Story.42【白角の三鬼】
「止めろ!デルフィノーム!!」
俺と鬼人族ノ王―――デルフィノームが対峙する中、仲裁する様に割って入ったのは、逃げる鬼女の少女と同じく白い角を生やした二人の鬼人族だった。
一人は二本角で、紅玉色の髪と瞳をした高身長の男。
もう一人も二本角で、純白色の髪と碧玉色の瞳をした細身の男だ。
二人の鬼人族は、俺に背を向ける形でデルフィノームと向き合う。
そして唐突に、紅玉色の髪の鬼人族がデルフィノームに深く頭を下げた。
「どうか許してくれ! 其方への無礼に対する罰は、この俺が全て引き受ける! どうか妹をお許し願いたい!」
―――妹?
「兄様!」
―――兄様?
少女はアングに連れられて少し離れた場所に移動していたが、新しく現れた鬼人族達を見つけ、此方に戻ってこようとしている。
すかさずアングが制したが、今のやり取りを聞くにこの二人は兄妹と見て間違いなさそうだ。
もう一人の白髪の方は分かんないけど、少なくとも少女の味方なのは確かだろう。
「旅の者か? 巻き込んでしまってすまない…」
白髪の鬼が俺に振り返り、謝罪した。
「それは良いんだけどさ。あのデカい鬼人族、その子を殺る気満々みたいだけど、何事だ?」
まだ“雷神ノ槌”出したままだし。
これだけ至近距離だと掠っただけでも致命傷だ。
それでもお構い無しに、赤髪の鬼人族はデルフィノームと対峙する。
デルフィノームは赤髪の鬼人族に対し、ゴミを見るような視線で見下す。
「グウェンよ。俺が其方の要求を呑んでやったにも関わらず、貴様の妹はそれを仇で返したんだぞ? その蛮行が貴様なんぞの命一つで償えると思うか?」
「ッ……何卒! どうか妹だけは…!!」
グウェンと言う名の赤髪の鬼人族は、地に片膝を着いて懇願した。
その姿を見た鬼の少女は、涙ながらに震える声を発した。
「あ、兄様……止めて……私の為に……止めて下さい!」
「見るに堪えんな。そのまま頭を垂れていろ。せめてもの情けに、苦しむ時間は短くしてやろう」
交渉の余地無し。
何がせめてもの情けだ。
一切の情を感じさせない空気感が周囲を凍てつかせる。
「丁度良い機会だ。弱輩の同族は此処で滅んでしまえ―――“白角”」
再び強力な電気を放ち、“雷神ノ槌”が俺を含む白い角の鬼人族達に向かって撃たれる。
「兄さ―――!!」
「アング走れ!」
「御意!」
「きゃっ!」
アングは少女の腹部に頭を突っ込み、うつ伏せになる体制で少女を背に乗せて大森林の奥へ走り去った。
流石は銀毛狼ノ王の走りは目にも止まらない。
俺もアングに続き、強引に目の前の鬼人族二人の肩を掴んだ。
「なっ! おい!?」
「“空間転移”!」
攻撃が当たる寸前。
ギリギリの所で直撃を免れ、先行するアングの許へ転移した。
しかしまだ攻撃の届く範囲内。
声をかける暇も無く、俺はアングと少女もまとめて転移した。
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日の光が殆ど差し込まない大森林の奥。
深緑色の葉を成す木々に覆われた場所に転移した。
「ここまで来れば、一先ずは安全だろう」
周りは驚く程静かだった。
微かに虫の鳴く声だけが耳に届く。
「た、助かったのか…?」
「とりあえずはな」
赤髪の鬼人族が辺りを見渡して呟いた。
あっという間の出来事だったが、コイツ等にとってはまさに窮地だったろう。
俺は魔力感知のスキルを発動させ、周囲の警戒をしつつ鬼人族達に話しかけた。
「探知阻害のスキルがあるなら使った方が良い。あの数に見つかったら今度は逃げきれないぞ?」
「あ、あぁ……そうだな」
素直に応じた赤髪の魔力がすぅ…と静まっていく。
「兄様! ローソゥ!」
少女が赤髪と白髪の鬼人族の許に駆け寄ってきた。
アングの乱暴な助け方だったが、見た感じ怪我は無さそうで良かった。
「サクラ! 無事だったか!?」
赤髪の鬼人族が一目散に少女に駆け寄る。
