Story.49【白角の家族】
突如、俺とアング、そしてデルフィノームの耳に届いた爆発音。
場所はグウェン達が大蜘蛛と交戦しているはずの大森林の奥からだ。
「グウェン! ローソゥ!」
俺は森の奥へ向かって声をかけた。
爆発後の余韻でい未だに轟々とする地鳴りのような音が響いていた。
「何だ…? 何があった?」
「死んだんじゃないか?」
心配する俺を他所に、デルフィノームが嘲笑した。
「そもそもこの里で一番の実力者だったはずの元頭領ですら手も足も出せんかった相手に、親父以下の下等者が束になって掛かった所で、死に時が早まるだけの事よ」
「アイツ等を見くびるなよ。確かに実力はお前以下かもしれないが、頭の柔軟さと団結力はお前なんかゴミカスに見える程に優れてる。それに今回はちゃんと作戦も経ててるしな」
「ゴ、ミっ…!?」
額に青筋を浮かべて怒りを見せるデルフィノーム。
魔力を奪われ過ぎた所為で、現在コイツは貧血並みにふら付いて立ち上がる事も出来ないだろう。
―――ザマァみろってんだ。
「一先ず休戦だ。アイツ等の様子が気掛かりだし、お前は暫くそこでへたばってろ! アング、行くぞ!」
「御意!」
「まっ、待て貴様!!」
「おっと、一応の“蔓ノ呪縛”!」
「なぁあ!?」
今度こそ無抵抗で拘束されて身体が動かないデルフィノームをその場に置き去りにして、俺達は森の奥へ進んだ。
「グウェン! ローソゥ! 大丈夫か!?」
アングの鼻で先導してもらい、真っ直ぐグウェン達の許へ誘ってもらいながら、俺達は土埃舞う大森林の中を駆けた。
作戦決行地点まで辿り着くと、そこは熱した草木の青臭い匂いが充満していた。
徐々に晴れて行く土埃の中から現れたのは、焼け焦げた地面に倒れ込むグウェン達の無惨な姿だった。
「グウェン!」
俺はすぐにグウェンの体を抱き起した。
その顔は青白く白目を向き、全身は痙攣を起こしていた。
「これは…毒か!」
見ればグウェンの腹部にどす黒く変色した傷口が開いていた。
隙を突かれ、あの猛毒の粘液を受けなのかもしれない。
俺は直ぐに“治癒”を使った。
毒を受けてからの経過時間が短かったのか、簡単に傷口は塞がり、毒も浄化された。
グウェンの顔色が元に戻っていく。
「―――うっ……あ、ヨ、ヨウ……」
「もう大丈夫だ。毒は消えた。一体何があったんだ?」
「あっ……サ、サクラ、が…!」
「サクラが?」
グウェンが震える指で、ここから更に進んだ大森林の奥を指さした。
その方向の地面は、あの大蜘蛛が通った痕跡が残されていた。
「まさか、避難地帯に!?」
「ア、アイツに…俺達の攻撃が、全く通用しなかった……魔力の限りを尽くし挑んだが……奴は炎耐性と、超回復能力を有していた……全力を持ってしても、あのクソ野郎に傷も付けられない……!」
悔しそうに表情を歪めるグウェン。
毒が抜けたとはいえ、受けたダメージまでは回復しきれない俺の“治癒”では、このまま闘わせると命に係わる。
「アング! 大蜘蛛を追え! 俺はコイツ等を治してすぐに追いかける!」
「御意!」
力強く返答したアングが、地を蹴って風の速さで大蜘蛛の後を追って行った。
俺も急いで全員の治療をする。
同時に“解析”を発動し、鬼達に掛けられた毒の解析も行う。
しかしーーー
―――クソッ! やっぱり解析出来ない…!
