。


「.........だ。」

「はい?」

「明日の婚約の儀にこの小庭園を使いたいと言っているのだ!何度も言わせるな!」

「ほう...それは。それは」

「ニヤニヤ笑うな」

「おや、失敬ですねぇ。これは微笑んでいるのですよー。真っ赤な顔の王子が初々しくてですねぇ」

『ファイア......』

「ああっ!?冗談ですぅ!!私の大事なラフレシアちゃんを火炎魔法で燃やさないでくださいぃぃ!!」




 ーーと、僕が危うく小庭園の庭師小屋ごと奴のコレクションを丸焼きにしかけたのが昨日の話。


 幼馴染みのエレナとの思い出の小庭園まで燃やしてしまっては本末転倒だ。途中で気づいて水魔法で消火できて良かった。ローンヴァルドこと、庭師のロンが「ドライフラワーの乾燥法実験試料が水浸しにぃぃ」となにやら騒いではいたけど小屋が全焼しなかっただけでも僕に感謝してほしい。



「アルフレッド殿下、エーミル公爵ご夫妻とエレナ様がお帰りになられます」


「わかった。今行く」


 侍従が僕を呼びにきたので、執務机に置いてある小さな宝石用の小箱を手に取った。

 白地に金の意匠がされたその小箱の蓋を開け中身を確認する。

 思わず目を細め頬が緩んでしまう僕の視線の先を見て侍従が不可解な顔をしたのが分かった。


 それもそのはずだ。なんせこの宝石箱の中身は空なのだから。


「殿下?その小箱はエレナ様に?」

「ああ、そうだ。行ってくる」


 眉を寄せて困惑する侍従を部屋で待つように指示し、小箱を胸ポケットに入れた僕は執務室を後にした。



「アル!!」

 王宮での婚約の儀を終え、控室から廊下へと出てきたエレナは僕を見とめると公爵令嬢らしくなくパタパタと小走りに近寄ってきた。


 エレナの父親であるエーミル公爵が「王宮内ぐらいはおしとやかにしなさい」と彼女の後ろから声をかけていたが、彼も娘には甘過ぎる父親なので強く叱るつもりはないらしい。

 

 彼らは身支度を終えこのまま王宮に停めている公爵家の馬車に乗り帰るところだったのだろう。


 あの『いばらの魔法』にエレナがかけられた日の翌日から本当はエレナを王宮に住まわせるつもりだったが彼女はいまだにエーミル公爵邸にいる。

 婚約すらしていない男女が共に住むなどいかんとお互いの両親から却下されてしまったのだ。

 さらにはエレナが来年入学する王立高等学院を卒業するまでは婚姻もダメだと先延ばしになってしまった。


 そして、今日やっと婚約の儀を終え、いま公爵の手に大事そうに抱えられている青い箱に入っているのは、先程行われたこの国の王太子である僕とエレナの婚約の儀の中でエレナが国王から手渡されたティアラだった。

 このティアラは婚姻の儀の当日に純白の衣装とともにエレナが身につけるものであり、その日が来るまで着用は許されず、婚約の証として公爵家で厳重に保管しなくてはならないのだ。


「エレナ、馬車に乗る前に少しだけ僕たちの庭に行かないかい?」


「あのお庭に?うんっ!久しぶりに行ってみたいわ!」

 僕の提案にエレナは目を輝かせた。


「叔父上、エレナをお借りしてかまいませんか?」

「あぁ、かまわないよ。エレナ、私達は先に馬車で待っているからね」

 そういうとエーミル公爵夫妻は僕たちを眩しそうな目でみて微笑んでから立ち去った。

 公爵夫妻を見送るエレナに手を差し伸べる。


「行こう。エレナ」

「うん!!......じゃなかった!はい!!」

「何で言い直すの?」

「だって、周りの皆が婚約をしたら王太子様の婚約者らしく振る舞わないといけないって言うから......」

「そんなことしなくていい」

「えっ?でも......」

「そのままのエレナがいい。そのままのエレナが好き」

「......うん」

 両手で頬を押さえ真っ赤な顔をして僕を見てくるエレナが愛おしい。

 僕がもう一度手を差し伸べるとエレナははにかみながらギュッと手を繋いでくれた。


 春の王宮の庭園は沢山の花が咲き誇っていて一段と美しい。その広大な庭園の隅にある僕たちの場所へと手を繋ぎ昔のように並んで歩いた。


 小さな門が付けられた僕たちの場所。

 幼い頃にここで遊んだ、心が暖かくなる憩いの小庭園。


 しかし、そっと開いた門をくぐったエレナは目の前の光景に目を見開いた。


「あ、あれ...?花がここだけ咲いていない??」

 

 そう、この春の季節に小庭園の花はひとつも咲いてはいなかった。整然と言うより自由気ままに植えられている草木達は蕾はつけているのに、その花びらを開いてはくれていなかったのだ。

