Story.60【親子盃】
「嫌です」
俺は考えるより先にそう言っていた。
「オイ、ヨウ。最後まで聞け」
「聞かない。俺を鬼人族族の頭目に抜擢? 何でそういう話になった? しかも俺が勝ったらもれなく頭目って可笑しくない?」
「だから最後まで聞けと言っとるんだ」
デルフィノームは深い溜息を吐いた。
いや、深い溜息吐きたいのは俺の方なんですが?
他の皆だって驚きの表情してるし。
「さっきも言った通り、このままでは俺達の里は三大将率いる勢力によって攻め込まれる。しかし、奴等には未だ知り得ていない情報がある。それが…」
「ヨウの……“半人半魔”の存在がある事か?」
グウェンは自信無さ気にそう言った。
しかしそれで正解だったようだ。
デルフィノームは腕を組み、己の考えを俺達に伝える。
「ここで俺が見栄を張ろうが、事実は変わらんだろうから、ハッキリ言う。先の一騎打ちで俺は十中八九コイツには勝てなかっただろう。最大手が“雷神ノ槌”だけの俺に対し、数多の魔術を駆使する“半人半魔”。長期戦になれば魔力に限りのある俺の方が降りだ。故に、一撃で決着が着く方法で、少しでも俺の勝算を上げたかったんだが……まぁ、それでも勝てなかっただろうがな」
「何でまたそんなまどろっこしい事を?」
「知らしめる必要があった。全力を出した俺が、それでもお前に完膚なきまでに敗北すれば、同胞達も頭目としてヨウを支持するだろう。仮に俺がお前に勝てたのなら、それはそれで、俺は魔王にも引けを劣らぬ存在なのだと証明出来た」
「極端かよ」
今度は俺が目の前の青鬼の発言に深い溜息を吐いた。
「で? 結局サクラ達の制止で決着つかなかったけど、どうすんの?」
「言うまでも無い。貴様等は何方が勝っていたと思う?」
「えっ」
「そんな急に言われても…」と言いた気な面持ちでグウェン達は互いに顔を見合わせた。
「隠す必要などない。魔力感知が得意なサクラなど、あの場に居合わせたなら瞬時に感付いたはずだろ」
「それは、確かにそうですが……」
「ならば早く宣言しろ。どちらの勝利が揺るがなかったのか」
「………」
皆の視線がサクラに集中する。
困り顔で黙り込んでいたサクラは、少し間を置いた後、申し訳なさそうに俺の方を見た。
「蓄積されていた魔力量からしても、ヨウ様の勝利だったかと思います」
「だろうな。全力を出せとは言ったが、コイツが本気で全力を出せばこの大森林の大半が消えていただろう」
「俺に対する風評被害だぞ」
まぁ実際、俺は攻撃を喰らっても死なないし、怪我もすぐ治るし、魔力も限界が無い。
俺に分があるのは当然だ。
それにしたって……
「そじゃあ、俺に何の得も無いじゃないか。勝負する前にちゃんと言っといてくれよな」
「三大将たる俺を傘下に従えられるんだぞ? 光栄に思っているだろ?」
「何その『当然の事を聞くなよ』みたいな顔……光栄とか微塵も御座いませんが?」
この青鬼の自信過剰さは素だったのか…
「しかし、俺や鬼人族が大いに得をするというのは確かだな。お前の存在が有るだけで、他の勢力に対して十分な牽制が出来る。戦いになっても勝ちは揺るがないしな」
などと、まさかのグウェンはデルフィノームに賛成する発言をし始めた。
「俺としても、仲良くなった鬼人族族がこれ以上傷付くのは見過ごせないし、そもそも里が復興するまで協力するって約束もしてるし、ある程度は手を貸すけど……」
「行く当ても無く放浪しているんだろ? お前やあの銀狼の拠点が出来て、俺達もお前の加護下で復興までの間の安全が保障される。双方に利益があると思うが?」
「んー」
俺は顎に手を当てて考えた。
最初は流石に拒否したが、確かに里の復興後の事を考えると、此処から出て行った後に拠点が定まっていない状態で魔物狩りだけで生計を立てるのは、決まった額が支払われる冒険者のやり方と違って安定しない。
それでも何とかなるかなぁ…何て安易な考えだったが、後々の事を考えると俺がアングと一緒に放浪し続けるのは限界があったのかもしれない。
―――師匠の言い付けを守ろうとして、頭が固くなってたのかもしれない。俺は悪逆非道の限りを尽くす“魔王”じゃない。一人の“死なないだけの人間”として生きて行けば良いんじゃないか…?
