Story.72【二種族同盟】
「妾の種族と……同盟を結ぶじゃと?」
「そう。悪い話じゃないだろ?」
途端に女蛇族達が騒めき始めた。
鬼人族達には事前にこういう話に持ち込む事は伝えていたから、落ち着いている。
「な…何故、我等との同盟を結ぶ話になるのじゃ?」
「理由は単純。互いに共通の敵勢力がいるからだ。それも二つ」
「二つ?」
「一つは、言わずもがな。三魔将最後の一人。“将軍・ビオニア”率いる北東の魔族達だ」
「“将軍”……あの鉄仮面か……」
あのデルフィノームがユリオス以上に警戒している存在。
圧倒的な勢力の差、直接対峙すればユリオスでは相手にならない程の実力の持ち主、との事。
他の三魔将であるデルフィノームやユリオスが迷わず警戒する相手だ。
「確かに、三魔将同士で争えば、必然的に奴も勢力拡大の為の行動に出るやもしれぬが……」
「そうだろ?」
やはり考える事は同じなようだ。
ビオニアの取る行動を予想したユリオスは、シャープな顎に手を添えて怪訝そうに眉間の皺を深くした。
「そうにしたって、同盟を結ぶという話になるか? 妾達を支配下に置く方が主等にとっても都合が良いのではないか?」
「俺としては、三魔将の座に君臨する種族長同士が積極的に意見交流出来る方が良いと思うんだけど?」
「主はたった今負かした相手に何の足枷も付けずに懐へ入れるつもりの様じゃが、その甘さに付け込んで報復を企てるやもしれぬぞ?」
「するのか? 報復」
「………」
俺の問いに、ユリオスは口を閉ざした。
我ながら意地の悪い質問だ。
「正直な所、最初は配下に置こうと思ってたよ。でも遺恨のある縛りは必ず綻びが生まれて、長くは続かない。それに今回の戦いで鬼人族達は、自分達の戦力が他の種族に劣っていない事を証明出来た。だからこれ以上、アンタ達と対立する必要は無いんだ」
それに、ぶっちゃけると俺はこれ以上誰かの上に立つのは御免こうむりたい。
統一とか難しいし、崇め奉られるなんて、むず痒いったらありゃしない。
「正気か? 妾は主等に、許されぬ事をしたぞ」
「何の事? 俺にはさっぱりだ」
「しかし…」
「諄いよ?」
「……」
ユリオスは己の失態を悔やんでいる。
実際の所、俺は彼女の攻撃で二度死んだわけだけど、死なない化物としては、大して気にする程の事じゃない。
―――とは言え、本人の心に刺さった棘は簡単に抜けやしないか。
「うーん…まぁ、信賞必罰は世の常か。じゃあこうしよう! 今回の鬼人族への補償として、女蛇族には鬼人族の里の復興に協力してもらう。それでチャラだ。どう?」
「そんな事で良いのか?」
「あぁ。これ以上の要求は俺としても気分が良くない。最終的に同盟を結ぶかどうかの有無はアンタに任せるが、拒否の場合は今後もアンタ達と敵対する事になる。今回の所は逃がしてやるけど、次に対立する時は―――覚悟してもらうぞ」
最後の言葉に圧をかけてみたが、内心は殺す気なんて更々無い。
だが絶対とは言い切ってやれない。
俺にも一度引き受けた以上、鬼人族達を護る責任がある。
「………」
ユリオスは暫しの間沈黙を続けた。
そして次に口を開いた時、色好い返事が返って来た。
「異論など言える立場ではない。同盟締結の件、謹んで御受けする」
ユリオスが上品な動きで頭を下げた。
それに続き、他の女蛇族も俺に頭を垂れた。
途端に鬼人族達から歓声が上がる。
「同盟を締結した証に、鬼人族も協力して妹さんを探すよ。対・ビオニア戦略も、騙し討ちの天才が居てくれたら正に“鬼に金棒”ってもんだな!」
「ふふ。不本意な異名じゃが、情を掛けてくれた者の助力が出来るならば尽力しよう。妾とて、己の代で種族繁栄を諦める訳にはいかぬからな」
