Story.37【動き始める“叛逆”】
約一秒の間に出した結論。
一応、話を最後まで聞いてみる―――だ。
グラジオは笑顔を絶やさないまま話を続行する。
「俺の予想だが、お前が手を貸してくれればある程度此方の被害も抑えられるし、勝機も増す。とは言え、お前は冒険者ではないし、騎士団員でもない。戦争に参加してもらう為には闘う資格を持つ必要がある」
「それで冒険者組合に登録しろと?」
「組合の登録が承諾されれば、後の世話は俺の討魔団で請け負うから安心してくれ」
「いやいや。安心も何も、俺は冒険者になる気はない」
「そうなのか? あの英雄級冒険者の弟子だと聞いたから、冒険者になる気なのかと思っていた」
「リアトか…」
話したなアイツ。
いや、もしかしたらナーさんの可能性もあるな。
どっちにしたって、師匠の弟子=冒険者という固定概念は捨ててほしい。
「そもそも、アンタももう知ってるだろ? 俺は人間じゃない」
「知ってるさ。けど、お前も勘違いしないでくれ? 俺達、グラジオ討魔団の請け負う仕事は主に『悪意ある魔族の討伐』だ」
「悪意ある?」
詳しい概要をマルが横から入って教えてくれた。
「理性を持たず、私欲を満たす為に人間に危害を与える魔族達です。場合によっては弱い魔族達も積極的に保護する事がありますね」
「“人外”は皆が敵って訳じゃない。蜥蜴人族に小人族に耳長族。友好関係が築ける種族は守りたい」
「へぇ? “討魔団”って名乗るから少し身構えてたんだけど……」
「お前は善良な存在だ。仲間に加える事に、誰も文句なんてないくらいにな」
「善良ね」
俺自身がその言葉に何とも言えない違和感を覚えたが……まぁ、いい。
「それにしたって、こんな得体の知れない相手を勧誘するか、普通?」
「たった今フラれちまったがな」
「残念」と言いながら、ワザとらしく肩を落として見せるグラジオ。
―――とは言え。俺も話を聞いた以上、放っておくのは気が引ける……
俺とアングは目を合わせた。
俺の意志を察したのか、アングは何も言わず口角を上げて頷いた。
「グラジオさん。俺は冒険者になる気はないけど、リアトやアンタ達とはこれからも仲良くありたい。だから、闘う資格とかよく分かんないけど、俺の協力が必要な時は遠慮なく言ってくれ。最優先で助けに来るよ」
「おう、そうか!」
「で、でも、良いんですか? どこにも所属してないと、仮に戦争で勝った時に褒賞金を貰えませんよ?」
マルが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
しかし、グラジオは「いや」と言って顎に手を当てて考え始めた。
「確かに組織に所属していなければ、高額報酬は期待出来ない。だが、戦争中に名誉ある功績を遺せられれば……もしかすると個人で莫大な金と名声を得るかもしれないな」
「別に報酬なんていいよ。友達の危機を放っておけないだけだし」
「何にしたって、俺達の力になってくれるなら心強い」
グラジオは手にしていた木製ジョッキをカウンターに置き、右手を俺に向けて差し出した。
「もしもの時は、よろしく頼む。お前の窮地にも、俺達は最優先で駆けつけよう」
「ありがとう。戦争が始まったら、ここに居る全員必ず生き残ろうな!」
俺はグラジオの右手を握り返した。
この時の“約束”が果たされるのは―――もう少し、後の話になる。
「アンチャ~ン! 次はお前ぇさんが付き合え~! リアトもアジューガも潰れて話になんねぇ! ガッハッハッハ!!」
「ヨ……ヨウ、どの……逃げ……ろ……」
酒でベロベロの高揚状態に出来上がったナーさんの足元で転がるリアトとアジューガ。
いつの間にか、その周りにはナーさんとの飲み比べバトルを肴に酒を飲むギルドの面々が群がっていた。
「あーあー。ウチでも酒の強い二人がやられたな…」
「ナスタ・チムさんに勝てる酒豪なんて居る訳ないのに…」
「アジューガ、リアト、ご愁傷様だな…」
見慣れた光景なのか、グラジオ達はやれやれと肩を落とした。
「どうしたぁアンチャン! 俺との勝負から逃げる気かぁ~?」
「オイ、樽型小人族! マスターを愚弄するでないぞ!」
「アッハハ。お手柔らかに頼むよ、ナーさん?」
俺は歓声沸き上がる渦中のナーさんと向き合い、審判を務めるバーの店主の合図で同時に酒を呷る。
約一時間後には21杯vs20杯で、俺が勝利した。
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所は、北方国家の魔王宮殿。
“加虐の魔王”と呼ばれる国王のアザミが、その背後に不機嫌そうに頬を膨らませるペティーニャと、少し距離を置いて対面する“堕耳長族”の美女と共に、雷鳴が鳴り響く一室で対談していた。
「……失敗したようだな? 何か言い訳があるか?」
氷のように冷たい視線と吐息を含み、アザミは美女を問い質す。
対する美女は一切の気負いも見せず、艶やかな唇を弧の字に歪ませて微笑み返した。
「申し訳ありませんわ、アザミ様。計画通りに狩人を利用し、今後の闘いで邪魔になると予想される冒険者共を一掃出来るはずでしたのに、まさかアザミ様と同じく無限の魔力を有する“魔王”が介入してくるとは夢にも思っておらず……」
「謝罪するなら跪きなさい……堕ちた耳長族の分際で魔王様に無礼でしょ……!」
美女の態度が気に入らず、ペティーニャが幼くも整った顔立ちを怒りに歪ませて吐き捨てた。
「あぁ! これはとんだ失礼を…! 何卒、命ばかりはお見逃し下さいませ…!」
演技掛かった大袈裟な動きで床に膝を着く美女。
その姿が、ペティーニャをより苛立たせる。
跪く美女を無言で見下し、アザミは小さく溜息を吐いた。
「まぁ良い。どの道、次の四方国戦争での我が国の勝利は揺るがない。死んで逝く弱者共の死に時が少し延びただけの事だ」
「あぁ、何と寛大なお心…! ありがとうございます…!」
「…………」
そう言って頭を垂れる美女。
ペロッと舌を出して笑っていた事に、ペティーニャは薄々気づいていたが、アザミの御前での私情を露わにする事をグッとを堪えた。
「それで? “半人半魔”の実力はどうだった? 少しは成長していたか?」
「えぇ。思っていた以上には……ですが」
美女は怪しく微笑み、アザミに視線を向けた。
「まだ、貴方様の御力に添える程の実力ではございません。まだまだ“魔王”の素質を引き出す必要があるでしょうね」
「そうか」
それを聞き、アザミは美女に新たに命令を授けた。
「“半人半魔”の監視を続けろ。ちょっかいでも掛けて私の戦力として十分な素質を引き出してやれ」
「畏まりましたわ。我らが魔族の至高なる王よ…」
そして美女は行動を開始する。
「叛逆の堕耳長族―――この“アジェッサ”の名に懸けて。必ずやその命、果たしてご覧に入れましょう」
“加虐の魔王”の密偵として―――
【ぷちっとひぎゃまお!】
妖艶な裏切り者―――『アジェッサ』
名前由来:紫陽花『変節』