Story.79【対・北方連合―開戦―】
明朝、遂にその時が来た。
偵察部隊のローソゥの“遠隔会話”によって、“二種族同盟”の全員に、北方連合が出陣したと報せが入った。
「全員持ち場に着け!」
デルフィノームを筆頭に、戦闘部隊が里の周りを固めて行く。
そしてビオラと女蛇族の戦闘員が先導する形で、予定通り二ヵ所の避難所へ向かわせる。
白角の里へ避難する者の中には当然、オキリスとアジェッサも居る。
「里内部に居れば安全だ。決して単独行動しないようにな」
「勿論ですわ」
と、安全の為の忠告と銘打って、アジェッサには自由行動しない様に念を押した。
とは言え、もし彼女が本当に俺達“二種族同盟”の共通の敵なのだとするなら、この忠告も聞きゃしないだろう。
だから
「護衛にサンを付ける、何かあれば彼女を頼ってくれ」
「頭目からの命だ。任せな」
「ありがとうございますわ。ヨウ様も、ご武運を祈りますわ」
「あぁ」
本心か否か。
彼女は俺達の身の心配をしながら避難民と共に移動を始めた。
その背を見送り、若干の不安の持ちつつ、俺もデルフィノーム達と移動を始める。
「それじゃ、私等も移動するよ」
「はい」
アジェッサは大人しくサンの後ろについて行った。
他の避難民達と合流し、現在の黒角の里から白角の里へ移動を開始した。
「………」
―――さて。では私もそろそろ……
アジェッサは横目でサンを見やる。
自分の傍から離れる様子は無いが、周囲に注意を向けているお陰で自分への警戒は薄い。
―――この程度の警戒でしたら、欺くのは簡単でしてよ……
「あッ」
「ッ―――大丈夫か?」
アジェッサは躓いたように見せかけ、サンの視界の中で地面に膝を着いた。
咄嗟にアジェッサを心配して膝を着くサンの首の後ろに手を回し、目を合わせた。
―――“踊ル傀儡”
「お眠り」
「ッ―――……」
途端にサンは声を発する間も無く、意識を闇の中へ沈めた。
「立たせて下さい」
「………立て」
虚ろな目をしたサンは、言われるがままアジェッサの肩を支えて立ち上がらせた。
「アジェッサさん? 大丈夫ですか?」
心配したビオラが声をかける。
アジェッサは何事もなかったかのように微笑ながら「大丈夫でしてよ」と言った。
安心したビオラは、避難民達と共に再び白角の里に移動を始めた。
―――温いですわね。何方も……
監視の思考を奪ったアジェッサは、魔技能を用いて“分身”を生成した。
他の避難民に気付かれぬように空かさず本体を“不可視”で見えなくした。
序でに魔力も“分身”と異なる波長に変えて。
「目覚めなさい」
「―――……ん?」
その言葉を受け、魔術にかけられていたサンの意識が戻った。
「何だ? 今何か……?」
「どうかなさいましたか?」
「あ、いや。気の所為だ」
「そうですか」
生成した“分身”を通して避難民を演じ続けるアジェッサ。
本体は遠くに移動を始めた。
―――それにしても、どうやらヨウ様は私に疑いの念を向けていらっしゃるご様子……
原因はやはり、記憶を消したはずのデルフィノームが自分に敵意を向けた事。
完全に予想外だった展開に、アジェッサ自身もより一層怪しまれない様に慎重に動かざるを得なかった。
「幸いにも、今は北方連合との交戦で私に構っている暇などない。この間に、私も出来る限りのお仕事を済ませてしまいましょうね」
そうしてアジェッサは“遠隔会話”を繋げる。
相手は当然―――“加虐の魔王”アザミだ。
・
・
・
《ヨウ。白角の里への避難は完了。女蛇族の里の避難も順調で間も無く完了する》
北方連合との交戦前、ローソゥから避難状況の連絡が入った。
「分かった。オキリスとアジェッサの様子は?」
《オキリスは診療所に入った。ビオラがついて介抱を続けている。アジェッサもサンからの報告では特に変わった様子は無い。大人しくしている》
「そうか。じゃあローソゥも戻って来てくれ」
《了解した》
ローソゥの返答を最後に連絡を切る。
―――アジェッサに妙な動きは無し。と……
まぁ流石に監視の目がある所で単独行動はしないか。
大人しいなら結構。
どの道、今からアジェッサに気を向けている暇は無くなるんだ。
「大分近くまで進軍しているようだな」
その言葉通り、森の奥の騒がしさが段々近づいてきている。
規模は予想通りだが、その迫力と魔力の大きさは予想より大きい。
だが―――
「何事も予想より大きく見積もっておくのは定石だよな」
それに上手く行けば、これ等全てを相手にする必要無く終戦出来る。
それも、この作戦が上手く功を奏せばな。
「それじゃあ。俺も自分の役目を果たすか」
「あぁ。此方は任せろ」
「旦那様。気を付けるのじゃぞ」
「あぁ」
俺はその場をデルフィノームとユリオスに任せた。
そして―――
「アング、サクラ。準備は良いか?」
「はっ! 何時でも!」
「はい!」
アングとサクラが意気揚々と俺の後ろについて来る。
アングは俺の相棒だし、当然として……
「サクラ。お前本当について来るんだな? 危険だぞ?」
「この大森林に居る以上、今は何処に居ても危険です」
「まぁ、その通りなんだけど……」
「邪魔はしません。全力で後方支援させて頂きます!」
「あ、うん……」
何という勇ましさよ。
俺より年下で元々里長の御令嬢のはずだよね?