「賢明な判断だと思う。じゃあ改めて…」
俺はユリオスの前に右手を差し出した。
「よろしく頼む。ユリオス」
「此方こそ、良しなに頼むぞ。鬼人族の頭目よ」
俺とユリオスは、両種族の前で握手を交わした。
湧き上がる歓声と拍手。
女蛇族達は安堵し、ユリオスの許へ群がった。
これをもって、対・女蛇族戦は終結。
二人の三大将の統べる種族は、前代未聞の同盟を結ぶ事となった。
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サクラが率先して女蛇族達を治療した。
グウェンは両種族に指示を出して荒れた地面を平地に直し、壊れた住居の修繕に勤しんでいた。
俺とデルフィノーム、そしてユリオスは、鬼人族と女蛇族が共同で働く姿を見守った。
「そうじゃ。主の言う、もう一つの敵勢力とは何処の事じゃ?」
「ん? あぁ…」
そうだった。
ビオニアも十分注視するべき相手だが、俺達が何よりも報復したいと思っている相手の事を共通認識しておかなければ……
「確定ではないけど、アンタを騙した女。ソイツは、鬼人族の里を壊滅した元凶と同一人物だと推測している」
「あの女か……確かに忌々しい相手よ。妹もきっと其奴の許に居る……見つけ出してこの尾で絞め殺してやらねば気が済まぬわ…!」
ユリオスがギリィッと歯軋りをする。
怒りの宿る蛇の様な瞳がギラギラと光る。
「そして、これは証拠が無いから確信が薄いんだけど……」
「なんじゃ?」
「………」
俺は口を噤む。
確信は無いが、関係が無いとは言い難いその人物は、あまりにも相手が悪いからだ。
だが、あの大蜘蛛を“解析”した際に引き出した情報の中に、確かにその名があった。
その人物は―――
「きっと、俺達が敵意を向けるその女は―――“加虐の魔王”とも、関係があると考えている」
「まっ…魔王じゃと!?」
その名が出た瞬間、ユリオスは目を見開いて驚愕した。
予想すらしなかった相手だったのだろう。
「何故、あの魔王が関わっていると分かる?」
「俺の魔術でグウェン達の里を壊滅させた大蜘蛛を解析した時に、その人物が挙がった。俺自身が確信が持てなかったから今まで言わなかったけど、何となく無関係ではないと思い始めたってだけだ。未だに証拠は無いよ」
出来れば無関係であってほしいものだが…
「“加虐の魔王”か。だが、奴は魔族を束ねる北方の王じゃぞ? 何故同じ魔族である我等をいがみ合わせる必要があるのじゃ? 我等の領地はこの南方。南方国家の国王に対する嫌がらせのつもりか? だとしても随分と回りくどい手口じゃが?」
ユリオスの言う事は尤もだ。
加虐の魔王がどんな思想を持った人物かは知らないが、ここまで俺の身の周りで、俺が関わった魔族に予期せぬ被害が相次いで起きている。
以前、師匠に言われた言葉を思い出し、俺は少しばかり居た堪れない気持ちになった。
「それは……もしかすると、俺の所為かもしれない」
「主の所為じゃと? どういう事だ?」
「………」
「何じゃ?」
俺はまた口を噤む。
ユリオスが不思議そうに首を傾げている。
黙っていた所で、今後も俺の周りで誰かしらに不幸が降りかかるようならば、最早俺に逃げ場なんて無い。
立ち向かうしかない事は明白なのだ。
俺は意を決して、自分の考えを口にしてみた。
「俺は“半人半魔”として生まれて、その力を求める奴等に狙われてる身だ。今までは、恩師の許に居たお陰なのか身の周りで不幸になった人は居なかったけど、ここ最近は頻繁に起きてる―――俺の正体を知った誰かが、俺に関わる者全てを利用して、俺にちょっかいをかけて来ているのかもしれない……」
「あぁ。確か以前にもそんな事言ってたな。拠点を置かずに旅をし続けるつもりだったとか」
