Story.70【対・女蛇族―終戦―】
「攻撃が……止まった?」
里内部の防御を固めていたサクラ達が敵陣の動きに変化があったと察知した。
降り続く大岩も大人しくなり、正面から此方に攻撃を仕掛けて来る女蛇族達も動きを止めて、何やら挙動不審になっている。
「どうした?」
先頭で女蛇族達を牽制していたデルフィノームとグウェンもそれに気付いた。
双方共に攻撃を止め、静寂が起きる。
「もしかして…」
額に滝のような汗をかくサクラが、森の奥を見据える。
「ヨウ様……」
その直後、森の奥から激しい攻撃の音が響く。
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大きな蛇の下半身を持つ女蛇族が、木々を避けつつ後退していく。
その後を追い、何とか動きを止めようと追撃を繰り返す男が一人。
―――そう。俺である。
ユリオスを見つけた矢先、あの巨体では想像もつかない程のすばしっこさで逃げ出され、見失わない様に追いかけ回しているのだが……
「流石に、森に住み慣れてる魔族なだけの事はあるな…!」
要約すると、メチャクチャ動きが速い。
繰り返し“蔓ノ呪縛”を発動させては紙一重で交わされる。
とは言え、ユリオスも決して余裕があるようには見えない。
息を切らせ、時々木々に素肌を傷付けながら森の中を疾走する。
―――このままじゃ、その内大怪我しかねないな。
「はぁッ…はぁッ…」
「ユリオス! 一度止まって話を聞いてくれないか!」
「断るッ!」
「でしょうね…」
ユリオスは逃げながらも俺に攻撃を仕掛けて来る。
“妖精ノ悪戯”で作った罠が四方八方から俺に襲い掛かる。
「鳴龍幻舞・“渦潮”!」
剣を抜き、身体を回転させる動きで攻撃を薙ぎ払う。
ユリオスの罠を悉く退けた俺に、ユリオスの表情は更に険しくなる。
「無駄な攻撃は魔力の無駄だぞ?」
「黙れ! 憎き鬼人族に加担する冷血漢めがッ!」
「酷いな。これでも血は人並に温かいぞ?」
“半人半魔”流の冗談のつもりだけど、今は通じないなコレ。
「とにかく落ち着いて話し合ってくれないか? そっちが攻撃を止めてくれたら俺もこれ以上追わないから」
「信じられる訳が無かろう!」
ユリオスは大きな蛇の尻尾を俺に向かって振り下ろした。
目視で除ける事は出来たが、その威力は地面に大きな凹みを作り出す程。
「喰らったら骨折どころか内臓もやられそうだな……」
俺は蛇の尻尾も警戒しつつ、逃げるユリオスの前方目掛けて魔術を放った。
「“砂漠ノ壁”!」
「ッ…!」
前方を塞ぐ砂の壁に激突したユリオプスが、遂に逃げ足を止めた。
「こ……のぉお!!」
悪足掻きとばかりに、ユリオスは大きな尻尾を俺に向かって振り回す。
剣で斬り落としてしまおうかと一瞬考えたが、それはあまりにも惨いから止めた。
代わりにグウェン譲りの怪力で何とか尻尾を受け止めた。
ミシミシと腕の骨が軋む音が聞こえた。
けど気にせず、俺は右手をユリオスに向けて構えた。
「“魔女ノ呪縛”」
ユリオスの影から出現した魔力を吸い取る魔女。
「やっ…! やめろ…!!」
デルフィノームの時同様、背後から魔女に抱擁されたユリオスの魔力が上空へ流されて行く。
「うぅう!! う…くぁああああ!!」
必死に抵抗するが、一切振り解けず魔力を奪われ続けるユリオスは遂に地に伏した。
「戻れ、魔女」
魔女が霧状に消えていく。
ユリオスは地に伏したまま動かない。
それどころか、思った以上に苦しんでいるようだ。
―――そんなになる程の魔力は吸い取っていないはずだけど……
とにかく、これでようやく話が出来そうだ。
「ユリオス。俺の話を聞く気になったか?」
「ッ……何なのじゃ貴様ぁ…奇妙な魔術を使いおって……!」
「アンタの魔術も相当奇妙だよ」
俺はユリオスの近くに歩み寄り、片膝を着いた。
「当主であるアンタはもう打つ手が無くなった。里に攻撃してる女蛇族達を撤退させてくれないか?」
「ほざくな! 汚らわしい男の分際で妾に指図するでない…! 鬼人族諸共、決して許さんぞ!」
「男とか関係無くない?」
―――しかも汚らわしいって……傷つくわぁ……
「何故そんなに鬼人族達を恨んでるんだ? 弱まってる鬼人族を傘下に下して勢力を拡大したいだけじゃないのか?」
「無論! 初めはその心算じゃった! しかし…!」
ユリオプスは地に着いた掌を土ごと握り締めた。
「鬼人族共は、妾の妹を奪ったのじゃ……拉致し、人質として監禁し、嬲っておるのじゃ! 怒らずに居れる訳がなかろう!!」
「アンタの妹を拉致?」
「そうじゃ!」
全く身に覚えの無い話だ。
以前から女蛇族の捕虜が居るなんて話、黒角からも白角からも聞いた事が無い。
ましてや俺の知ってる鬼人族が他種族とは言え嬲る様な事は絶対にしない!
