Story.31【刺客、再来】
小人工房街の中心で、戦慄が走った。
赤い血の雫が宙を舞い、同時に、俺の“首”も宙を舞った。
リアトの首を刎ねようとした“騎士”の刃に斬られたからだ。
「い…いや…ッ」
俺の首が地面を転がる様子を目の当たりにしたマルの悲鳴が工房街に轟く。
「ヨ……ヨウ、殿……?」
胴体と切り離された俺の視界と耳が、リアトの絶望した表情と声を捉える。
一気に騒然とする工房街の中心で、俺の首を刎ねた騎士は小さく舌打ちした。
「……また邪魔をしてくれたな、小僧」
兜の中から響く声が色を変えた。
その声に、リアトが驚愕の視線を向ける。
「ま…まさか、貴様は……」
「ここまでよくしぶとく生き残っていたな、蜥蜴人族。だが、頼みの用心棒は貴様を庇って死んだ。出しゃばるからこうなるんだ。馬鹿め」
兜越しにでも、中の人物が下卑た笑みを浮かべているのが分かった。
騎士と思い込んでいたその人物は、リアトを執念深く追いかけていた刺客―――
「狩人…! 貴様ぁあああ!!」
リアトが涙を流して目を見開き、喉が裂ける様な荒声を上げた。
剣を構え、騎士に扮していた狩人と対峙する。
「吠えるな。貴様かこの小僧か、先に死ぬ順番が変わっただけの事だ。すぐに会いに逝かせてやる」
「ッ…!」
狩人の周りに“魔矢”が複数出現する。
抜刀して態勢を立て直すリアトと、その周りをアジューガ達やナーさんが囲んで戦闘態勢を取る。
「貴様等まで邪魔をする気か? 末端の冒険者はともかく、小人族まで関わられては少々面倒なのだがな」
「安心しな、クソ野郎……お前ぇは今此処で死ぬんだよ!!」
「よくも……よくも、ヨウ殿を……!!」
「馬鹿な事を。それ程この小僧の後を追いたいようで……」
と、殺意剥き出しのリアトとナーさんを鼻で笑っていた狩人が、ふと、首を刎ねられ突っ立ったままの俺の胴体に視線を向ける。
「………コイツは余程“生”に固執しているようだな。死んで尚も立っているとは、気色の悪い男だ―――」
そう言うと、片足を上げて俺の胴体を蹴り倒そうとした。
だが―――その足は、俺の右手に止められた。
頭の無い、俺の身体の右手によって。
「ッ!?」
狩人が声にならない声を発したのが分かった。
でもそれは狩人に関わらず、その様子を目の当たりにしたリアト達も同様だ。
「きっ…貴様、一体……―――ッ」
流石に怯えている様子の狩人の足を振り払い、俺は首の無い状態で歩いた。
その姿はきっとハリウッド映画並みにエグかった事だろう。
転がった頭では視界に捉える事が出来なかったが、声からしてマルが小さな悲鳴を上げたのが分かった。
俺の身体が頭を求めて歩み、ようやく見つけた頭を両手で掴み上げ、豪快に首の断面同士をくっ付けた。
肉と血と骨が重なる様な嫌な音がして全員の顔が蒼白するが、俺は今、自分の頭と胴体をくっ付ける事に神経を注いでいて皆の顔を伺っている余裕は無かった。
「―――………」
常人には理解出来ないだろうが、首の肉と骨が再び結合していく感覚が俺の脳に届く。
完全に首の断面が消えて、声を発する機関が再構成するまで、凡そ十秒。
「………よし、くっ付いた」
「よし、くっ付いた。じゃねーよ! どういう事だよソレ!!」
真っ先にツッコミを入れたのはアジューガだ。
どうやら彼はこの異常な状況下でも正常なツッコミを入れられるだけの冷静さはあると見える。
……て、それは別に今解析しなくて良いか。
俺は唖然とする皆を他所に、再び狩人へ向き直る。
「お前さぁ、弓矢の腕は良いクセに剣の腕はイマイチなんだな。切り目斜めでくっ付きにくかったぞ?」
「………どういう文句だ」
「ばっ…ばけ、ばけも…ばけ…!?」
狩人までツッコミを入れる始末だ。
その背後に隠れるローベリアはベソをかいて震え上がっている。
だが、ようやく俺も狩人と正面から対峙出来た。
「……ヨ、ヨウ殿……か?」
俺の華麗なる復活を目の当たりにして、今の今まで殺気と闘気が剥き出しになっていたリアトが目も口も名一杯開いて俺を凝視していた。
「おう、俺だよ。ビックリさせて悪いな」
「ビ、ビックリ……ビックリ何てものじゃなかったが……ヨウ殿は、大丈夫だったのか?」
「見ての通りだよ」
俺は切断された箇所をリアトに見せた。
