Story.81【対・北方連合―遠隔攻撃部隊vs.二人の族長―】
「―――お前、ヨウの何処に惚れたんだ?」
「はぁ?」
質問者、デルフィノームのこの場に相応しくない場違いな問いかけに、回答者、ユリオスは眉間の皺を深くしてその美顔を歪めた。
「何じゃいきなり? 危機感の無い奴じゃのう」
「ふと疑問に思っただけだ。あれだけ他種族は当然、男というだけで目の敵にして来たお前が、自分を負かした相手にどうしてそこまで惚れ込むのか、とな」
「………」
目も合わせず、淡々と自身の意見を述べるデルフィノームの言葉を受け、ユリオスは怪訝そうな視線で睨みつけた。
「まさかとは思うが貴様……この期に及んで貴様は妾が旦那様や鬼人族を裏切るなどと思ってはおるまいな?」
その途端にユリオスの怒気に染まった妖気がデルフィノームに向けられる。
周りに居た他の魔族達が二人のやり取りに滝のような冷や汗を流して見守る中、デルフィノームは「ふん」と鼻を鳴らし、前方の敵を見据えたまま口を開いた。
「お前なんぞが今更裏切った所で鬼人族が負ける訳がない。一度は負かしている訳だしな」
「そんなに絞め殺されたいのか貴様は……?」
「はぁー」
額に青筋を浮かべるユリオスの尾がデルフィノームの背後に回った。
配下の魔族達が止めに入ろうかたじろぐ中、デルフィノームは大きく溜息を吐いて質問した理由を話し始める。
「言っただろう、気になっただけだと。以前のお前なら二種族同盟の締結などに賛成しなかっただろ? アイツ自身が魅了の類の魔技能を使ったわけでもあるまいし、何故そうまで心変わりしたのかとな。単にお前の男嫌いが改善したのであれば、それはそれで良い。俺の話は終わりだ」
「…………ふん」
ユリオスが尾を下ろした。
配下達がほっと胸を撫で下ろす中、ユリオスは口を開いた。
「勘違いをしておるようなら認識を改めよ。妾は依然として男共が嫌いじゃ。姑息な手段を使い我が物面で女の全てを奪う。女と言うだけで自分よりか弱い存在だと思い込み、力で捻じ伏せようとする。まぁ、女が男に力が及ばぬ所があるのは確かじゃが、己の意志を主張する権利すらも奪おうとする横暴さが恨めしい」
「ほう? なら、ヨウにはその嫌悪感を感じさせない要因があったと?」
「………全く無いと言えば噓になる。じゃが、どうにもあの男からはやましい思惑が感じられなかった。妾を征服する気もまるで無く、ましてや妾に同盟締結の申し出を持ちかけて来た。今までも下手に出て来ては利用しようとしてきた男は居ったが、あの方は嘘偽りなく妾の存在を必要としてくれたのじゃぁ~!」
ユリオスは語る程に頬を赤らめ、くねくねと身を捩り出した。
荒れ回る尾に間違ってぶたれない様、デルフィノームがユリオスから二、三歩離れ、呆れた表情を向けた。
「呆れたぜ。お前、まさかそんな何の信憑性も無い感情に従ってついて来たのか?」
「信憑性じゃと? 妾の女の第六感に疑いの余地など無い」
「………そうか」
口に出すと面倒だから言わなかったが、デルフィノームは心の中で「それを信憑性が無いと言うんじゃないのか?」と思った。
「それにのう。悔しいが、貴様の言う通りに妾は旦那様率いる鬼人族に負けた身分。歯向かう気力も勢力も無い」
ユリオスはその豊満な胸を張って堂々と構える。
「結論じゃ。妾は妾の直感を信じ、絶対強者たるヨウ様に恋焦がれ、愛する方からの誉を頂きたい為に助力を惜しまないと、同盟締結時に誓った。故に、これ以上疑いを向けるな。仮にも同盟者として、少々傷付くぞ」
「………心得た」
“傷付く”―――その言葉に多少の罪悪感があったのか、デルフィノームは謝罪こそしないが、こういった疑う様な物言いは控えようと密かに心の内で決めたのだった。