幸いにも、ずっと俺の傍にはアングがいた。
今まで何とかなって来たのも、傍に支えてくれる誰かの存在があったからに他ならない。
もし、アングと同じくらいに俺を支えてくれる存在が増えたら…?
“家族”の様に、互いに助け合える存在が増えたら…?
「………」
「ヨウ様…」
「今すぐに答えろとは言わんが、お前が拒否するのならば俺達は他の勢力に蹂躙されるだけの話だ。重く受け止めるな」
「いやもうそれ脅しだろ!? 俺に負い目感じさせようという魂胆だろう!!」
「何の事だかな?」
「~~~ッ」
デルフィノームの強面がいやらしく笑みを浮かべる。
事実なだけに、確信犯なコイツにこれ以上反論出来ない。
「ヨウ。俺からも頼む。お前になら皆ついて行く。俺も白角の頭領として、尽力させてもらう」
返答を口ごもる俺に、グウェンが追い打ちをかけて説得に掛かって来た。
「私からも是非お願いします。沢山ご迷惑をおかけして、更に我儘を言っている事は重々承知してますが、どうか…!」
「俺からも、頼む」
「私からも頼むよ。頭目」
「…………………………はぁ~」
逃げ道……と言う言い方は適切ではないが、退路は断たれたって感じだ。
「言っとくけど、俺がこの場所に留まるって事は、俺の力を狙う勢力にお前等を巻き込む事になるんだぞ?」
「此方は既にヨウ様を巻き込んでしまった身ですので。巻き込まれるのではなく、恩返しと思って助力させて頂きます」
サクラがニコッと微笑む。
「それに―――何時かヨウ様が本当に“魔王”を名乗られる時が来た際には、その側近として私達がお傍に居られるなら、これ以上の喜びはありませんよ」
そう言われて、俺は完全に返す言葉を失った。
俺が“魔王”を名乗る時か…
どんな魔王になってしまうのかも分からないのに、どうしてそんなに簡単に信用してくれるのだろう。
考えれば考える程、答えなんて出て来ないが……
―――“嬉しい”と感じた事は、偽れない。
「………分かった」
俺は酒の入った木製ジョッキを掲げた。
「少なくとも、鬼人族族を襲う勢力が大人しくなるまでは―――急ごしらえ頭目として、この里に居させてもらうよ」
「ヨウ様!」
「お前ならそう言うと思っていた」
デルフィノームは満足そうに笑みを浮かべ、徐に立ち上がった。
「同胞達を集めろ! 頭目の誕生を祝し―――“親子盃”を交わすぞ!」
「おう!」
「お、親子…盃?」
「何それ?」と戸惑う俺を他所に、グウェン達はさっさと他の鬼人族達を集め始め、デルフィノームは何やら年代物の酒を持ち出してきた。
その後ろをついて来るサンの手の中には、西洋盃が五つ。
酒を注ぎ入れ、グウェン、ローソゥ、サクラ、デルフィノームはそれ等を手に取る。
「ナニコレ?」
「古来より鬼人族族は、親分となる者と、その配下に与する子分が盃を交わす事で、血よりも濃い絆を結ぶ儀式とされている。ヨウが親玉で、俺達がその子分となる」
「あ……そう言う事なのね?」
一人置いてけぼりを食らっている俺に、ローソゥが耳打ちで教えてくれた。
―――それにしたって仰々しくないか? 何かヤク……これ以上は言っちゃいけない気がするから止めておこう。
問答無用で盃を手渡され、俺の前に四人人が横一列に並ぶ。
「この盃を持って、我々はヨウ・クロキを頭目とし、その手足となり、生命の限りを尽くす事を誓う!」
仰々しいデルフィノームの口上と共に、周囲の鬼人族達の期待に満ちた視線が俺に集中する。
「ヨウの親分! これから、よろしくな!」
「よろしくお願いします!」
「よろしく」
「あぁ、えっと……―――これから、よろしく?」
俺達は盃の酒を飲み干した。
同時に沸き起こる歓声。
広場はこの日一番の熱気に満ちた。