毒に触れると、やはり俺の指が痛みと共に溶かされる。
超回復で指は復元するが、問題はあの猛毒の粘液を広範囲でばら撒かれるという厄介さだ。
「思っていたよりも厄介な奴だったな、大蜘蛛。デルフィノームを相手にしてる方が楽な気がする」
思わず吐露した言葉に、治療を終え魔力を回復しているグウェンが反応した。
「……あのデルフィノームを相手にする方が楽か……なら、俺達が相手にならないのも仕方ないか……」
「! グウェン…?」
最初の襲撃に続き、またも負かされた事にグウェンは戦意を喪失しつつあったのだろう。
それは、回復した他の鬼人族達も同じだ。
「やっぱり……俺達じゃ無理だったんだ……」
「頭領だって敵わなかったんだ……俺達がどう足掻いたって……」
その表情には、出会った時以上の“絶望”が滲み出ていた。
「……俺達の里だから、この手で守り抜きたいと、大層な志しを持って挑んでも、結局は弱肉強食の世界だ……」
ギリリッと音を立てて、グウェンが歯軋りした。
「猛者の前では、弱者の寄せ集まった戦力も、どんな作戦も、どんな強固な意志も、意味をなさないって事だな……―――まぁ、それも、俺が先導者として不甲斐無い所為かもな……」
「グウェン……」
現頭領として、ずっとその肩に重荷を背負っていたんだろう。
自分の落ち度で、里の皆にも迷惑が掛かる。
過剰な責任感で無意識の内に精神も磨り減っていたんだろう。
「や、止めて下さいよ、若……いや、頭領の所為じゃない……俺達が未熟だったから……」
「私達、元頭領様やグウェン様に頼り切ってて、何の危機感も持っていなかったから……」
治療を終え、今し方共に闘っていた若い鬼人族達も、口々にグウェンの言葉を否定する。
「それで良かったんだよ。お前等に不安を感じさせず、平和に暮らさせるのが俺と親父の仕事だったんだ。こんな事になったのは、里長の俺達の落ち度が原因だ」
「違う!」
その言葉に、あの冷静なローソゥすらも牙を剥き出して食い下がる。
「そんな事はない…! お前と長様の苦労は、俺達もよく知っていた…! 何でもかんでも、一人で背負わないでくれ…!」
「だが、これが現実だ。自己満足の努力なんて……」
「グウェン…」
ローソゥ達が必死にグウェンを慰めるが、グウェンは己の未熟さに打ち拉がれていた。
しかし―――
「だが!」
暫く俯いて動かなかったが、唐突に地面を殴りつけ、顔を上げた。
「だが、せめて……せめて、奴からサクラを助け出す!! 命に代えても、血の繋がった妹と、お前らだけは、必ず俺が…!!」
「まっ、待て待て!」
「アンタ独りで行かせられるかよ!」
グウェンが命を賭して仲間を逃がそうとする。
無論、他の鬼人族達が止めに掛かる。
「頭領! 無茶しないでくれ!」
「そうよ! ここまで来て私達を除者にしないで!」
「そんなんじゃねぇ!! 一人でも多くの同胞を生かす為にはこれが最善の策なんだ!!」
ボロボロの鬼達がグウェンの四肢に絡みついて行かせまいと奮闘する。
一方のグウェンも、断固として動きを止める気が無いらしく、自慢の怪力で四肢に絡みつく同胞達を引きずって歩みを進める。
「………」
お分かりだろうけど、俺はこの空気に置いてけぼりにされて立ち尽くしていた。
……とは言え、このままグウェンを行かせたら間違いなく命を落とす。
里の再興まで協力すると約束もしている事だし……
―――放ってはおけないよな。
俺はグウェンの前に躍り出てた。
「グウェン」
「なんだっ―――」
名を呼んで此方を向かせ、その額に手刀を撃ち込んだ。
「~~~ったぁあ!!」
「お~痛ぇ~。お前石頭だな?」
「なっ、何してくれんだよ!?」
「石頭は頑固者の証ってな」
俺はいきり立つグウェンの肩に手を置いた。
「少しは落ち着けよ。仲間もこう言ってるだろ? それに、治療したてで真面に全力出せない状態じゃ、這えり討ちに合うのは必須だ」
「し、しかし…!」
「これは俺の体験談だがな。命の犠牲の上に成り立つ最善なんて有り得ない。消えた命の分、誰かが重い荷物を背負わされるんだ。お前が死んだら、今度はコイツ等とサクラがソレを背負う事になる―――それで良いのか?」
「そ、それは……」
「それにお前、さっき自己満足の努力なんてって言い方したけど。その努力のお陰で、お前は今独りぼっちじゃないんじゃないか?」
「あ……」
グウェンが我に返って、四肢にしがみ付いている同胞達を見下ろした。
「その通りですよ! 頭領!」
「俺達、親も兄弟も無くして、もうこの里で生き残った同胞達だけが家族なんです!」
「今度こそ! 頭領の力になれるよう、我々も一緒に里の再興に尽力いたしますから!」
仲間達からの偽りのない言葉。
これには流石のグウェンも大人しくならざるを得ない。
「お、お前等……」
「だってさ?」
「~~~ったく。分かったよ」
「グウェン…」
グウェンがようやく冷静さを取り戻した。
四肢にしがみ付いていた同胞達も安心したように、その手を離した。
「そうは言った物の、作戦通りに事を進ませていたはずなのに失敗に終わった。無策のまま再度挑んだ所で敗北の二の舞……いや。三の舞だな」
「―――あっ…そうだ!」
悩む俺に、グウェンは何か思い出したように声を上げた。
「ヨウ。作戦の途中で気になる事が起きた。それも踏まえて再度作戦を練り直したい」
「気になる事?」
俺はグウェン達から大蜘蛛と戦った際の状況を詳しく聞いた。