鬼女の名は“サクラ”と呼ぶらしい。
―――へぇ……何か日本人っぽくて親しみやすい名前だな。
脳裏に前世で一番好きだった満開の桜の木が浮かび上がった。
そう言えばこの子の髪色はまんま桜色だ。
「は、はい。此方の方々のお陰です」
「そうか…」
少女が俺とアングに視線を向ける。
「どういたしまして」と手を振って笑って返すと、赤髪の鬼人族は緊張の糸が切れたように深く息を吐いた。
そして鋭い眼光で少女を睨みつけ、牙が見える程大口を開けて怒号した。
「全くお前は! 自分が何やってるか分かってるのか!?」
「ご、ごめんなさい……」
「グウェン。お嬢の気持ちも考慮してやれ」
「それで殺されていたら何の意味も無いだろうが!」
少女を叱りつける赤髪の鬼―――グウェン。
申し訳なさそうに項垂れる鬼女―――サクラ。
グウェンを宥める白髪の鬼―――ローソゥ。
三人の鬼人族のやり取りを見守るしか出来ない俺とアングは、休憩がてら地面に腰を下ろしてこの状況を整理した。
「マスター。いかがしましょう?」
「成り行きとは言え、逃がす手助けしちゃったし。今後あの鬼人族に目を付けられ続けるのも面倒だな」
「一掃しますか?」
「いやいや物騒な事考えんなよ? 先ずはこの状況を整理した上で、一番被害が少ない解決法をだな―――」
と、俺はアングに諭していると、グウェンと名乗る鬼人族が俺に話しかけてきた。
「なぁ、お前?」
「ん? 何だ?」
グウェンは地面に腰を下ろす俺達を立ったまま見下ろしている。
「礼を言わせてくれ。妹を助けてくれただろう? 巻き込んでしまって悪かった!」
「本当に、申し訳ありませんでした!」
頭を下げるグウェンに続き、サクラも頭を深く下げて来た。
ついでにローソゥと言う名の見るからにクールそうな鬼人族も一緒に。
「いや。その子も悪気があって俺達の所に現れた訳じゃないし、俺もあのデルフィノームとか言う奴のやった事にもムカついたし、ソッチが謝る事じゃないよ」
「しかし、よりにもよってあの男に目を付けられた。何時まで此処に居るつもりか知らないが、このまま大森林に居続ける事は難しいぞ?」
「あぁ、執念深そうだもんな、アイツ。この大森林内の魔族の中でも結構強いんじゃないのか?」
「この大森林の三つの大勢力である“三魔将”に数えられている男だ。同じ鬼人族でも、奴は魔力が高い“黒角”の族長で、階級も三本角の鬼人族ノ王だ。一晩もあればたった一人で王都の人口の半分以上は根絶やしにされる」
「もう聞くからにヤベェ奴じゃん」
「あぁ。ヤバすぎる…」
グウェンはそう言うと、うんざりした様に頭を垂れた。
王都の人口半分以上はあっという間か……
―――万が一そんな事態になったら、早急にグラジオ討魔団に討伐してもらいたいもんだな。
などと我ながら不謹慎な事を考えていると、向かいに座るグウェンが姿勢を正した。
「旅の者よ。此度の騒動に巻き込んでしまって大変申し訳ないのだが―――」
そう言いながら、グウェンの力強い眼差しが俺の目を見つめ返す。
瞬間、嫌な予感がした。
そしてその予感は見事に的中する事になる―――
「少し……俺達の話を聞いてはくれないか?」
「え」
そう言って俺の返答を待つ間も無く、他の二人もグウェンに並んで俺の目の前に腰を下ろした。
どういう経緯で俺に話を振って来たのか分からないが、この状況下で俺の肩が一気に重くなったように感じた事は言うまでもない。
―――あぁ、コレは……逃げられなくなった……。
俺はアングにアイコンタクトで「仕方ないから聞いてやろう」と合図した。
どの道、まだ当面はこの大森林内で活動するつもりでいるんだ。
この三人共、最早無縁の間柄じゃない。
俺達は彼らの話に耳を傾けた。
鬼の美少女―――『サクラ』
名前由来―――桜『純潔』
赤い瞳のサクラの兄―――『グウェン』
名前由来―――赤い蓮『思いやり』
青い瞳のクール鬼―――『ローソゥ』
名前由来―――『尊敬』