「それは何かの誤解だぞ。今の鬼人族の里に捕虜は居ない」
「白を切る気か!! 妾はある女から情報を得ておる! 言い逃れなど出来ぬぞ!!」
「ある女…?」
その言葉が妙に引っかかった。
「その女はどんな奴だ? 容姿は覚えてるか?」
「深いフードで顔は見えなんだが、相当な魔術の手練れだという事は見て取れた。その女は、お主等の里の鬼人族達が妾の妹を嬲る様子を見せたのじゃ! それでも知らぬ存ぜぬと言い逃れるか!!」
ユリオスがその光景を思い出しているのか、怒りで涙を浮かべて咆哮する。
だが、やはり知らない。
そんな事、鬼人族達がするはずがない。
和解する以前のデルフィノームだって、そんな惨い事まではしないはずだ。
「その女は本当に信用できる相手か? 鬼人族達は絶対にそんな事しないし、つい最近壊滅したばかりの種族が自ら他の勢力から狙われるような馬鹿な事をするわけ無いだろ」
「お主が言う通りの愚か者共だったのじゃ! 妹を捕虜にすれば下手に妾達が手を出さぬと思い込んで居る! だが、それは愚考よ! 我等、女蛇族は仲間の枷となる位ならば死を選ぶ! そうやって今まで我等は血を穢す事無く生き延びて来たのだ!」
この口振りからするに、もう既に妹は自決していると思って強行してきたって事か。
「何の確証も無いのに……挑む相手によっては集団で無駄死にする羽目になってたぞ」
「ただで死ぬものか。必ず一矢報いる―――」
そして、ユリオスが拳に握っていた土を俺に向かって投げかけた。
反射的に目元を腕でガードした隙に、ユリオスが俺の両肩を力強く握り、抑えつける。
「死ねぇ!!」
「ッ―――」
ユリオスの鋭利な牙が、俺の首筋に突き刺さる。
二年前に小鬼族に噛まれた時より痛みは少ないが、牙を通して俺の体内に毒を流し込まれた。
一気に視界が暗くなる。
内臓が痛み始め、意に関せず血を吐出した。
喉元にユリオスが食らいつく体制で静止した。
暫くしてユリオスの牙が外れ、俺の身体は仰向けに倒れる。
「やはり、男は愚かな生き物よ。女を甘く見おって……」
ユリオスは俺を冷たい視線で見下し、その場から去ろうと大きな体を移動し始めた。
「………」
―――だから……“半人半魔”って言っただろうに……
「“蔓ノ呪縛”」
「なっ!? うぁっ!!」
俺は寝転んだままユリオスを拘束した。
俺の頭上で音を立てて倒れ込むユリオスは、蔓から逃れようと身を捩っていた。
「何じゃこれは…! ええい放さぬか!!」
「あんまり暴れると怪我するぞ」
首の治療と解毒を同時進行で行い立ち上がると、ユリオスは俺を見るや恐怖した。
「何故じゃ! 妾の毒が効かぬなど、ありえん!」
「俺に毒は効かないよ。何なら死なないし」
「は!? お主……さっきのは戯言では、ないのか…? お主、真の…!」
ようやく俺の正体を確立したようだ。
先程までの威勢が消え、小動物のように身を震わせ始めた。
俺はそんなユリオスの前に歩み寄り、また片膝を着く。
「そう。俺は本物の“半人半魔”だ。殺したって死なない。これ以上闘っても、アンタが絶対に勝てない相手だ」
「ッ―――」
ユリオスは顔面蒼白になる。
そんな彼女の拘束を解くと、ユリオスは意外そうな表情を向けて来た。
「な…何故…」
「元々殺す気はないんだ。アンタにはこのまま鬼人族の里まで来てもらう。誰にも手を出さないと約束できるなら、好きなだけ妹さんを探せばいい」
「わ…妾達を…どうするつもりじゃ…?」
「どうもしないよ? 俺達の無実を信じてほしいだけだ」
俺は地面に倒れたままのユリオスに右手を伸ばした。
「それと、これからの話もね」