もうどこにも斬り痕は残ってないが、衣服は首の位置からべっとりと血が滴っている。
「ヨウ殿……貴殿は、一体?」
「その話は、コイツを倒した後にするよ」
「ッ…」
目が合った狩人はローベリアごと後退した。
殺したと思っていた相手が動き出した上に元通り復活したんだから無理もない。
と、俺自身は余裕で狩人と再び対峙したのだが、後方からとてつもない怒り狂った魔力の波長を感じ取って振り返った。
そこには、俺ですら今まで見た事ない程の殺意を振りまくアングの姿があった。
「ッ~~~貴様ぁああああ!!」
銀色の毛並みが逆立ち、アングの体が徐々に大きくなっていく。
「ア、アング殿…!?」
「お、おぉい! どうしたんでぇ、犬っコロ!?」
すぐ傍に居たリアトとナーさんが思わず距離を取る。
大の大人すらも容易に見下ろせるほど大きくなったアングの姿に、冒険者のアジューガがハッと口を押えた。
「そ、そうか……銀狼は全長が最大で五メートルは超えるって聞いた事があるぞ!!」
「よくも…よくもアングのマスターに傷を付けたな……楽に死ねると思うなよォ!!」
アングの怒りの咆哮が工房街に響く。
アングから放たれる魔力の波長で、公道に出ている看板や鉢が吹っ飛ぶ。
このままでは余計な怪我人が出かねない。
俺は直ぐ様アングの前に躍り出る。
「落ち着け、アング! 俺は大丈夫だ!」
「ですが、マスター! 奴は貴方を…!」
「分かってる。ありがとうな。でもコイツを殺したら、今度はお前が国を追われる事になるぞ?」
「ッ……はっ。申し訳ありませぬ……」
冷静さを取り戻したアングは身体を元の大きさに戻した。
俺はアングの頭を撫でてやり、狩人に向き直る。
その背後でいつの間にか“蔓ノ呪縛”を解かれて自由になっているローベリアの姿が見えた。
「い、今のは、一体何が起きたのだ!? あの小僧は、何をしたのだ!?」
ローベリアが蒼白の顔で問う言葉は、俺とアング以外の全員が同等に思った事だろう。
「なぁ、マル? さっきのって“回復魔術”じゃねぇよな?」
「え、えぇ。違うと思います。あそこまで魔素の流れを感じない回復を見た事がありませんし…」
マルは恐る恐る俺を背を見つめた。
「まるで“不死種族”のようで……」
「ンな馬鹿なァ! “不死種族”は生気を持たない連中だぜ? アンチャンは見るからに人間で……だよな?」
「あ、あぁ…」
「ヨウ殿……まさか……」
元冒険者のナーさんを含む冒険者組が、薄っすらと俺の正体に気付き始めているようだ。
―――まぁ、知られたからと言って困る事は無い。どうせ長居はしないのだから……
俺はくっ付けたばかりの首を鳴らした。
通常通り機能してるのを確認して、再び狩人に向き直る。
「想定外の展開だったろう?」
「そうだな。先程、相まみえた時から、もしやとは思っていたがな…」
狩人の発する声に、焦りの色が見える。
「貴様、“人間”ではないな?」
「人間だよ―――二年前までね」
俺はワザと含みのある言い方をして笑った。
その笑みの所為か、狩人の発言の所為か、ローベリアはまたもブルーベリーの様な顔色に変わった。
「ひぃいっ!! ば、化物ぉお!!!」
ローベリアは俺が“人外”だと知り、狩人の背後に幅が収まりきらない身体を隠した。
「狩人ぁあ!! 吾輩を逃がすのだ! あの化物達を仕留めろぉ!」
「契約内容は『蜥蜴人の討伐と、それに加担する者の排除』ですが、流石に私も国法で守られた種族を手に掛ける事は出来ませんよ?」
「法など知った事か!! 蜥蜴人族も小人族も全滅させてしまえ!! 契約金は約束額の五倍支払ってやる!!」
「―――了解した。では、お逃げ下さい。後は私が……」
「た、頼むぞ!! 誰一人として生かすなぁあ!!」
そう吠えると、ローベリアは全身の脂肪を揺らしながら小人族工房街の出口へ向かって走って逃げた。
「待て!!」
「あのデブ…! 絶対逃がさねぇ!!」
リアトとアジューガ達冒険者組がすぐさまローベリアの後を追って行こうとした。
「行かせない」
「っ……!」
狩人は“魔矢”を出現させ、ローベリアの後を追おうとするリアト達に矢先を向けた。
怯むリアト達。
「動けば、殺す」
狩人の無情な殺意が、その場を静まらせた。