仮にも……否、もう“仮”を付ける必要は無い、志を同じくする同盟者と肩を並べ、デルフィノームは再度、前方を見据える。
「―――さて」
北方連合の特攻部隊がアグーラム達との交戦で敗北し、退却したと連絡が入った。
間も無く次の攻撃―――遠隔攻撃部隊が動きを見せる事だろう。
遠隔攻撃に対し、防御を張るならばサクラに譲渡された魔術が一番の防御なのだが、三魔将最強“将軍・ビオニア”と直接対決するヨウの支援に回らせる方が勝機が上がると、幹部間満場一致の意見でヨウに付き添わせたのでそれは出来ない。
出来ないならば、低級・中級の防壁を駆使して対応する。
「防衛部隊はデカい攻撃だけに集中しろ! 致命傷に至らない攻撃は各自自己責任で回避だ! しょうもない飛び礫なんぞに撹乱されるな!」
「「「はっ!!!」」」
デルフィノーム、ユリオスを中心に、遠隔攻撃可能な者が後方へ、近接戦闘向きの物は扇型に広がり、敵の攻撃に構えた。
「此方の態勢に抜かりはない」
デルフィノームは己の魔力を高める。
体を駆ける放電は見ている者にすら激しい痺れを錯覚させる。
その姿たるや、まさしく堂々たる“戦の鬼神”の佇まい。
「ユリオス、見舞ってやれ」
「了解じゃ」
赤い唇を薄く開き、妖艶に微笑む女蛇族の主、ユリオス。
片手を天にかざし、魔術を発動する。
「“妖精ノ悪戯”」
途端に黒角の里周辺の木々が、土石が、姿を変えていく。
巨大な投石機を形成し、一際大きな岩がセットされる。
「覚悟せい。我等の盟主の領土を穢す愚者共よ―――」
ユリオスが掲げていた手を振り下ろした。
同時に投石機が作動し、乗っていた岩が前方の北方連合へ向かって投石されたのだった。
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「“防盾”を張れぇえ!!」
北方連合部隊の中心でざわめきが生じた。
突如天空を覆った無数の岩の雨に逸早く気付いた兵士が、声を荒げて“防盾”を展開させた。
勢いの付いた岩を性能の高い“防盾”が防ぎ、直撃は避けられた。
臨戦態勢だったとは言え、予告無しの奇襲に対し、一切の動揺を見せず的確に回避する手慣れた連携だった。
「これは“妖麗”の固有魔術か。鬼人族と女蛇族の二種族同盟の噂は誠であったか」
遠隔攻撃部隊を率いている部隊長らしき人馬族の魔物が落ち着いた様子で指揮を執り、体制を整える。
ビオニアと同じ種族の人馬族は顎に手を添えて思考する。
―――まさか、あの協調性の無い二種族が……これは、少々危惧していた予想が当たっているやもしれぬ……
指揮する人馬族の予想。
それは「二種族同盟」の中に隠れ潜む“第三者”の存在だった。
それも協調性の無い二種族を束ねられる程の逸材―――即ち、頂点に君臨する盟主たる何者かの存在だった。
「ひぃいっ―――たす、助けてくれぇええ!!!」
「ん?」
突如、足を縺らせながら怯え切った様子で引き返してきたベルニコフが茂みの中から姿を現した。
ベルニコフは一つ目から大粒の涙を流しながら、遠隔攻撃部隊の横を通り過ぎて行った。
その様子に、流石の兵士達もどよめいた。
「い、今のは……ベルニコフ殿?」
「あんなに取り乱れて、特攻部隊に何が起きたんだ?」
「沈まれ! 体勢を崩すでない!」
空かさず人馬族が渇を入れる。
慌てて数名の若い兵士達がベルニコフを追っていた視線を前方へ戻した。
「しかし隊長。ベルニコフはあのままで宜しいのか?」
「構わん。敵を目前に逃亡するなど我が連合の恥晒し。奴は最早、我らの仲間ではない。捨て置け」
「……承知」
冷たく言い放つ隊長の命令を受け、部下が後方へ下がる。
「鬼人族…女蛇族…そして二種族を束ねる第三者か…」
人馬族は撃ち込まれる攻撃を“防盾”越しに見つめ、静かに“遠隔会話”を発動する。
対話相手は、当然―――己の“将軍”だ。