Story.61【対極】
酒盛りは明け方まで続いた。
アルコールが利かない俺は軽く眠った後、まだ眠っている皆を起こさないようにそっと起き上がって、アングの許へ向かった。
実はあれからず―――っと子供のオモチャにされていたアングは、昨晩以上に毛艶が悪く、横倒れになってノビていた。
「アング。大丈夫か?」
「は……はい……」
いつもの覇気が無い。
よくぞ逃げずに立ち向かったものだ。
俺は相棒として誇りに思うぞ。
「後でブラッシングしてやるからな」
「あ、有難き幸せ…」
「………なぁ、アング。昨日の話、聞いたか?」
昨日の話。
即ち、俺が鬼人族族の頭目となり、今後彼らと共にこの地に留まり続けるという話だ。
今まで……と言っても、1ヶ月ちょっとの間はアングと二人きりだった。
それで良かったし、アングも母親《魔樹》と離れて俺について来てくれると言ってくれた。
しかしここから、二人きりの旅は終わる。
より多くの仲間と“親子”となった。
環境の変化の影響が押し寄せて来るだろう。
「聞いております。鬼人族族に、マスターの至高なる御力を知らしめ、配下に属させるとは、流石です!」
「……それで、いいかな?」
一体何に対しての確認なのやら…
俺は言い表せない不安を感じた。
ただ何にしたって、俺の決定には同伴者であるアングの意見も含まれて当然だと思うから……
「……何に対しての確認だったのかは存じ上げませぬが、アングの意志をお伝えしても宜しいでしょうか?」
「うん」
そう言うと、アングは姿勢を正してお座りした。
そして端的に―――
「マスターの意志は、アングの意志です」
とだけ行った。
「………そっか」
「ワンッ!」と一吠えする。
この時、きっと間抜けな顔をしていたであろう俺は、舌を出して尻尾を振るアングの頭を抱きしめた。
「ありがとう。アング」
「何処に向かおうとも、アングはマスターと一心同体ですぞ!」
「うん……うん。ありがとう」
今日は念入りにブラッシングしてやろう。
絶対に手放せない、俺の最高の“相棒”だ。
のんびり過ごしていた一日は、気付けば日が真上に昇る時間になっていた。
ようやく目を覚ました鬼人族達が、二日酔いの身体を叩き起こして動き出す。
「さて…」
早速俺も、頭目らしい事を始めてみますかな。
「アング。頼みがあるんだが、グウェン達を呼んで来てくれ」
「はっ!」
アングは風の速さで里の真ん中を突っ走り、盃を交わした鬼人族族の“幹部”を招集した。
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「皆。集まったな」
「はい。ヨウ様」
「早速幹部勢に招集かけるとは、頭目らしい事するじゃねぇか」
俺の招集にグウェン達は早々に集まってくれた。
昨晩の盃の儀の後に、食事をしながらそれぞれの持ち場を決めた。
運搬及び瓦版役を担うアング。
幹部の中でも、俺と同等の発言力を持つ事を許した最上級幹部のデルフィノーム。
鬼人族族全体に指示と役割を振るグウェン。
主に諜報活動に尽力してもらうローソゥ。
そして、生活面での指示の全般を担うサクラ。
「それで、この度の会議内容は?」
「その前にちょっと良い?」
「はい?」
正直、今朝一番に顔を見た時から可笑しいと思っていた。
「どうしたの、お前?」
「………………………」
俺が視線を向ける先―――デルフィノームの顔色が悪い。
すこぶる悪い。
自前の青い毛髪と同じくらい青褪めている。
「いや、ちょっと。マジでどうした? 昨日の威勢とか何処に置いて来たの?」
「………………………」
何も言わない…ただの屍の様だ。
一晩の間に何が起きたというんだ!?
「「「…………」」」
「そこの黙ってる三人。何か知ってるなら言いなさい」
「……………えっとぉ」
白角三人衆がてんでバラバラの方向に視線を泳がす。
明らかにデルフィノームの異常について何か知ってるって顔だ。
「代表、グウェン君。言いなさい」
「…………」
指名されたグウェンは視線を泳がせたまま、言い辛そうに口を開いた。
……とは言え。
「―――つ…」
「つ?」
「“月一ノ奇跡”が……発動してしまったんだ……」
「は?」
何言ってんのか分かんなかった。
ただどういう訳なのか、隣に座るサクラが小声でずぅ~っと「ゴメンナサイ! ゴメンナサイ!」と呟いていたのが気掛かりだ。
「と、取り合えず! 正気に戻ったデルフィノームには俺から会議内容を伝える! 気にせず続けてくれ!」
「………分かった」
こんな状態で進めって……
俺の方が内容に集中出来ないよ?
「じゃあ、えっと―――ゴホン。今回の会議内容で今後の方針を大まかでも固めたいと思っている。大雑把で良いから、今後予想される事態をまとめて、それに対する策と、人員の割り振りを決めておきたいんだ。その為にも先ずは、昨日話していた他の三大将の詳しい情報が欲しい」
昨晩聞いた話では、居場所と種族ぐらいしか把握出来なかったからな。
「成程。外から来たヨウには大森林内の力関係について知らない事が多いもんな」
「北東の人馬族と、西の女蛇族だっけ?」
「あぁ。北東の人馬族の“将軍・ビオニア”。西の女蛇族の“妖麗・ユリオス”―――この二人は個人としても強いが、配下勢の力もなかなかに強い」
「特にビオニアは、名の通り統率力が高い。この大森林の半分を占めてるだけの実力がある」
「デルフィノームより強いのか?」
「どうかな。個人的には五分五分だと思うが、“個人”でなければ断然、鬼人族より強いだろう。数も圧倒的に差がある」
「戦術は?」
「勝率の高い戦略は立てるが、基本は正々堂々って印象だ。それだけ実力に自信があるんだろうな」
「成程」
「逆に、ユリオスは卑怯千万の申し子だ。罠、毒、騙し……直接手を下さない戦法が主。闘わないのに三大将に名を置く、異例な魔族だ」
「ビオニアとは正反対だな。この二人はどっちが強い?」
「十中八九、ビオニアだ」
「じゃあ、ユリオスって女蛇族は三大将内では一番弱い?」
「う~ん…」
グウェンは顔を顰めた。
「ビオニアが最強というのは、まぁ揺るがないとは思う。ただ、ユリオスの戦術にハマってしまうと、いくらビオニアでも完勝するのは難しいんじゃないか?」
グウェンの考えはどうにも宙に浮いている。
直接対決した事が無いとそういう印象に受け取るという事か…
「ビオニアと、ユリオスか」
単純に考えれば、デルフィノームと同等の力を有する実力者。
しかも戦術は正反対。
片方は“個”でも“集”でも強い人馬族。
もう片方は騙し討ちのプロという女蛇族。
「う~ん」
俺は腕を組んで思考した。
―――“対極戦力”への戦略とは……どうしたもんかねぇ……