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被虐の魔王〜異世界で家族になる〜  作者: 葉月十六夜
南の大森林
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Story.71【鬼と蛇】

 ズルズルと、大きな蛇の下半身が雑草を踏みながら進む音が森の中に響く。

 あの後、ユリオスは渋々俺の手を握り返した。

 上半身を起こしてやると、警戒心を残しつつ、里へ戻る俺の後ろを一定の距離を置いてついて来た。


 ―――俺が言うのもなんだけど、よく無抵抗でついて来てくれてるな?


 それだけ“半人半魔デミ・アンデッド”の名の効力が強いって事か、はたまた素直に負けを認めて従っているだけなのか、真意は不明だ。


 ―――皆にこれ以上争わない様に連絡しとかないとな。


 すっかり大人しくなったユリオスは付かず離れず、俺の後ろについて鬼人族オーガの里へ戻った。



「頭目が戻られたぞ!」

「ヨウ様!」

「マスター!」


 里中の鬼人族オーガが俺達の帰還に歓喜の声を上げる。

 真っ先にサクラとアングが駆け寄って来た。

 

「ご無事で良かったです」

「まぁね。何発か喰らったけど」

「えぇッ。あぁ…」


 俺は穴の開いた服をサクラに見せた。

 驚いた声を上げるが、何処にも傷が無い事を確認して安堵してくれたようだ。


「おかえり、ヨウ! ローソゥとアグーラムもお疲れ!」

「ただいま」

「ホント、疲れました」


 グウェンとデルフィノームも俺達の所へ歩み寄って来た。

 そしてデルフィノームは開口一番に……


「おい。何故ユリオスを拘束していないんだ?」


 と、不服そうな顔を向けて来る。


「抵抗する素振りも無いんだから別に良いだろ?」

「はぁ…」


 とは言ったが、里に戻る途中ローソゥとアグーラムもデルフィノームと同様、ユリオスを拘束もせずに連れ帰っている姿に唖然としていた。

 当然と言えば当然だ。


「あ…姉様あねさま…」

「当主…」


 里の外に群がう他の女蛇族ラミア達。

 相当派手にデルフィノーム達に反撃されたようで、見るからにボロボロだ。

 何だか申し訳ない…


「………」


 里の中に連れ込まれたユリオプスがその場に留まったまま、仲間に声をかけた。


「皆、すまぬ。全てはわらわの失態じゃ……―――ここまでついて来てくれた事、礼を言うぞ」


 まるで辞世の句の様な言葉を言い残し、ユリオスは俺達の前に頭を垂れた。


「まさか、壊滅した鬼人族オーガが“半人半魔デミ・アンデッド”の傘下に入っておったとは、わらわも迂闊じゃった……」

「知らなくて当然だ。安易な思考で攻め込んで来た愚者を返り討ちにする為に、コイツの存在を隠す事にも気を使っていたからな」

「……いってぇよ」


 得意気に言うデルフィノームは、俺の頭をゴツい手でポンポン叩いてくる。

 脇腹を肘で突いてやったら「ぐふぉっ!」と低音ボイスが頭上から聞こえた。

 

 ―――この世界にスマホがあったら録画したかった……

 

「それにしても。思い返せば、あまり貴女達らしくない戦略でしたね。“妖精ノ悪戯(パック・ミスチーフ)”も、以前見た時より随分と雑と言うか……」

 