 美しい花々が見れると思っていたのか、少しがっかりした表情のエレナを促して小庭園の中央まで歩く。

 そこにある花々も固い蕾を開いてはおらず、エレナは花の蕾に手を伸ばして不思議そうな顔をした。


「アル、王宮の広い庭園は沢山の花が咲いていたのになぜこの庭だけは花が咲いていないのかしら?」


「その理由はもうすぐわかるよ」


「え?どう言うこと......あれ?この花だけ白い蕾?周りの蕾は赤なのに......え?花が!ア、アル!花の蕾が開き始めた!!」


 中央にある花壇に植えられた赤い蕾の中で1本だけあった白い蕾をエレナが見つけ触った途端、その花が開き始めたのだ。


「エレナ、この花はピオニーという名前の花だそうだ。花びらが幾重にも重なって綺麗だろう?ロンから聞いたのだけど白いピオニーには伝説があるらしくてね。昔、恥ずかしがり屋の妖精が白いピオニーに身を隠したら、そのピオニーは妖精の恥ずかしさを表して赤い花に変わったらしいよ」


「そんな伝説があるのね。素敵なお話だね」


 エレナは目を細めてもう一度白い八重咲きのピオニーを見た。

 段々と花開いていく花弁を見ながら、中に妖精は隠れているのかしら?とエレナが呟く。


 一枚、また一枚と開いて、ついに最後の一枚の花弁が開ききった。中にあったのは、



「指輪......」



 金と銀が絡み合うリングの真ん中には大きなルビーの赤石、その周りには小さなダイヤモンドが散りばめられた華奢な指輪が花の中央で輝いていた。


 僕はその指輪を花から手に取ると、エレナの左手を掴みその細い薬指に差し入れた。


「異国の地では左手の薬指に婚約の証の指輪を贈るらしいんだ」


「アルが指輪を用意してくれたの?お花の中に隠して?私、ティアラまでもらったのにいいのかな...」


「婚約者に王家のティアラを贈るのは代々伝わるしきたりだ。でも、この指輪は違う。僕がエレナに贈りたくて用意したものだよ。持っててくれるかい?」


 指輪と僕を交互に見て困惑しているエレナをそっと抱き寄せ、彼女の耳元で囁いた。


「うん...。嬉しいよ、アル。ずっと付けているね」


 エレナが顔を赤く染めながらそう言った瞬間、小庭園の花の蕾たちが一斉に花開いた。


 わあっと感嘆し周りを見渡すエレナが可愛くて、喜んでくれたことが嬉しくて自分までついつい微笑んでしまった。


 胸ポケットに入れた指輪用の小箱は彼女に永遠に渡すことはないだろう。

 だって、彼女が僕からの指輪を永遠に付けてくれると言ってくれたのだから。


 指輪をはめたエレナの指にそっとキスをする。


 「.........っ」

 彼女の指にキスをしたまま視線を送ると耳まで赤くなったエレナの瞳が困ったように潤んだ。


 耐えきれなくてもっと近くでその瞳を見たくて、彼女の後頭部に手を当てて自分の顔に近づける。


 どちらからともなく視線が絡み合い、引き寄せられるように僕たちは口付けした。

 そして、そんな僕らの周りでは色とりどりの花達が僕らを祝福するかのように風に揺れていたのだった。





「ちょっと、ローンヴァルド様。盗み見とはマナーがなっていませんのでは?」


「そういうアメリア殿もカーテンの隙間から見ていたではないですかぁ」


「ワ、ワタクシはエレナお嬢様に何かあっては困るので!!しかしながらお側すぎるのも気が利かない侍女と言うことになってしまうのでこうして庭師小屋で待機しているだけですわっ」


「私も一斉開花の魔法がどの程度のものなのか、この目で見届けねばならんのですよぉー。花妖精(フラワーフェアリー)が茨の魔法をかけてしまったお詫びにとかけてくれた魔法なんですぅ。これは見逃せませんー」


「だとしても...きゃあ!?なんですか!?この植物は!?噛み付いてきますわ!!!」


「ああっ!!アメリア殿ダメですぅ!私のコレクションを踏んではなりませんよぉーー!!ダメですぅ、アメリア殿ー!!」


「はぁ、びっくりしましたわ。それにしても婚約指輪ですか。アルフレッド殿下もお嬢様に悪い虫がつかないように考えましたわね」


「へ?悪い虫がつかないのですか?ルビーの石にはそんな害虫除け効果が?草木にも有効な成分なのでしょうか?是非ともそのお話を詳しく...」


「............。」



Fin.


ラフレシア◇腐臭を発する巨大な多肉質の花。


ピオニー◇芍薬。10センチほどの花をつける華やかな草本。八重咲き、一重咲き、翁咲きなど品種が様々あるがこの作品で出てくる花は八重咲きのピオニー。


白いピオニーの花言葉◇幸せな結婚


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