Story.40【また会おう】
宴の夜が明け、数日後……。
この数日の間に、俺はリアトから受け継いだ“鳴龍幻舞”を使い慣らす為に、もっと言うと、リアトの魔力慣れの為に、ほぼ毎日手合わせを行った。
勿論、リアトにはギルドの仕事があるから暇な時間だけだったが、それでも有意義な時間だった。
初めて使う武術は初日で殆ど使いこなせるようになったが、やはりリアトの方が無駄のない優美な動きだった。
毎夜、ギルド酒場で修業に話をしながら酒を飲んでいると、アジューガ達も修行に参加する話になり、彼らも仕事の合間に俺達に協力してくれた。
リアトの増量した魔力に真っ先に気付いたのは魔法使いのマルだった。
あまりに急激な変化を遂げていた所為で、本当にリアトなのか暫く疑っていた程だ。
ともあれ、リアトの魔力操作の修行は、魔法使いのマルに任せる事が多かったが、教え方が上手くてリアトも二、三日で大分魔力の扱いに成れたようだった。
アジューガとライは俺との手合わせを自分たち鍛錬として受けてくれた。
お世辞にも各々に秀でた才能があるとは言えないが、それでも仲間同士の連携は見事だった。
俺も彼らから習う戦術も沢山教えられた。
そして、本日。
小人族工房街の出口に、俺とアング。
向かい合ってリアト、ナーさん、アジューガ、マル、ライが集まった。
俺とアングが王都を離れる日だ。
「それじゃ、色々と世話になったな」
「いや。世話になったのは俺達の方だ。お陰で貰った魔力にも大分慣れて来た」
「俺もだよ。今日まで練習に付き合ってくれて、ありがとう。アジューガ達もな」
「礼には及ばねぇぜ。ヨウの旦那。アンタとの手合わせのお陰で俺等も良い修業が出来た」
「今日はヨウさんが王都に居られる最後の日だったのに、団長さんがどうしても外せない会合があるからって来られなくて。ごめんなさい」
「俺の分も宜しく伝えといてくれって伝言貰ってるから、また次に会う時に埋め合わせするだろうよ」
「ありがとう。俺からも、グラジオさんに世話になったって伝えてくれ」
「アンチャン。またいつでもウチの店に寄ってくれや。御師匠譲りのその剣に勝る武器を作って、高値で売りつけてやっからよ!」
「言い値で頼むよ」
「そんだけアンチャンが名高い戦士になってりゃあな!」
「ナーさんはブレないなぁ」
こんな会話も、今日この時で一旦終わりだ。
寂しいが、また会える期待の方が大きい。
きっと、今よりもっと強く、団結した仲間になっている事だろう。
再会が楽しみである。
「じゃあ、そろそろ行くわ。元気でな!」
「ヨウ殿も。色々と……本当にありがとう!」
「じゃあな! くたばんじゃねーぞ! って、アンチャンは死なねーか? ガッハッハッハ!」
「アングちゃんも! 元気でねー!」
「“ちゃん”をつけるな! 貴様等も鍛錬を怠るでないぞ!」
「またなー! 旦那!」
「元気でー!」
リアトを取り巻く事件で知り合えた、色々な種族の友人達が、手を振って俺達を送り出してくれた。
「また会おう! ヨウ殿! アング殿!」
「あぁ! 必ずな!」
遠のく俺達を見送り続けるリアト達が、姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「行っちまったなぁ……」
少し名残惜しそうに深い溜息を吐くナーさん。
マルも残念そうに小さく手を振り続けていた。
俺達が去った後を見続けるリアトに、アジューガはある疑問を投げかけた。
「結局の所よぉ、ヨウの旦那は何者だったんだ? あの伝説級冒険者の弟子で、銀狼王を手懐け、おまけにあの膨大な魔力と数多の魔術……はっきり言って、どんな魔族よりもバケモン級の強さだ。俺達の手合わせでも力加減しまくってんのがよく分かったぜ?」
「……そうだな」
リアトは天を見上げた。
その赤紫色の瞳が天空の青色を映し、太陽の輝きで一寸の曇り無く輝く。
「見ず知らずの俺達を救い、この王都で蠢いていた悪を討ってくれた―――ただの偉大な友人だ」
リアトの言葉に、アジューガ達は納得したように頷いた。
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王都を離れる俺とアング。
別れ際、リアトから渡された地図を頼りに元居た森林の中を歩み進む。
「グラジオさんがくれた、魔物出没地域のリスト。コレを基に、暫くは旅を続けて行こう」
「狩った魔物は食べれるのですか?」
アングが舌を出して期待交じりに聞いて来た。
あまり味の方は期待出来ないと思うんだけどな……
「そうだな。食える所があるヤツなら食っても良いかもな」
「哺乳類系の魔物を狩りましょう!!」
「肉食いたいなら普通に兎とか牛にしない?」
質より量を好むアングに急かされ、俺達は更に森林の奥へ進んで行く。
背の高い草木が生い茂り、その葉の隙間から覗く空は晴天その物だ。
「それにしても、晴れて良かったな。師匠の許を出た日は雨だったもんな」
「ですな。ここなら雨が降っても雨宿りし放題です」
「狩る動物も魔物も隠れちまうぞ?」
「はっ!」
等と他愛もない会話をしつつ、俺は雲一つない青空を見上げた。
「いやぁ。本当に今日はいい天気―――」
「だなぁ」……と言いきる前に、俺が見上げる空に黒い穴が開いた。
正確には“空間転移”の類似魔術―――“跳躍者”の発動時に発生する時空の歪みが、俺の頭上で出現したのだ。
「は?」
唐突な疑問が脳裏に満ちた時、頭上の黒い穴から徐々に近づいて来る声が聴こえた。
「きゃぁあああ!!!」
「っ…!?」
姿をちゃんと確認する前に、俺の上に声の主が落ちて来た。
反射的に受け止め、背中から俺は地面に倒れ込んだ。
「マ、マスター! ご無事で!?」
「痛て……あ、あぁ、何とか?」
「ん…んん…」
俺の上に落ちて来た何かが身を捩った。
「何ですかソレは?」
「分かんない。多分、人だ」
打ち付けた背中を擦り、腹の上に振って来たソレを支えながら上半身を起こした。
心配そうにアングが顔を覗き込み、俺の腹の上にいるソレの匂いを嗅ぎ回った。
そうこうしている内にソレが顔を上げ、俺と至近距離で目を合わせる
「あ」
その服装は、何やら白を基調として華やかな装飾を施した“花嫁衣裳”の様な物を纏っていた。
「………」
―――美女……いや、美少女……いや……
俺は紅玉色の様に輝くその瞳から目を逸らし、その額に浮き出ているその人物に視線を向けた。
色白の肌から浮き出る真っ白な二本の小さな“角”
それだけで、この美少女の種族が容易に理解出来た。
「君……“鬼人族”か?」
「あ…あの…」
戸惑いを隠せない様に声を発する美少女の鬼人族の鬼女。
“花嫁衣裳”の様な服のフードから桜色のサラサラした長い髪が覗く。
俺は、この出会いが自分の運命を大きく動かす事になるとは、露程も知らなかった―――
次回。
新章突入!