 アグーラムの口にした疑問に、主に黒角コッカク鬼人族オーガ達が同意した。


「何としても主等を殲滅したかったのじゃが……完全に裏目に出てしもうたのぉ」


 応えるユリオスは敗北への悔しさと言うよりも、種族を護りきれなかった事への絶望に打ちのめされているように見えた。

 そんな彼女に、サクラが問いかける。


「あの……今、殲滅と?」

「あぁ、そうじゃ。一族郎党皆殺しにしてやるつもりであった…!」


 今度は怒りの込められた視線を向ける。


「俺達を負かして配下に下すんじゃないのか?」

「そんな価値も無いと思っておった……」

「あ?」

「今回の女蛇族ラミア達の進軍目的は俺から話す。皆もよく聞いてくれ!」


 鬼人族オーガ達は俺の言葉に耳を傾けた。

 そして当然、否定の声を上げる。


「何だその話は? 三魔将さんましょうの一人ともあろう者が何処の馬の骨とも分からん奴の戯言を真に受けたのか?」

「……」


 ユリオスは何も言わなかった。

 代わりにその表情は悔しそうに歪めた。


「……確かに。わらわも見知らぬ者の言葉を安易に信じ過ぎたかもしれぬ―――じゃが無理もなかろう! 真偽をわらわ自身の目で確かめるまでは、尤も信憑性の高い方を信じるのは自然の道理じゃ!」

「なに開き直ってやがる。冤罪を吹っ掛けられた俺達には迷惑極まりない」


 牙を剥き出して威嚇するユリオスに、デルフィノームは眉間の皺を深くして睨み返す。

 ただでさえ大柄な体格のデルフィノームを上回る大きさのユリオスの大きな尻尾が

 バシンッバシンッと苛立ち気に地面を打ち付け、大量の土埃を巻き上げる。


 ―――また喧嘩をおっ始めるのは止めて頂きたいんだが?


 俺は二人の間に割って入り、パンパンッと手を打ち鳴らした。


「はいはい! これ以上闘う事は禁止! 今の話、鬼人族オーガ達がそんな事するはずないのは当然だが、ユリオスに真偽を確かめさせる為に里までついて来てもらった。約束通り、好きなだけ里を調べてくれて構わない。鬼人族オーガ達もこの場所に待機させる」


 ユリオスは俺の言葉に対し、疑わしそうな表情を見せる。


「……本当に良いのか?」

「あぁ。これが一番手っ取り早いし、何より双方に怪我人を出さなくて済むだろ?」

「随分と余裕ではないか。主等の目の届かぬ場所で、水に毒を混ぜるかもしれぬぞ?」

「ッ…」

「全員動くな」


 彼女ユリオスはどうやら鬼人族オーガ達を煽るような言い方をして、彼らの意志を探ろうとしているようだ。

 思惑通り、鬼人族オーガの何人かはユリオスに鋭い視線を向ける。

 中には再び武器を構える者も居る。

 俺はそんな鬼人族オーガ達を制止させた。

 

「これ以上のいがみ合いは不要だ。許可無しに手を出す事は俺が許さない」

「……頭目の命令なら、俺達は手を出さねぇよ。お前等も従うよな?」

「は、はい…」


 グウェンが上手く宥めてくれた。

 渋々ではあるが、鬼人族オーガ達は手にした武器を下ろした。


「ありがとう、皆。俺達が本当に敵意を向けるべき相手は別にいる。これ以上の女蛇族ラミア達との対立は、()()の思う壺だ」


 そう……黒幕。

 俺はユリオスに虚言を信じ込ませたという“謎の女”の存在が気になる。

 恐らく―――否、十中八九その女は先日デルフィノームを操り、黒角コッカクの里を壊滅させた存在だ。

 両種族が本当に敵意を向けるべき相手は―――別にいる。

 俺はユリオスに向き直る。

 

「ユリオス。アンタの気持ちは分かるが、そんなに警戒しなくていい」

「フン! 脅しではないぞ? わらわは本気で―――」

「俺はアンタがそんな事しないって信じるから」

「!」


 ユリオスが言葉を詰まらせる。

 これ以上双方のいがみ合いを抑える為、出来るだけ無害な笑顔を浮かべた。

 