デルフィノームは俺と盃を交わした日の事を言っているのだろう。
「そうだ。成り行きとは言え、鬼人族《オ―ガ》達の頭目の座に就いた。けど実際の所、悪影響を及ぼす存在の俺はさっさとこの地から居なくなった方が、皆に余計な被害が出なくて良いんじゃないかって思ってる」
「そんな事は御座いません!」
「うわっ! ビックリした!」
いつの間にか俺達の近くに集まっていたサクラ、グウェン、ローソゥ。
真っ先に否定の声を上げるサクラ。
グウェンやローソゥ、意外にもデルフィノームも首を縦に振った。
「ヨウ様。その件に関してお話ししましたよね?」
眉を逆ハの字にして俺に詰め寄るサクラを、両手を上げて「どうどう」と宥める。
「あ、うん。鬼人族達と俺とで利害の一致があるからって理由で話はまとまってるけど、俺が原因で今後とも迷惑を掛ける事は重々理解してるよ」
―――だからこそ……
俺の意志は固まっている。
不安が全部拭いきれている訳じゃないが、あやふやな不安に憑りつかれている暇があるなら、一つでも多くの勢力拡大と作戦を練って対応する事に専念したい。
「俺を頭目として信じてついて来てくれている鬼人族を護る為に、皆も力を貸してほしい。女蛇族達も同盟者となってくれた以上、俺が護るべき存在。改めて、俺が率いる鬼人族族と一緒に共通の敵を討つのに協力してくれ…!」
「―――ふっ……アッハハハ!」
俺の意思表示を最後まで聞き届けたユリオスは、呆気に取られたような表情を向けている。
そして、盛大な笑い声を上げた。
「協力してくれ、か。先程まで主の存在に怯えておった妾が馬鹿らしいわ。その気になれば我ら全員を瞬殺出来る存在でありながら、格下の存在に助力を求めるとは……主は謙虚にも程がある」
「謙虚って程じゃないだろ? 俺はこの世界に転生してまだ二年とちょっとだ。知らない事が多すぎる。恩師にこの世界の事は色々学んだけど、魔族の事は同じ魔族に聞くのが一番だ。“蛇の道は蛇”って言うだろ」
「良いのか? 妾は主より弱いぞ」
「二度も殺しておいてよく言うよ」
「すぐ生き返っておいてよく言うわ」
と言って、ユリオスは先程までと打って変わって、あどけなく微笑んだ。
「妾は男が好かん。弱い者はそれに輪をかけて嫌いじゃ」
「そう言えば女蛇族って女しかいないんだよな? 無精卵で出産するって聞いたが事ある」
「あぁ。種族本能的にも異性はどうも生理的に受け付けぬ。それ以外にも理由はあるが……」
と、ユリオスは徐に両手を伸ばした。
長く伸びた爪が当たらぬよう、そっと俺の頬を両手で包むように添えて顔を覗き込んだ。
「不思議なものよ……其方の事は平気なようじゃ」
「あ、そう? それは良かった…?」
何やらユリオスの動きが怪しい。
俺を見つめる瞳は一切逸らす事無く凝視し、頬を包む両手の親指で俺のほっぺをムニムニと撫で回す。
「じゃから。これからも妾達の事、良しなにお願い申し上げますぞ。旦那様♡」
「あぁ、此方こそよろしく―――……え?」
「うふふッ」
愛らしく微笑むその姿は「恋する乙女」とでも言うべきか。
頬を薔薇色に染めながら俺の頭を必要以上に撫で回すユリオスの言動に理解が追い付かない、俺。
「旦那様は小さいのぉ~♡」
「お前相手じゃ大体の奴が小さい―――んっ?!」
されるがままになっていると、背後からどす黒い妖気を撒き散らしながらサクラが俺の服を引っ張る。
「鼻の下……伸ばさないで下さい……」
「の、伸ばしてませんっ」
「んふふ~♡」
美女二人に板挟みにされる俺を放置して、デルフィノーム達はさっさとその場から居なくなった。
どうやら俺の苦悩は、全く別の方面でも増えて行くようだ……