Story.07【家族になろう】
「一先ず、今日一日は大人しくしておくんだね。次に黙って出て行ったら本当に首を跳ねるよ?」
「は、はいっ…!」
ローザさんの眼光の鋭さに圧倒され、俺は寝ながら姿勢を正した。
「それじゃあアタシも部屋で休ませてもらうよ。年甲斐もなく雨の中走り回ってクタクタなんだよ…」
「ほ、本当に、ごめんなさい…」
「ふん」
罪悪感が全身を蝕んだ。
ご老体に無理をさせ……何て、老人扱いしたら首を跳ねられそうだから、口には出さないでおこう。
「クゥ? キャン、キャン」
「あ」
―――忘れてた。
俺は腹の上でうつ伏せになっている子犬を見て、当初の目的を思い出した。
「あの! ローザさん!」
「あ? 何だいデカい声出して。煩いねぇ」
部屋から出かけていたローザさんを引き留め、不機嫌そうな顔を向けられながらも俺は質問した。
「あの、この子の親はどうなってますか? まだあの場所に、そのままにされてたりしますか…?」
「………」
何だその事か、とでも言いたげにローザさんが深い溜息を吐いた。
「安心しな。この町の医者兼相談役の頼みとあれば、町の男連中は快く埋葬しに向かってくれたさ」
「……そう、ですか……」
―――良かった…
俺はただ、ただ、そう思った。
泣きそうな震える声を聞き届け、ローザさんはゆっくり戸を閉めて出て行った。
腹の上で転寝し始めている子犬の頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を閉じた。
―――可愛い。どうしようもない程の小さな命なのに、こんなにも温かい…
「なぁ、お前?」
「ヘッヘッ!」
声をかけると、ビー玉サイズの赤いクリクリした目を開いて、嬉しそうに腹の上で立ち上がった。
懐かれてしまったのかもしれない。
俺は上半身をベッドから起こした。
「……お前に人の言葉が分かるか、分かんないけど、聞いてくれるか?」
「クゥ?」
子犬が小首を傾げた。
言葉が分かっているのかもしれない。
俺は言葉が通じると信じて、子犬に全てを話す事にした。
俺が、母親の仇である事を…
正当防衛だった、なんて言った所で、子犬には関係無い事だ。
この小さな存在は、俺の話を聞いて、今後は俺を仇として恨んで生きていくかもしれない。
可哀想な生き方をさせてしまう。
けど、母親の死の真相を教えてやらないのは、もっと残酷な事だと思った。
話を終える頃には、子犬の耳と尻尾は垂れ下がり、悲しそうに目を潤ませていた。
「本当に、ごめん。俺にはお前の母さんを生き返らせてやれる力は、多分無い。謝っても許してもらえないのは分かってる。どうしたら償えるか、色々考えたんだ。いつか、お前に殺されて仇を討たせてやるのも、俺が出来る最大級の償いだと思ってた。けど、それじゃあ俺は罪悪感から解放されるだけで、お前が独りぼっちで生きていかなきゃならない事に変わりなくて……そもそも俺、死ねない体らしいし…」
頭の中が整理しきってない。
この子犬に、俺がしてやれる幸せは何なのか、分かっている気がするのに、言葉に出すのが何だか恐ろしい。
この案も、結局は俺の自己満足な気がしてならない…
「……お前に、俺が出来る償いのやり方を提案したい」
「クゥ?」
子犬は寂しそうな目を向けたまま、俺の提案を聞こうと待ってくれた。
―――勇気を出せ。俺の為じゃない。コイツの為に…!
俺は渇を入れるつもりで、両手で頬を叩いた。
その行動に、子犬が腹の上でビクッと跳ねる。
そして―――
「―――……俺が、お前の家族になっても良いか?」
声が震えた。
格好がつかないが、別に格好つける場面でもない。
俺の精一杯の提案を受けて、子犬は動きを止めていた。
耳は立ったが、尻尾は依然と垂れ下がっている。
意思が読めない…
「お前はまだ産まれたばかりだし、こんなに早く親を亡くして、これから独りで寂しく生きていくなんて、俺には放っておけない。そもそもの元凶は俺にある。お前がせめて、番でも、仲間に引き入れてくれそうな群れでも見つけて、そこで寂しくない生涯を迎えられるまで、俺がお前を守るよ! まだまだ魔力のコントロールは出来てないし、この世界の常識も知らない半人前だけど、特訓して、勉強もして、絶対にお前を大事にすると誓うから…!」
俺は膝の上に子犬を乗せたまま、深く頭を下げた。
一方的な提案だ。
だから拒絶される覚悟はある。
俺は子犬の前に右手を差し出した。
「俺にお前の言葉は分からないから、意思表示として、俺と一緒に生きていくのが嫌だった時は、手を噛んで否定してくれ。お前の納得出来る生き方を一緒に考えよう」
「………」
子犬は俺の右手をじっと見つめたまま動かない。
その体制のまま少し時間が経った頃、ようやく子犬が動きを見せた。
小さな足を動かして、俺の右手に顔を近づけた。
小さな口が開く。
―――やっぱり、駄目か…。
諦めて目を伏せた。
けれど、右手に痛みはやって来ない。
代わりに、少し湿った柔らかい感触が何度も触れて来る。
俺は目を開けた。
子犬が俺の右手を、舐めている。
尻尾もさっきと同じくらいの勢いで、左右に振っている
「お前…」
俺は子犬を抱き上げた。
顔と顔を向き合わせたら、今度は俺の鼻先を舐めた。
「俺の提案、受け入れてくれるのか?」
「キャンッ!」
子犬が元気に吠えた。
「っ……ありがとっ…!」
それを肯定と受け取って、俺は子犬を腕の中に抱きしめた。
堰を切った様に涙が溢れ出す。
腕の中から顔を出して、俺の頬を舐める。
「っ…はは、しょっぱいだろ? あんまり舐めるなって…」
涙で濡れる顔をふわふわの銀毛に押しつけて、俺は子犬と一緒に、また眠りについた。
体温が暖かい。
鼓動の音が心地良い。
夢を見た。
転生前の記憶だ。
一度だけ、母が直接病室に花を届けてくれた事があったっけ。
「葉……頑張れ…!」
頬が痩せこけていた。
それでも笑顔を向ける母が持って来てくれた花は、とても綺麗だった……
確か、その花の名前は―――