Story.38【同等な物】
「―――ヨウ殿。こんな所で、酔い覚ましか?」
「リアト」
宴の最高潮が過ぎた頃。
ナーさんを飲み比べで負かした俺は、アングと共に組合の表に出て夜風に当たっていた。
「お前こそ。さっきまでベロベロだったくせに、もう歩けるのか?」
「さ、先程は、醜態を曝してしまってすまない……もう平気だ」
「そっか」
確かグラジオさんが酒には強い方だって言ってたな。
酔い覚めが早いって事か?
―――それより…
「丁度いいや。皆も酒に呑まれて静かになったし、今回の約束の報酬を貰おうかな?」
「あぁ、勿論覚えている。魔物出没地域の当ては団長が見立ててくれる。ヨウ殿が出立するまでには出来上がっているだろう。それと、宿と宿代はもう済ませている。今回の騒動の件で、恐れ多くも俺にも謝礼としてグラビアヌス陛下から金銭を多く頂けた。この金はヨウ殿への礼として返すのが道理だろう」
「色々あった直後なのに、ありがとな。けど金はちゃんと自分の為に使ってくれ」
「自分の為さ。そもそも蜥蜴人族に金銭欲はないからな」
リアトはそう言いながら手をひらひらと振った。
「けど、ナーさんにツケ溜め込んでんだろ?」
「ぐっ…」
ひらひら振った手が胸の辺りを抑えて顔色を悪くした。
図星ってやつか?
「金銭欲が無いのに何で冒険者になったんだ? 冒険に憧れがあったとか?」
「まぁ……それが主な理由だな。俺の祖父も冒険者だった。隠居された後は、その武勇伝を俺と弟によく聞かせてくれていた」
「え、弟居るの?」
「あぁ。少々お調子者だが、魔力は俺よりも高く、優秀だ」
「へぇ?」
そんな弟が居た事に驚きが隠せない。
―――リアトの弟……やっぱイケメンなのかな?
「弟君が羨ましいなぁ。こんだけ優しい兄が居たら誇らしいだろうに」
俺は思った事をそのまま口にした。
けれど……
「……いや。アイツは俺を快く思っていない。祖父の事もな……」
「え?」
俺の期待とは裏腹に、リアトの表情は曇っている。
「何か訳アリか?」
「蜥蜴人族の集落は幾つかあるが、俺の故郷では冒険者になる思想をあまり良く思われなくてな。出戻って来た祖父も、鼻摘み者として扱われていた。その所為もあってか、俺が王都に出る数年前に集落から出て行ってしまった……」
「そうだったのか?」
「あぁ。種族意思が強い父と弟と、他の同胞達が祖父を集落から追放したようなものだ。元英雄級部冒険者だったとしても、同族にその価値は理解されなかったようだ……」
「え! リアトのお爺さんも英雄級だったの?」
「あぁ。ご自身は“蒼薔薇”程ではない、と謙遜されているがな」
「やれやれ」と苦笑いを浮かべるリアトだったが、俺は「お前の身内凄いじゃん!」って感想でいっぱいだ。
「しかし、祖父もまた“蒼薔薇”と共に“嗜虐の魔王”討伐では八面六臂の活躍をした功績からも分かる程の実力者だ」
「誰とも組まない事で有名な師匠と一緒に戦ったのか?」
「魔王討伐は大規模なものだったようだからな。一緒ではなかったにしろ、何処かしらで功績を残していたんだろう。祖父はいつも魔王戦での彼女の活躍ばかり自慢げに話していた」
「成程ねぇ」
―――それで師匠の剣を見た時に大興奮したんだな。
「俺は幼い頃から祖父の武勇伝を聞き育った、祖父に憧れて、祖父の偉大さを同胞に知らしめたくて、同じ冒険者の道を選んだ」
「じゃあお前、故郷ではお爺さんと同じ扱いなんじゃあ…?」
「かれこれ十年近く帰っていないが、当然そうだろうな。集落を出る時も、二度と戻ってくるなと弟に言われてしまった……」
「……そうか」
リアトの表情は寂しそうだった。
家族にそんな風に言われたら、誰だって寂しい。
