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被虐の魔王〜異世界で家族になる〜  作者: 葉月十六夜
南の大森林
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Story.93【首座会談―出発―】


 ローソゥとサンが先行してビオニアとの会談を確立してくれたお陰で、本日、俺と付き人のアング、デルフィノーム、ユリオスの四人でビオニアが統治する大森林の一角―――北方連合の領土へ向かう。


「それじゃ。行って来る!」


 俺はサクラが新調してくれた服を身に纏った。

 素材は元々白角(ハッカク)の里に合った繭に加え、俺が多めに所持していた絹を使用して、サクラが休む間も惜しんで繕ってくれていた。

 南方国家サウサードに居た頃にアジューガ達が討伐した黒蚕ダークモスの繭を分けてもらい、小人族ドワーフ工房で絹布に成形してもらった物があって助かった。

 先の戦いで衣服は完全に修繕不可能な程にズタボロ。

 今まで縫い直したり布地を足したりして使い続けてきたが、流石に身窄みすぼらしい。

 この機に俺の衣服を一式全て新調してもらった。

 とは言え一着作るのにサクラや他の鬼女オグレス達だけの手作業では時間がかかる。

 時々、背丈が近いムックの服やグウェンの古着を借りていたが、ようやく俺だけの着衣一式が出来上がったのだ。

 ちなみに黒蚕ダークモスの糸には繊維同士が再結合する性質がある。

 小人族ドワーフの絹糸職人は繭を布地に整形する際に特殊な製法を用いて形状記憶させるのだ。

 つまりどれだけズタボロになろうが元に戻る!

 この辺本当に異世界ファンタジーだわ。

 今日は俺にとっても、二種族同盟にとっても、負けられない話し合い(戦い)の日。

 衣服一式新調して、身形も気も引き締める。


「里の事、任せるぞ」

「こっちこそ、俺達の行く末を託すぞ」


 里の出入り口で、横一線に並列して見送ってくれるグウェン、サクラ、ローソゥ。

 背後に控える他の鬼人族オーガの皆に、女蛇族ラミアの戦闘員達に見送られ、俺達は出発する。

 仲間達の期待と希望を胸に。

 仲間達の不安を背負い。


「アング。デルフィノームとユリオスの面倒頼むぜ?」

「う、うむ…」

「おいグウェン。どういう意味だコラ?」

「全くじゃ。此奴はともかくわらわに心配など不要じゃぞ」

「あぁ?」

「何じゃ?」

「そう言うなら早々に喧嘩すんなよ」


 火花を散らす当主二人に呆れながら、俺は双方の腕を掴む。

 “空間転移テレポーテーション”で一気に北方連合の領土付近に移動する事にした。

 その分、会談で話す内容の見直しが出来たし。


「ヨウ様!」


 俺達を見送るサクラが、精いっぱいの声を張る。


「必ず―――お帰りになって下さい!」

「あぁ! 必ず帰ってくる!」


 吉報と共に―――


「“空間転移テレポーテーション”!」


 新たな“仲間”を連れて―――


――――――――――――

―――――――――

――――――


「………」

「サクラ。お前もそろそろ奥へ戻れ」

兄様あにさま…」


 サクラはヨウ達が消えた場所をじっと見つめていた。

 他の皆が里の奥へ戻って行く中、たった一人で。

 その様子を遠目で見守っていたグウェンだったが、一向にそこから動く気配の無い妹の様子に痺れを切らせてサクラの許へやって来た。

 兄に名を呼ばれて振り返るサクラの表情は、寂し気で、悔し気で、少し突けば泣き出すんじゃないかと思う程にしょぼくれていた。

 そんな妹の想いに気付いているグウェンは少し呆れたように溜息を一つ。


「そんな顔で見送られてりゃあ、ヨウの奴も気掛かりで会談に失敗するかもな」

「何て酷い事を言うんですか?」


 兄の言葉にムッと顔を怒らせる。

 そんな妹の威圧など他所に、グウェンは腕を組んで森の奥を見据える。


「ヨウが今回お前を里に残したのは、何も前回お前が足を引っ張ったからじゃないぞ」

「………」


 サクラの顔が強張る。

 肩も少しだけ跳ねらせる様子から、図星を突かれたのは一目瞭然だ。

 ヨウが里を離れるまでは気取られぬよう装っていた様だが、血縁であり長い付き合いの実兄には通用しないのだった。

 兄に内心を読み取られ、より一層表情を曇らせるサクラ。

 その姿は、普段の毅然とした態度など微塵も感じられず、年相応の女の子に見えた。


「………ヨウ様は、あの後一言も私に非があったとは言われませんでした。自分から我儘を通しておきながら、結局はお荷物になって、ヨウ様の危機にも満足に加勢出来ず、挙句の果てにはあの方自らが敵将に頭を下げる結果に至ったのは、他でもない私の失態だと言うのに……」


