Story.56【治療と片付け】
北の大魔術国―――北方国家。
魔王の城の中で、“加虐の魔王”の腹心―――ペティーニャは肩を怒らせて広い廊下を歩いていた。
「あの女……また勝手な事を……アザミ様はどうしてあの女の勝手を許すの…!」
数分前。
ヨウの様子を監視してたアジェッサから、白角の生き残りの鬼人族達との交戦後、その際に使用した大蜘蛛の一部を奪われたと連絡を受けた。
―――あの大蜘蛛は、妖魔老師の妖術と、アザミ様自らが魔力を注ぎ込み創り上げた合成魔獣……それをたかが鬼人族の里を壊滅させるだけに持ち出した挙句に、此方の技術を敵に知られるような失態を犯したのに…!
『まぁ良い。お前は引き続き“半人半魔”の監視を続けろ。隙あらば大蜘蛛の欠部は回収して戻れ』
アザミはそれだけ言い残し、さっさと何処かへでかけてしまった。
「許せない…許せない…許せない…! アザミ様の計画を失敗させかねない、あの女の行動……!」
ペティーニャの感情の昂りに合わせて、凍えるような冷たい魔力が上昇し、周囲を凍てつかせる。
「次はありませんよ……次に失敗したら……」
―――貴女自身の“死”を覚悟して……
ペティーニャは氷の張った廊下を進む。
周囲の冷気とは裏腹に、腹に抱える燃えるような怒りを抑え込みながら……
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大蜘蛛討伐から数日が過ぎた。
「まだ怪我の治療が終わっていない者はサクラの所へ! 動ける奴らは残った瓦礫の撤収にかかるぞ!」
黒角の里の中央で、率先して指示を飛ばすグウェンの声が響き渡る。
その指示に積極的に取り掛かる黒角の鬼人族達。
「手が空く者は山道の作成組に加わってくれ! 今日明日中には完成させるぞ!」
白と黒、双方の頭領同士の話し合いの元、白角と黒角の里を行き来しやすいよう道を作ることになった。
今はただの道だが、復興と共に道幅を徐々に広げていき、いつか二つの里が完全に一つになるようにしていくつもりだ。
「おい。何故お前が指揮を執っている?」
横たわる丸太の椅子に座って、仏頂面でその様子を見ていたデルフィノーム。
不機嫌そうに眉を顰めるデルフィノームに、グウェンは鼻を鳴らして腕を組んだ。
「ヨウの魔術の影響で未だ万全じゃないんだろ? 里もこんな状態になってすぐだし、今は取り合えず心身共に十分に英気を養っとけ!」
「はぁ? お前は俺を何だと思っている! 俺を柔な奴だと思っているなら撤回しろ!」
「何だよ! 傷心中だと思って気を使ってやってるのに!」
「余計な世話だ! と言うか傷心などしとらん!!」
呆れと怒りで憤激するデルフィノームがグウェンと言い争っている中、我関せずと言った感じでサクラが淡々と治療を進めて行く。
「どうですか?」
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
サクラに治療される黒い角を生やした大柄の鬼女が、控え目にお礼を言う。
「色々と悪かったね。黒角の頭領の所為で、辛い思いしただろうに……」
「気にしないで下さい。今は特に……お互いに、協力し合いましょう」
「………本当に、ありがとう」
優しく微笑むサクラに、鬼女は再度、頭を下げて礼を述べる。
「―――………」
「マスター。如何なされました?」
「ん? いや。ちょっと心配だったけど、何とかお互いに上手くやって行けそうだと思って」
「そうですね!」
瓦礫を片付ける側に徹していた俺とアング。
動ける黒角の鬼人族達が集まったが、見るからに女子供が多かった。
と言っても、大人の鬼女はサクラより大柄で、明らかに筋肉質だ。
アメリカの女性スポーツ選手並み……
「ヨウ。そっちの瓦礫を頼む」
「ん。はいよ」
ローソゥも俺達と一緒に瓦礫片付け班だ。
器用に風魔術を使い分け、大小の瓦礫や木材を運び出している。
―――やっぱりローソゥって魔術の腕が断トツで良いな。天性の才能? 優秀な師匠でもいたのかな?
好奇心でしかないが、落ち着いた時期にでも聞いてみたい。
未だ性格が読み取りにくい相手故に、応えてくれるか分かんないけど…
「あの、ヨウの旦那? アタシ達にもソッチを手伝いさせてくれないかい?」
と、気付けば俺の周りに鬼女達が集まっていた。
大半が俺と同じか、俺より背が高い鬼女達。
圧迫感に押し潰されそうになるも、俺は近くのデカい瓦礫を両手で抱えて立ち上がる。
「大丈夫。女性と子供はそっちの軽い方をお願いできる?」
「でも旦那? 言っちゃあ悪いけど、アンタの細身じゃ、この辺のデカい瓦礫は大変だろ?」
「平気平気。さっき良い譲渡品を貰えたからね」
俺を心配そうに見下ろす鬼女達に笑い返しながら、俺は魔力を高めた。
「―――ぃよっ!」
そうすると、俺の体の倍以上ある瓦礫が軽々と持ち上がった。
体感では2キロくらいだろうか?
序でに足元にあったデカい木材も、足の甲で難なく宙に蹴り上げ、抱えていた瓦礫の上に乗せた。
「「「おぉー!!!」」」
湧き上がる歓声。
傍から見れば奇妙な光景だろう。
しかし、俺はグウェンから譲渡してもらった“怪力”のお陰でこうも軽々と持ち運べる。
それを目の当たりにした鬼女達は見た目に反した甲高い声で「キャー!」と歓声を上げる。
心成しか、頬が赤らんでハートを一杯飛ばしてる幻覚が見える……
「ほう。あの小童、見かけによらずの力だな。お前の怪力と良い勝負じゃないか?」
「あぁ、アレか。ヨウの魔術で、俺はあの怪力をヨウに譲ったんだ」
「はぁ!? 魔術を譲るだと!?」
遠目から俺の姿を見ていたデルフィノームが驚愕の声を上げた。
「あぁ。“未知魔術”と言っていたな。俺も最初は驚いたよ……」
「―――……おい。少し詳しく聞かせろ」
グウェンは、デルフィノームに此処までの経緯を話した。
話し終える頃には、デルフィノームは口元を片手で覆い、ギラッと光る瞳を俺に向けていた。