Story.84【対・北方連合―将軍vs.盟主②―】
「貴殿は何者だ?」
澄み切った声が鼓膜を揺らす。
その声音とは裏腹に、俺の危機感と言う警笛音が爆音で鳴り響いていた。
「アンタが最後の三魔将、ビオニアか…?」
「如何にも。前三魔将より“将軍”の字名を引き継ぎ賜った者だ」
“前”と言う事は、文字通りビオニアが三魔将に君臨する以前の三魔将の一角だった者が、ビオニアの知り合いに居たという事か……
「さて。此方の質問にも答えてもらおう。配下から伝達があった通り、デルフィノームやユリオスを下す格上の存在と思しき者よ。貴殿は一体何者だ? 鬼人族にも女蛇族にも属さぬ種族が何故この戦場に居る?」
―――バレてたか…
探知阻害も魔力探知も発動して警戒していた俺達が見つかっていた訳では無いだろう。
恐らく頭のキレる兵士が密告したんだろう。
―――迂闊だった。
俺が自分の考えの甘さを悔いている間にも、ビオニアは俺を答えを待っている。
相手の実力も知らぬ内に攻撃を仕掛けた以上、ビオニアが俺を敵対視している事は明白。
だが今は大人しく俺の返答を待っているという事は、俺の姿を見て、もしや“人間”と思い込んでいるのかもしれない。
師匠の許で修行していた時期、魔族に関する知識を得る為の座学で“人馬族”の特性については学んでいた。
《人馬族は魔族の中でも珍しく、古くから人間との交流があった魔族だ。ここ南方国家も人馬族を“戦士”の象徴と崇め、彼らに関しては小人族同様に討伐対象から除外されている―――まぁ言っちまえば、“人間好き”な魔族だね》
―――人間好き、か…
だから人間の姿をしている俺を目の当たりにして攻撃を止めたのか?
「………とは言え、だな」
何にせよ、奇襲が失敗した今、もう隠し続ける必要も無いだろう。
俺はサクラ達を背後に庇いながら名乗った。
「俺はヨウ・クロキ。もし俺を人間と思っているなら、考えを改めてくれ」
「何?」
俺の発言に、ビオニアは明らかに疑いの眼差しを向ける。
―――正体を教えた瞬間、打って変わって攻撃されたらどうしよう……
込み上げる不安を飲みこみ、俺は正体を明かした。
「俺は、半人半魔だ。諸々な事情で今はお前の率いる北方連合と交戦中の二種族同盟の盟主みたいな事をしている」
「半人半魔だと?」
やり取りの最中、ピクリとも動かなかったビオニアの表情が怪訝そうに歪む。
当然だが、半人半魔に出会ったのは初めての事だろう。
いやそれ以上に、人間じゃなかった事実に、何だか残念そうにしているようにも見えた。
「信じられないのは分かるが、事実だぞ」
「―――ふむ。そうか」
「言い逃れの法螺にしても荒唐無稽すぎるな…」などと呟いているビオニアは、意外にもすんなりと俺が半人半魔だと信じた。
突然攻撃してくる様子も無く、俺も少し安心した。
「して、渦中から離れたこの様な場所まで単身……ではない様だが、少数で進行して来ているという事は、大方私を奇襲する心算だったと見受けるが?」
そこまでお見通しか。
これは本気で相手が悪いな…
「隠してもしょうがないし言うが、もし事前に話し合いの場を設けた所で、お前はそれに応じないだろ?」
「ふむ。正論だな。故に愚かだ―――」
ビオニアは見るからに重そうな大槍の刃先を俺に向けた。
「伝説級の魔族と言えど、所詮は若造か。力を誇示するあまり自ら戦力を削ぎ私に挑もう等と……此処は“戦場”。故に降伏以外の道は無いと知れ」
その鋭い眼光には“威圧”の覇気が込められている。
修行していた頃に何度も見た師匠の鋭い眼光を思い出した。
これは相手への威嚇もあるが、俺の戦いに対する未熟さへの叱咤も込められているように感じる。
―――だが、今回ばかりは敵将の言う通りだ。今までの戦いが簡単過ぎてただけなんだな、きっと。
敵からの叱咤を、俺は敢えて深々と受け止めた。
この戦士との戦いは俺に足りていない“戦い方の知恵”を授けてくれそうだ。
―――もし同盟が締結出来た暁には、第二の師匠とでも呼ばせてもらおうかな。