「か、勝手に信じておれば良かろう! では、隅々まで調べさせてもらうぞ!」


 ユリオスが肩を怒らせて里の中を単身で調査し始める。

 何故か顔が赤らんでいたが、気にせず俺達はその場に留まってユリオスの戻りを待った。


「そう言えば、お前等は怪我してない?」

「無論だ」

「作戦が功を奏したと言うべきだな。まさかこの低勢力で三魔将さんましょうの一角に勝てるとは思わなかったぜ」

「向こうが冷静さを欠いていたのも、勝因と言えなくは無いが……」

「頭目の御力おちからあってこそです。先程は私を庇って下さり、ありがとうございます」

「ん。次は気を付けような」

「はっ!」


 まるで子供に注意する親の様な気分だ。

 アグーラムの方が身長高いし、雰囲気も大分大人っぽいんだけど。

 何にせよ、実際アグーラムもローソゥも無傷で帰らせる事が出来た。

 里の方も、衣服に多少の汚れは付いているが負傷者はいなかったようで安心した。


「しかし。予定通りに作戦が進んだとは言え、まさか女蛇族ラミアをけしかける輩が居たとはな。お陰でユリオスに勝つ事が出来たのだが」


 寧ろ肩透かしだと言いた気だった。

 

「デルフィノームはどう思う? 今の話の女は、お前を操った女と同一人物だと思うか?」

「そうだろうな」


 即答だった。

 

「何故、鬼人族オーガに対して此処まで執着した嫌がらせをしてくるかは不明だが、ユリオスの話を聞いている最中、妙な既視感があった。直感的に、同一人物だと推測している」

「その推測が正しいなら、鬼人族オーガ女蛇族ラミアは共通の敵を相手にする事になる」

「そうだな」


 その言葉に、デルフィノームがゴツい腕を組んで合意した。


「どうやら、()()()は簡単に同意が得られそうだな」

「まだ油断出来ない。ユリオスに俺達の潔白を示すまで、女蛇族ラミアへの手出しは一切するな」

「まどろっこしいが、仕方ないな」

 

 デルフィノームに続き、他の鬼人族オーガ達も承知した。

 そして時間は過ぎ、遂にユリオスが里の奥から戻って来た。

 その表情は絶望に満ちている。

 当然の事だが、妹が捉えられていた痕跡を見つける事が出来なかったのだろう。


「気は済んだか?」

「………」


 何も言わない。

 納得しきれないのだろう。


「何なら、鬼人族オーガの里はもう一ヵ所ある。ソッチも調べてもらっていいよ」

「………いや。よい」


 ユリオスはちから無く応えた。


「どうやらまことに、わらわの思い違いだったようじゃ……」


 そして地面に両手を着いて、項垂れる。


「恥ずかしや……わらわはあの女に騙されたのか……ならば、妹は何処へ居るのじゃ…!」


 ユリオスの蛇の様な瞳から、涙が溢れ出る。

 土が付いた泥だらけの手でお構いなしに顔を覆い、長い爪が顔に刺さる。

 それだけ彼女は今打ちのめされているのだと、誰もが理解出来た。

 俺は泣き崩れるユリオスの姿を見つめ、脳裏では彼女を陥れようとする元凶に対する怒りを募らせた。

 ユリオプスも鬼人族オーガ達と同じだ。

 予期せぬ悪意によって狂わされた被害者だ!


 ―――だからこそ、元凶は自分達の手で倒してほしい。協力し合って…!

 

「ユリオス」


 俺は彼女の前で片膝を着いた。

 ユリオスは両手で覆っていた顔を俺の方へ向けた。

 

「里の外に居る女蛇族ラミア達を呼んでくれ。アンタ達と、腹を割って話したい事がある」

「分かっておる。配下に下れと言う命ならば、言われずとも…」

「違う」


 俺は素早く訂正した。

 求める物は上下関係ではなく、協力体制だからだ。


「元から女蛇族ラミア鬼人族オーガの配下に下す気はない。この戦いも、目的は別にあった。だから誰も死なせない様に努めたんだ」

「で、では……わらわに何を求める? あの子達を無下に扱うだけは…!」

「そんな事もしない。要求したい事は、たった一つだ」


 俺は袖でユリオスの涙を拭った。


妖麗ようれい・ユリオス率いる女蛇族ラミアに申し出たい。俺達、鬼人族オーガ族と―――()()を結ばないか?」


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