 サクラはずっと、あれからずっと、その事で落ち込んでいた。

 心から慕うヨウの役に立つ為に無理を通し、兄や仲間にも心配を掛けさせた。

 それにも関わらず、失態を曝した。


「今回の人選に、私が選ばれないのは承知してました。それでも、ほんの少しだけ……」


 ―――期待していた。


 などと、とても彼女本人の口からは言い出せない。

 人選から外された際に「私もご一緒に!」と願い出せなかったのも、自分自身への罰として身を引く決意をしたからだ。


「私はヨウ様に御力を授かり、すっかり舞い上がっていました。自分自身が強くなったと思い上がって、精進を怠っていました。その所為でヨウ様に辛い思いを―――」


 唇を嚙み、裾を握るサクラ。

その額に、グウェンの無言のデコピンが命中する。

 「みゃっ!」と驚きと軽い痛みで短い悲鳴を上げ、思わず兄の顔を見上げれば、心底呆れ返った兄の顔が自分を見下ろしていた。


「な、何ですかいきなり?」

「イヤなに。この場にヨウが居たら同じ事をしただろうなってな」

「え、えぇ?」

「冗談ではないぞ。現に俺も以前、お前と同じように自暴自棄になっていた所に、あの野郎は事もあろうに脳天に手刀を叩きこんで来やがった」

「えぇっ?!」


 言わずもがな、大蜘蛛討伐作戦の時の話だ。

 グウェンはその時に受けた脳天の痛みと共に、その時の自分の惨めさも思い出していた。


「ヨウは、俺だろうが、お前だろうが……誰だろうが、一生懸命に自分の責務を全うしようとした奴を責めたりはしない奴だ。例え、本当に失態を働いたとしてもだ」

「………」


 グウェンはサクラを諭す……と言うよりも、自分にも改めて確認させる様に。


「勝手な考えだが、アイツにとって失態した奴を見放すって行為は、ヨウ自身の責任放棄に思えるんじゃないか?」

「ヨウ様の責任?」

「俺達が思っている以上にアイツは俺達の事を考えてくれてる。小さな事でも失敗や失態を糧に、反省し、思考するちからを養わせ、俺達一人一人が今よりもっと強くなれるようにな」

「そう、思われるのですか?」

「俺は、な」


 どう捉えてるかは各々違うだろう。

 けれどグウェンはそう思って疑った事は無い。

 大蜘蛛討伐の作戦時、自分が我儘を通して、自己犠牲の果てに仲間を救えた所で、仲間達は嘆き悲しみ、きっと自分を責める。

 そして自身も、命を絶つ事で心身共に成長する事は叶わなくなっていた。

 それは、辛い現実から逃げる事と同じになっていた。

 自己満足で納得して、仲間のその後の苦労も顧みず……


「ヨウが今回の会談の人選にお前を選ばなかった理由が分かるか?」

「え…それは…」

「それは、いざと言う時に備え、お前のちからが里の防衛に必要になるからだ」


 ヨウが里を離れ、攻撃力が圧倒的に落ちる二種族同盟にとって、サクラの“妖人魚ノ波紋(ウンディーネ・リプス)”は防衛の要だ。

 双方の主が一ヵ所に留まる中、相手の敵兵が機に乗じて攻撃をしてこないとも限らない。

 ヨウはそれを見越しているに違いない。


「適材適所って奴さ。そうでもなけりゃあ、火に油を注ぎかねないデルフ()ィノー()ムとユ()リオス()を連れて行くかっての」

「そう……でしょうか?」

「ひょっとしたら違うかもな。でもそう考えた方が、お前も前を向けるだろ?」


 グウェンはしょぼくれる妹の頭を撫でた。

 失敗を恐れず尚も挑戦し続けて心身共に成長させるのは実兄として、白角ハッカクの頭領の務めだ。

 だからサクラに厳しく言う。

 実の妹の幸せの為に。


「―――……ですね」


 たっぷり間を置いて、サクラは先程迄より芯のある声で返答した。

 両手で両頬を叩き、バッと顔を上げる。

 その紅玉色ルビーの瞳は日の光を浴びて、再び輝きを灯す。


兄様あにさま。申し訳ありませんでした」

「謝罪は要らんから早く持ち場に戻れ。防衛以外にもお前には任された仕事があるんだろ?」

「はい!」


 サクラは力強く返事を返す。

 大きな動作で兄に頭を下げて、駆け足で里の奥へ戻って行く。

 その背を見送るグウェンは「やれやれ」と吐露しながらも、また一つ成長した妹の姿に笑みを浮かべる。

 

「―――ヨウ。サクラは大丈夫だ。だから思いっきりやって来いよ」


 グウェンは北方連合の領土の方向を見つめ、踵を返して里に戻る。

 グウェンは前日、ヨウにサクラの事で相談を受けていたのだ。

 

『悪い。俺が何言っても気を遣わせるだけな気がするから、お前が慰めてやってくれないか? お前相手なら素直に自分の気持ちが言えるだろうし―――と言うか、今回の件は全面的に俺の失態だし、サクラに要らない責任を感じさせたくない。頼む!』


 なぁ~んてよぉ。

 俺から言わせりゃあどっちも悪くねぇっての。

 

「今さっきサクラにしてやった説教……ヨウの奴にもしてやろうか?」


―――まぁそれはアイツが無事に帰ってきたら、必要無い事だろうけどな。

 

 グウェンは余裕の笑みを浮かべる。

 吉報を持ち帰ってくるであろう“盟主”を信じて。


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