魔族の女の子ってみんなこうなの?
「アング。サクラの事、頼むぞ?」
「ぎ、御意…」
「さぁさぁ! 参りましょう!」
「……うす」
メチャクチャ戦闘態勢が出来上がっているサクラと共に、俺達は女蛇族戦の時と同様、皆と別行動を取る。
その間にも、着々と里に進行する北方連合の歩兵達。
手発通りに三魔将のデルフィノームとユリオスが堂々と構え、敵の注意を引き付ける。
「旦那様……大丈夫であろうか」
「当然だ。何せ死なないのだからな。貴様も知っているだろう」
「それはそうじゃが、愛する殿方が進んで危険に飛び込む様を了承出来る女など居らんだろ?」
「同意を求めるな。俺に」
うんざりした顔でデルフィノームはユリオスの話を聞き流した。
その態度が気に入らないのか、ユリオスは無言で尾をデルフィノームの背に打ち付けた。
「~~~こ、の…ミミズが…ッ」
「ふんっ!」
「あ、あの、お二人共? 喧嘩は止めて下さいね?」
「「ふんっ!」」
アグーラムの真っ当な注意を受けてもいがみ合う両種族長。
後ろに控える二種族が不安に駆られるのは言うまでもなかった。
だが、その険悪な空気を打ち消したのは、意外にも敵から放たれる“声”だった。
《―――聞こえるか? 鬼人族と女蛇族―――》
まるで巨人が話しているかのような大きな声。
それが“拡声”によって音量の上げられた声だと気付くのに時間は要らなかった。
しかもこの声の主は―――
「ビオニア…!」
そう。
デルフィノームとユリオスと同じ三魔将の一人にして、最強の魔族―――“将軍”の異名を持つ人馬族のビオニアだ。
寡黙で知られる彼の魔族が自ら声をかけえ来るなど珍しい行為だった。
《此度の開戦を前に、貴殿等に提案がある》
「提案だと?」
《簡単だ―――北方連合に加われ》
ビオニアは端的にそう告げた。
その提案に、デルフィノームとユリオスは顔を顰める。
「彼奴め。妾達を完全に下に見ておるな…」
「あぁ……実に不愉快だな」
徐々に膨れ上がって行く二種族長の殺気と闘気。
さっきまでの犬猿さは何処へやら。
そんな状況を知っているのか否か、ビオニアはお構い無しに話を続ける。
《貴殿等が幾ら束になろうとも、私の率いる北方連合に勝る事などない》
「「………」」
《考える時間をやろう。無駄に争い死者を出す事が果たして利口な選択か、よく考えろ》
「「………」」
直後、戦前の“二種族同盟”間で奇妙な沈黙が流れた。
理由は、今この場で言葉を発する事に恐怖していたからだ。
下手に口を開けば、目の前の二人の轟々と燃え上がる魔力に中てられる……
「……ユリオス。貴様、“拡声”は使えるか?」
「いや習得しとらぬ。惜しい事をした」
「だな。まぁいい―――」
何やら不穏な空気を醸し出すデルフィノームが一人、前進する。
ある程度仲間達と距離を置いた所で右手を高く上げ、強烈な放電と共にお得意の“雷神ノ槌”を発動する。
「時間など不要。コレが俺達の答えだ!!」
と、額に青筋を浮かべるデルフィノームが特大の“雷神ノ槌”を、北方連合の兵士に向かって放った。
方向を変えずに一直線に進んで行く“雷神ノ槌”は辺り一面を焼き払い、北方連合の先頭部に直撃した。
爆音と放電、更には北方連合の叫び声が交わった大騒音が大森林中に響き渡る。
「丁度、遠出用の馬が欲しかったんだよなぁ! 行くぞ野郎共ぉお!!」
「お…おぉおおおおお!!!」
やや遅れて喊声が上がる。
それを皮切りに、“二種族同盟”も進軍を始めたのだった。
・
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・
「……今ので何人か死ななかったか?」
「だ、大丈夫かと……」
当然の如く、別行動を取る俺達の耳にも今の一連の流れが把握出来た訳でして…
俺とアングとサクラは女蛇族戦以来のデルフィノームの加減知らずに呆れ果てる。
アイツはキレると極端に力加減を忘れる悪い癖がある。
もし俺がその場に居たら、少しだけビオニアに同情したかもしれない。
だが―――
―――だがこれで良い。好きなだけ暴れて目立っててくれ。その間に俺が、必ず敵将を倒す…!
俺達は静かに、迅速に、敵将ビオニアの許へ急いだ。
“二種族同盟”対“北方連合”の開戦だ―――