Story.39【想いと共に】
「お前の使っていた“蜥蜴人族の伝統武術”。その技術を俺にくれないか? それを譲渡品として受け取る」
「我らの武術を…?」
「おっと安心してくれ! リアトから技術その物を奪い取る訳じゃない。技術を他人に教える権利を貰うんだ」
「ど、どういう事だ?」
流石のリアトも困惑しているようだ。
困惑も当然。
俺はリアトが納得出来るように説明を始めた。
「今後、もしリアトがその技術を誰かに……例えば、お前の子供とかに教えようとしても、“等価交換”の効果でそれが出来なくなる。自分は使えるけど、教え方が分からないって感覚に陥るのかな? そして“等価交換”の効果によって、俺がその技術を他人に教える事が出来るようになるんだが、当然、リアトや蜥蜴人の意に反して他人に教える事はしないと約束する。更に言えば、所有権が俺に代わっても、俺の了承を得ればリアトも他人に教える事だ出来る。まぁ、距離が離れすぎてると許可を出しても使えないんだけどね」
「つまり……今後俺が技術を他者に伝授する際は、ヨウ殿が近くに居て、尚且つ指導する許可を頂く必要があるという事だな?」
「そう言う事」
リアトはどうやら仕組みを理解したようだ。
だが、問題はその内容の方だ。
「どうかな?」
「………」
リアトは黙った。
そりゃあ、蜥蜴人族でもない輩に自分の種族の技術を渡したくは無いだろう。
ましてや今後、己がその技術を伝承していく際に、一々俺の承諾が必要になるのだから……
―――けど、それ以外にリアトから譲渡してもらえそうな物は期待出来ないし……
まぁ最悪、三つ目の条件は無かった事にしてやろう。
本当は見返りなんか求めてないんだからな。
「リアトが小さい頃から努力して身に着けたモノだってのは分かってる。そんなモノを何の努力も無しに他人に渡したくは―――」
「ヨウ殿」
俺の言葉を遮るようにして、リアトは俺の名を呼んだ。
そして……
「問題無い。ソレで手を打たせてくれ」
意外な返答が返って来た。
逆に俺が困惑する。
「良いのか? もしリアトに子供が出来たりしたら、自分の手で教えてやる事が出来なくなるんだぞ? さすがに寂しいだろ、ソレ?」
「同胞達から忌み嫌われる存在になった俺と番になってくれる相手などいない。そもそも、今回の件で俺が死んでいたら、子も何もないからな」
「でも…」
「それに、もし俺に子が出来ても、闘わせるつもりはない。出来れば大森林の奥の最も静かな場所で、家族一緒に穏やかに暮らしたいと思っている。俺が狩りに出て、妻子が飯の支度をしながら待ってくれている。金は無いが、だからこそ一緒に協力して暮らしていける―――そんな理想的な家庭を作りたい」
「具体的だな? もしかして、冒険者で上手く行かなかった時の事も考えてたのか?」
リアトは目を細めて笑った。
図星と言う事だろう。
「情けない話だ。けれど、俺は良い仲間に出会えた。お陰で、苦労してでも向上していく事の楽しさを知る事が出来たからな」
「そうか?」
―――今の冒険者に満足してるなら良いけど……何か、ちょっとそれも寂しいな……
出来るならリアトにも素敵な家族が出来てほしいけど、こればっかりはリアト自身の人生だから、他人が口出していい事じゃないな。
―――俺に出来る事は、教えてもらう技術を無駄にしない事だ。
「分かった! じゃあ早速“等価交換”を始まる。先に俺が渡すぞ?」
「あぁ。頼む」
「いくぞ? 『リアト・ヴァル・リザードに“氷属魔力”を譲渡する』!」
唱え終えると、俺の中の魔力がゴッソリ減った感覚がした。
逆に目の前のリアトの魔力が、“蛍ノ輝キ”の非にならない程跳ね上がった。
「ッ…!!」
「お、おい、大丈夫か?」
急激に増量した魔力に眩暈でも起こしたのか、リアトは後方によろめいた。
心配して駆け寄ろうとすると、「大丈夫だ」とハッキリ口にした。
とは言うが、何か不良が生じているのか、リアトは俯いたまま動かなかった。
―――急に魔力が上がって、体に合わなかったか? でも適正魔力だし、そこまで負荷がかかるとは……あぁ、けど、狩人も負荷のかかる魔力の増量で結構苦しんでたしなぁ…?
「…………」
「リアト?」
「…………」
「リアトさーん?」
「…………」
「?」
―――やだちょっと……全然反応が無いよ?
本気で心配になって、俯いたリアトの顔をしゃがんで覗き込んでみた。
「~~~~~ッ」
「…………」
イケメンの尊厳を守る為に詳しくは言えないが………
取り合えず、喜んでくれたみたいで、良かった。
・
・
・
「落ち着いたか?」
「誠に申し訳ない。出来れば今見た俺の醜態は心の内にしまっていてほしい……」
「大丈夫だ。誰にも言えない……」
リアトが落ち着くまでの少しの間、俺は無言のまま、しゃがみ込んだデカい図体を見下ろして待っていた。
ようやく冷静さを取り戻してくれたリアトは赤面を片手で覆い、何かとは言わない羞恥心に打ちひしがれている。
「し、失礼したな。では、ヨウ殿への譲渡を進めよう」
「あぁ。よろしく」
立ち上がったリアトが俺と向き合った。
「では失礼する―――『蜥蜴人族伝統武術“鳴龍幻舞”の伝授権利を、ヨウ・クロキ殿に―――』」
―――え!! アレそんなカッコいい名前だったのか!?
思わず口に出しそうになったが、譲渡の口上を邪魔する訳にいかず、寸での所で言葉を飲み込んだ。
「『譲渡する』」
「―――ッ」
その瞬間、俺の中に蜥蜴人の伝統武術の知識と技術が流れ込んで来た。
そして同時に、リアトの幼い頃からの血の滲む努力、葛藤、苦痛、そして向上心、そう言ったリアトが今まで感じて来た感情達も俺に怒涛の勢いで流れ込んで来る。
己を強く磨き上げる為。
祖父の偉大さを知らしめる為。
憧れの冒険者になる為。
「―――確かに受け取った」
「その力が、ヨウ殿の手助けになる事を祈るぞ」
「あぁ、ありがとう。大事に使わせてもらう」
その言葉に、リアトは安堵の笑みを浮かべた。
「とは言え、まだ実践段階じゃない。王都に滞在してる間に、暇な時で良いからリアトと手合わせでもさせてもらって慣らしていきたい」
「勿論付き合うさ。教えてやる事は出来ないが、ヨウ殿が納得するまでの練習台にしてくれ。代わりに俺も、譲渡された魔力を特訓させてもらうが、構わないか?」
「勿論だ。アングも手伝ってくれるよな?」
「勿論です、マスター!」
その日。
一人の無法者と銀狼は、手負いの蜥蜴人族を三つの条件で助け、友となった。
この蜥蜴人族が仲間の冒険者達と共に、友であるヨウの窮地に駆け付ける事態が訪れるが………
それはもう少し、後の事となる―――