Story.69【対・女蛇族―妖麗vs.半人半魔―】
―――……手加減とは?
里から放たれる雷と炎を視界に捉え、俺は呆れ果てた。
一応、一番加減が出来無さそうなデルフィノームには会議の度に念を押しておいたが、正直絶対言う事聞かないだろうとは予想していた。
グウェンやサクラが一緒なら何とか制御されるかなって淡い期待を持っていたけど……
「まさかグウェンまで……」
「デルフィノーム様に触発されてしまいましたかね?」
だとしたら恐ろしいぞ。
ただでさえ王級の鬼人族二人が率先して暴れられたら他の連中も触発されかねない。
俺は前を歩くローソゥに視線を向けた。
「恐らく『俺は念を押されていないから関係ない』……と責任逃れしている」
ローソゥが前方を見据えたまま確信ありそうな声で返答した。
俺が「マジで?」と聞けば、「マジだ」と冷静に返された。
俺はてっきり、グウェンはデルフィノームの暴走を止めに入ってくれる奴だと思っていたのに、どうやら違ったようだ。
付き合いが長いと遠くに居ても友人の思考って読み取れるもんなんだな。
まぁ俺もアングの考えは言われなくても理解出来る自信はあるけどね。
「とりあえず、里は大丈夫みたいだな。俺達も早くユリオスを見つけ出そう」
里から距離を置く女蛇族達に見つからないように身を潜めながら森の中を進んで行く。
時折、アグーラムの“大鷲ノ眼”を発動させてユリオスを探すも、その視界に捉える事が出来ない。
「まだ見つからない……里から大分離れたはずなんだが……」
「西の領地に残っているのか?」
魔力の限界が近いのか、アグーラムの顔に不安の色が滲み出る。
ローソゥが周囲を警戒しつつ、一度先行する足を止めた。
魔力探知阻害の魔技能持ちのユリオスを探し出すにはアグーラムの力が必要だ。
ユリオスの匂いを知らないアングでは探し難かっただろうし、アグーラムの能力に頼る他の選択肢が無かったから仕方がないとも言える。
「“妖精ノ悪戯”が発動してる以上、ある程度近くには来ているはずだ。もしかすると、俺達の存在を気取られたかもしれない。奇襲に気を付けつつ、出来るだけ目視で探すぞ」
「はい」
「分かった」
俺達は更に警戒を強め、森の奥を進んで行く。
魔術の発動感覚を空け、アグーラムが何度かユリオスを探してくれたが、姿を捉える事が出来ない。
デルフィノームの知り得ている情報も統合して、ユリオスが里周辺の森の中へ姿を隠している事はほぼ確定だった。
「はぁ…はぁ…クソ…!」
「アグーラム、大丈夫か?」
「申し訳ないっ、頭目…!」
「気にするな。その目のお陰で他の女蛇族達と遭遇せずに済んでる。助かってるぞ」
「はは、気休めでも、ありがとうございます…」
そろそろアグーラムの魔力も限界だ。
隠れながらとは言え、もうユリオスを見つけられていても可笑しくない。
―――これは……本当に俺達の存在を知られた可能性が高まったな。そうなると、里に集中している女蛇族達が俺達を狙いに来るかもしれない。
まぁ、そうなった時の別の作戦も考えてあった。
ただ里内部の主戦力が森の中へ追撃に出でてしまうから、あまりその作戦は取りたくない。
「一先ず、一度里に連絡を取る。向こうで何か変化があったかもしれない―――」
俺は“遠隔会話”でアングと連絡を取ろうとした。
「頭目!!」
「えっ、どうした?!」
“遠隔会話”直前に、突然アグーラムが前方を指さして声を荒げた。
急な事に俺も思わず声を大きくしてしまったが、アグーラムが示す先に視線を向けてすぐに状況を理解した。
距離があるが、森の奥に一際大柄な女蛇族の姿を捉えた。
長い紫水晶色の髪に、琥珀色の鋭い蛇のような瞳。
そして女蛇族の特徴である蛇の下半身は人を二、三人は締め付けられそうな程長い。
デルフィノームに聞いていた外見通りの姿。
つまりは―――
「ユリオス…!!」
今の今まで姿を見つけられなかった存在が、突如目の前に合わられたのだ。
「間違いない。ユリオスです!」
黒角であるアグーラムもユリオスの姿を見た事があったので瞬時に本人だと確信を持った。
「また急に現れたな」
「どうやら、俺達の事にはまだ気づいていないようだ…」
視界に捉えたユリオプスが此方に気が付いた素振りはない。
微動だにせず、里の方向を凝視している。
その姿は、どこか生命力を持っていない無機物の様な感覚さえ覚える。
―――これだけ近くに居てどうやってアグーラムの眼から隠れていたんだ…?
