Story.06【半人半魔】
「クゥ…」
膝の上に座る子犬が、心配そうに喉を鳴らす。
雨上がりの爽やかな風が吹き抜ける部屋の窓辺。
俺はそこに置かれたベッドの上で、外の景色を見ていた。
ローザさんの口から告げられた受け入れ難い事実を、静かに整理させたい気持ちがあったからだ。
――――――――――――――――――
―――――――――――――――
――――――――――――
(ヨウ…お前は…―――)
「―――“半人半魔”だ」
「デミ、アンデッド…?」
聞き慣れない単語だ。
しかし、「アンデッド」と言う言葉の意味くらいなら理解出来る。
「つまり、不死身?」
「正確には“不老不死”だね」
「俺が……」
人間離れしているのは何となく分かってたが、まさか本当に人間じゃなくなっていたとは……
「何ショック受けてんだい?半人半魔は読んで字の如く。半分は人間だよ」
「え?」
半分?
人間と魔族のハーフって事?
「でも、不老不死なんですよね? アンデッド要素強すぎません?」
「そこが半人半魔の特性だ」
「アンデッドと何が違うんですか?」
それを言うと、ローザさんは顔を顰めた。
「やれやれこの小僧は一から説明せにゃならんのか」とでも言いた気だ。
申し訳ない……生後一日目の無知なもので……
「……先ず。不死種族は不死身だが、実は滅ぼす方法はある」
渋々、ローザさんは半人半魔について話してくれた。
俺も精一杯理解しようと集中する。
「滅びる?不死身なのに?」
「不死身とは、言葉の通り“身体が死なない”って事だ。肉体を失えば否が応でも存在する事は出来ない。例えば炎系の魔術は有効だ。肉体を焼き尽くされれば魂だけの存在になる。魂だけでは存在し続けることは出来ない」
「はぁ…」
つまりは、俺の目の前にある木製の湯飲みを“肉体”、中身のお茶を“魂”とする。
木製の湯飲みを火で焼き尽くしてしまえば、水を入れる事は出来ない……という事か。
「更には“魔”の対となる“聖”の力をもってすれば、魂を浄化する事が出来るから肉体は活動を停止する」
「な、成程…」
今度は中の水を蒸発させれば湯飲みは空っぽになって、湯飲みは意味を持たなくなる……という事だ。
自分なりに解釈してみたけど、こういう事で良いんだよね?
「アンデッドって最強かと思ってたけど、そうでもなかったんですね」
「そこが半人半魔との違いさ」
そう言うローザさんの表情は変わらず険しい。
「今言った不死種族の弱点が、半人半魔には通用しない。如何なる業火で身を焼かれようが、世界一とされる聖法魔術師の力を受けようが、必ず復活する―――それが、お前さんだ」
ローザさんの細い指が俺の額を小突いた。
「え、でも……流石に肉体が無くなったら魂だけの存在ってのになって、生きて行けないんですよね?」
「半人半魔には驚異的な再生能力と治癒能力が備わっている。業火で燃やされようが直ぐに肉体は再生するんだよ」
「じゃあ、せーほーまじゅつし?その“聖”の力を受けたら?」
「浄化は不可能だ。名の通り半分は“人間”なんだから浄化されようがない」
「………ほう」
頑張れ俺!
集中しろ!
理解しろ!
「えっと、つまり俺はこの世界で…………………最強?」
頭をフル稼働させて出した結論がソレって……自意識過剰みたいで恥ずかしい―――
「まぁ簡単に言えばそういう事だね」
―――と思ったら正解だった。てっきり馬鹿にされると思ってたのに。
「……あまり、実感が湧かないんですけど?」
「だろうね。私ですら今まで生きてきて初めて出会ったんだ。伝説上の架空の存在だとすら思ってたさ」
「俺ですら実感無いんですから、この世界の人がそう思うのは当然ですよね」
―――……あれ?
俺はふと、違和感を覚えた。
何故、ローザさんは俺がその伝説級の魔族だと分かったのだろうか?