「道なら有るさ。お前に勝つって道がな…!」
「その度胸は合格だ」
俺を戦場慣れしていない若造と思っているビオニアに、今の俺の言葉は負け惜しみに聞こえている事だろう。
「ちなみにだが」
「?」
「……やっぱり、話し合いをする気はないか?」
「愚問。人馬族に勝負無くして軍門に下るなど有り得ない」
「あぁ、そうかよ」
腰に携える剣を抜く。
青白い刀身が太陽の光を反射し、薄暗い森林の影に潜むビオニアの姿を照らす。
肉眼では確認出来ない筈の気迫がハッキリ見える。
それ程までにこの人馬族は“強者”なのだ。
「ならしょうがないな―――アング!」
「御意!」
アングは俺の意図を察し、身体を巨大化させて速やかにサクラを背に護る様に構えた。
サクラはアングの背後から顔を覗かせて俺達の様子を伺った。
「ヨウ様! どうかお気を付けて! 援護はお任せを…!」
そう言いながらアングの背後から魔力を高め始める。
祈る様に握る手が小刻みに震えている。
この威圧の中、よく逃げださずこの場に留まってくれている。
俺への信頼からか、逃げる勇気をビオニアに削がれているのか……
―――何にせよ、近くで仲間の声援を受けられることは有難い。
「二人共前には出るなよ! 自分の身を護りつつ、援護を頼む!」
「か、畏まりました!」
「マスター! アングもお供しますぞ!」
「アングはサクラを護れ! 万が一俺が負けた時はデルフィノーム達への即時撤退を指示するんだ!」
「!―――御意…!」
“俺が負ける”―――その言葉に、アングは明らかに動揺して悲痛に顔を歪めたが、俺の命令を実行する事を優先した。
相棒にこんな心配させたくなかったが、今回ばかりは俺の考えの甘さが招いた事態だ。
死なない俺が白黒つける必要がある。
「全員で来ても構わない。我が軍が貴殿等の同盟を制圧するまでの時間潰しくらいにはなるだろう」
ビオニアの表情が俺達を見下す様に微笑んだ……気がした。
成程、コイツは涼しい顔しながら他者を見下している節があるから、デルフィノームやユリオスが嫌ってる訳だ。
―――しかし、もしこの態度を無意識でやってるなら、天然にも程がある。
「言ってろ。その鉄仮面崩してやるから覚悟しとけよ…!」
俺は自分を鼓舞した。
まるで師匠を相手にしているかのような威圧に気圧されぬよう。
アングやサクラをこれ以上不安にさせぬよう。
俺を信じて戦っている二種族同盟の為に―――
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《―――それで? お前の計画通りに進んでいるのか?》
「えぇ。今の所は…」
ヨウとビオニアが交戦を開始する少し前の事だ。
森の奥深く。
二種族同盟と北方連合の戦火が及ばない場所で、大森林内の二大勢力の戦いを密かに愉しんでいる堕耳長族は“遠隔会話”で雇い主と会話していた。
《アジェッサ。今までは大目に見て来たが、これ以上新生の魔王に此方への敵意を募らせるような行為は慎め。只でさえ奴は蒼薔薇の許に居た。魔族に対する無用な懸念は持たせたくないのだが…?》
「申し訳ございませんわ、アザミ様」
堕耳長族―――“叛逆のアジェッサ”は妖艶に微笑む。
「ですが、今回の三魔将の一大交戦にて、私が事前に巻いた種が開花する事でしょう。そうすれば、貴方様が御望みの光景をお見せする事が出来ますわ」
アジェッサは放映魔術“千里ノ鏡”を発動させた。
偵察系魔術の中でも上位に当たるその魔術は、術者であるアジェッサと遠い北方国家の城内に居る魔王アザミの前に、等身大の鏡の造形で出現した。
その鏡に映し出されるのは、一触即発寸前のヨウとビオニアの姿。
「とくとご覧あれ。貴方様の望む光景を。新生の魔王にして、何時の日か貴方様が手中へ納める不滅の存在―――その覚醒した力を……」
《…………》
アジェッサの言葉が“遠隔会話”越しのアザミに届く。
意識せずとも腹底から湧き上がる期待で、口角が上がる。
美しい冷酷な魔王の、その双眼が鏡越しのヨウの姿を捉えて離さない―――