ようやく見つけ出した標的に対し、俺は妙な違和感を感じて止まない。
「頭目。奇襲を仕掛けるなら今ですよッ!」
アグーラムが腰に携えた剣に手を添えた。
「ちょっと待て。何か妙―――」
そう言いかけた時、視界が急に暗くなった。
木々の軋むような音と共に、空から大岩が降って来たのだ。
「ッ―――!」
間一髪の所で俺達は大岩の直撃を回避した。
第二撃目を警戒しながらユリオスに視線を向けると、今度は此方を見ながら笑みを浮かべている。
「このッ!」
「待て!」
止める間もなく、アグーラムが柄を握り、一直線にユリオスに向かって行く。
「覚悟!!」
一切の躊躇なく、アグーラムの抜き放った剣の刃がユリオスの身体を両断する。
「!」
斬ったはずの体の断面から霧状に消えていく。
そして消えかかるユリオスの背後から、アグーラムに向かって矢のような物が放たれる。
―――間に合えッ!
俺は瞬時に“空間転移”を使用して、アグーラムの前に移動した。
数回の鈍い音と共に体に短い衝撃が起きる。
「ッ―――」
途端に胸に痛みが走った。
痛みのある場所から、血が滲み出て服を濡らしていく。
視線の先に“妖精ノ悪戯”で創造された自然の弩砲によって飛ばされた枝の矢が俺の胸に数本刺さっている。
「ヨウ…!」
「頭目!!」
ローソゥとアグーラムの声が聴こえた。
ふら付く俺の身体をアグーラムが支えてくれたお陰で倒れずに済んだ。
一瞬意識が飛んだが“半人半魔”の蘇生によって、すぐに意識を取り戻した。
すぐに胸に刺さった矢を抜き取り、足場に捨てる。
「頭目! 大丈夫ですか!?」
「あぁ、ちょっと油断したけどな…!」
「申し訳ない。私が事を急いだ所為で……」
「反省は後だ。追撃に注意しろ…!」
俺達は背中合わせになり周囲を警戒した。
先程の弩砲は役割を終え崩壊した。
代わりに彼方此方からまたしても木々の軋めく音が聞こえて来る。
「完全に取り囲まれたな…」
「先程のユリオスは幻術。本物は未だ姿を隠しているのに、この状況に追い込まれるとは……」
「あぁ、だけど今ので確信持てた気がする」
俺が確信を持ったのは、ユリオスが近くに居るという事だ。
あれだけタイミング良く幻術を利用して隙を作り、致命傷を与える流れを遠目で実行出来るとは思えない。
―――……賭けだが、試すか!
意を決し、アグーラムに指示を出す。
「アグーラム。もう一度“大鷲・目”だ」
「この近くは先程確認しましたが、ユリオスは居ませんでしたよ」
―――いや。恐らく“大鷲ノ眼”はユリオスを捉えていた。
しかしその姿は別の女蛇族の姿に見えるよう高度な幻術をかけていた。
常に俺達の姿と、攻撃を続ける里方面が見える場所に身を隠して……
「アグーラム! 魔術が捉える視野の中で、俺達の位置と里を目視出来る場所に居る女蛇族の位置を教えろ!」
「はっ!」
「ローソゥは俺が飛んだら、風で防壁を張って身を護れ!」
「了解した…!」
アグーラムが“大鷲ノ眼”を発動させた。
半径二百メートル圏内に存在する女蛇族は全部で十数人。
その中で、俺達の位置を把握出来、尚且つ、里の様子をある程度は確認出来る場所に居る女蛇族。
そして―――この木々が生い茂る森の中で、あの一際大きな身体を置いておける場所に居る女蛇族だ!!
その条件に当てはまる女蛇族を、遂に捉えた。
「居ました!! 里方面に向かって此処から五十メートル先! 大樹の後ろです!」
「“空間転移”!!」
アグーラムの指示する場所に俺は飛んだ。
大樹の後ろに身を隠す様に居た女蛇族は他の女蛇族と同じ大きさに見えた。
しかし、姿は幻術で偽れようが―――大きな下半身が乗っかる雑草が押し潰されている所までは偽れていない。
「みーっけ!」
「なにッ!?」
「“幻術解除”!」
幻系魔術を反発させる魔技能を女蛇族に向けて放った。
途端に真の姿を露わにする。
先程の幻覚で見せられた通りの姿だった。
紫水晶色の髪、一際大きな体、蛇のような鋭い琥珀色の瞳、二、三人は締め付けられそうな大きな蛇の下半身。
「妖麗・ユリオスだな?」
「ッ……貴様は鬼人族ではないな? 何者じゃ!? 何故、妾の邪魔をする!!」
鬼人族の物とは違う、蛇っぽい牙を剥き出して吠えるユリオスに、俺は正面から対峙する。
「俺はヨウ。鬼人族族の頭目で―――“半人半魔”だ!」