―――家族にも疎まれる存在として扱われるなんて、辛くないはずがない。
「いつか、リアトの故郷にも行ってみたいな。お前がどんだけ凄い奴なのか、俺とナーさんとグラジオ討魔団総出で蜥蜴人族達に知らしめてやるよ」
「!―――ふっ、アッハッハッハ! それは頼もしいな!」
大口を開けて笑うリアト。
少しでも気を晴らしてもらえたなら良かった。
「じゃあ、リアト。そろそろ“三つ目”の条件を果たそうか?」
「あぁ。確か“等価交換”の練習台だったか? 無論、気が済むまで練習に付き合うが、ヨウ殿に練習など不要なのではないか? “蛍ノ輝キ”も上手く譲渡出来た事だし…」
「それがねぇ、もっと上位の魔術の譲渡は安定しなくてよく失敗する事がある。その場合は相手から譲渡された物も無かった事になるから、もっと確実なものにしたいんだよねぇ」
「意外にクセの強い魔術なのだな?」
困ったように首を傾げるリアト。
「それな~」と笑いながら言う俺は、リアトに譲渡出来る魔力を考える。
「ん~そうだなぁ。リアトの体術中心の先方の邪魔にならず、尚且つリアトの適正魔力に合ったモノでないとな」
「適正魔力か?」
「そう言えば、弟君は魔術使えるんだよな? 適正魔力分かる?」
「ふむ。“火”の魔術は得意気に使っていたぞ」
「火か…」
湿地帯の出身で“火”の魔力を持ってるのも珍しい。
俺はリアトの適正魔力を魔技能で確認する事にした。
兄弟とは言え、同じ適正とは限らないからな。
「ちょっと解析させてもらうぞ」
「おっ…!」
「“解析”」
リアトの胸に右手を添えて、俺は解析を始めた。
右手を軸に陣が出現し、数秒後には静かに光が消えて行った。
その間に、俺の脳内には“リアト・ヴァル・リザード”の情報が次々と流れ込んでいた。
「―――……成程」
「ヨ、ヨウ殿…?」
「うん。意外っちゃ意外だったけど、お前なら上手く使えるような気がする」
「それで……結局、俺の適正魔力は何なんだ?」
リアトが期待に満ちた目で俺を見ている。
勿体ぶろうかと思ったけど、これだけ期待してるようならさっさと教えてやろう。
「お前の適正魔力は、ずばり“氷”だ!」
「氷…!」
「あぁ。それも結構上級の氷属魔術が使えそうだぞ」
「本当か!!」
嬉しそうに尻尾を振りながらリアトが目を輝かせた。
「何という偶然か! 祖父と同じ適正魔力を俺も有していたなんて…!」
「お爺さんも氷使いなのか? それは良かったな。憧れの爺さんに一歩近づけるな」
「あ、あぁ、。しかし、ヨウ殿から上位の氷属魔術を譲渡してもらえる事で、ヨウ殿に負担が掛からないか?」
「まぁそれは、何とかなるっしょ」
「……」
曖昧な返答で余計に心配かけてしまった。
けど百種類以上ある内の氷属魔術の譲渡だ。
先の狩人との闘いで使用した“氷結ノ壁”等が使えなくなるけど、防御魔術は他にもあるし、問題無いだろう。
「譲渡したら相当な魔力量になる。体が魔力に慣れるまで時間かかると思うけど、お前なら心配ないだろ」
「分かった。有難く頂戴する。代わりに俺は何を譲渡すればいい?」
そう言いながらリアトは両手を広げて見せた。
言っちゃあ悪いが、銅級の冒険者に金銭的期待はそもそもしてないし、元は魔力も殆ど持たない存在だ。
魔術を譲渡しても、それ以外の同等の物をリアトに要求するのは酷という物だ。
俺はリアトが譲渡出来そうな物を考えた。
一つの元素の魔力を丸々譲渡するとなると……
「―――……じゃあさ?」
俺は考え抜いた末に、リアトが渡せる“同等の物”を思いついた。
―――けど正直、リアトがソレを良しとは言わないだろうなぁ……
一抹の不安を感じつつ、俺はリアトにソレを要求してみる事にした。