俺はあの化物に食い殺されただけなのに。
「ローザさんは、何で俺がその半人半魔だって分かるんですか?」
「………」
「ローザさん?」
この時、口を閉ざしたローザさんの思考の中で、俺が気を失っていた間の回想が巡っていたとは知る由も無かった。
・
・
・
雨がまだ激しく振り続ける森林の中。
ローザはヨウの腕を肩に回して、支える様に町まで引き返していた。
その後ろから、小さな銀狼族の子供も短い足を一生懸命動かしてついて来ていた。
「くっ…ふっ……ヨウ…!しっかりするんだよ…!もうすぐ、町だからね…!」
「―――」
この時、ヨウの止まった心臓は静かに再稼働していた。
この時点ではまだ、ローザは俺が不死身だと気が付いていなかったのだろう。
町まで引き返す道すがら、ヨウの首筋の傷は徐々に癒えていった。
ローザがその事に気が付いたのは、森を抜けた直後だった。
「あっ…!」
「キャンッ」
雨の中をずぶ濡れになりながらヨウを探し回っていたローザの体力に限界が来た。
ヨウの身体ごと地面に倒れ込み、子犬が危うく下敷きになりかけた。
子犬がついて来ていた事を知り、ローザは呆れたように眉を顰めた。
「はぁ…、はぁ…、何だお前、ついて来てたのかい…?」
「クゥ…」
情けない鳴き声を上げる子犬をローブの中に抱きかかえ、ローザはまたヨウを担ごうと顔を覗き込んだ。
「こ、これは…!?」
既に首筋の傷は消え去り、冷たくなっていた体に少しだけ体温が戻っていた。
―――不死種族?いやしかし、ただの不死種族に人並の体温があるはずが…
ローザはその場で困惑した。
しかし、その疑問は第三者の発言で解決する事になる。
「その御方は半人半魔ですわ」
雨の中から、落ち着いた女性の声がローザの耳に届いた。
子犬は警戒して「キャンキャンッ」と吠え、ローザさんは懐から短刀を構えて声の主に向き直った。
そこには、古びた町の風景にそぐわな程の美しいタイトドレスを身に纏った美女が傘を差して立っていた。
艶めく真っ黒な長髪、褐色の肌、翠玉色の瞳が妖艶に輝る。
そして、その者の種族を象徴する―――尖った耳。
「“耳長族”―――いや。“堕耳長族”だね?」
その言葉に、美女の厚い唇が弧を描く。
「ふふっ。流石は元英雄級の冒険者様ですわね。その反応の速度、恐れ入りましたわ」
「要件を言いな。アタシは世辞言われんのが嫌いなんだよ…!」
「あら? まぁまぁ、そんなに警戒なさらないで下さいまし。私はある御方の命により、その坊やをお迎えに上がっただけですわ」
「迎えだと?」
「はい」
謎の美女は楽しそうに目を細めて笑って見せた。
ローザさんは相手を見据えたまま、倒れたままの俺と美女との間に入り込む。
ヨウが半人半魔だと聞かされ、ローザは耳を疑った。
だが、上級魔族の堕耳長族が介入してきた事で、疑いは徐々に確信へ変わった。
否、確信せざるを得なかった。
―――まさかヨウが、あの半人半魔だとは……全く何処までも面倒かけてくれるね、この小僧は…!
眉間に皺を寄せて苦悩するローザを他所に、謎の美女は淡々話を進め始める。
「さて、私の依頼主も首を長くしてお待ちですので、早速坊やを引き渡して―――」
「っ…!」
「と、言いたい所なのですが…」
美女は楽しそうに目を細め、未だ気を失い続けるヨウを見据えた。
「その御方。どうやらまだ真面に魔力操作も出来ないご様子ですわね。ご自身が半人半魔だという事も、理解していらっしゃらない様ですし。暫くの間、貴女様に預けさせて頂きますわ」
「何っ…!?」
「そうですわね……では、二年経った頃に、またお迎えに上がらせて頂きますわ。依頼主も、事情をお話すれば納得して頂けるでしょうし」
「何を勝手な…!」
「では、ローザ様―――」
―――その御方を、精々大事にお育て下さいまし。
・
・
・
「ローザさん?」
厄介の種である“俺”を見据え、ローザさんは深い溜息を吐いた。
「……アタシの長年の勘さね」
「そ、そうですか…」
―――あの長い間は何だったのだろう…?
何が起こっていたのか知らない俺が不思議に思ったのは言うまでもない。
後に全てを知る事になるが、それはまだ先の話。
ローザさんは二年後にあの堕耳長族が再来する事を危惧していた。
その堕耳長族と依頼主は俺を利用して何か良からぬ計画を進行しようとしているのだと……。
元英雄級冒険者―――“蒼薔薇・ローザ”の長年の勘が、警笛音を慣らしてそう思わせているのだった。