Story.30【一難去って】
《国王陛下! 我々の言葉が届いているならば、何方が罪深き犯罪者かお分かりになられるだろう! 是非、今度こそ正しい判決を下して頂きたい!!》
その声は、王城内の玉座の間にも届いた。
グラビアヌス国王陛下は玉座に鎮座したまま、その声に驚きを隠せずに居た。
「な、何じゃ? 小人族工房街で、何が起こっている?」
「そんな事より! 今の話聴こえただろう、叔父上!」
同じく玉座の間に居る、リアトと同じ冒険者のグラジオが声を荒げる。
「工房街で俺の仲間達がリアトの無実を証明してくれた! 正当な国王の判決を待っているんだ! 今すぐリアトを陥れよとした不届き貴族に、裁きを下す令状を俺に授けてくれ! 仲間の汚名は……俺が返上してやる!!」
「……陛下」
グラジオの声が玉座の間に木霊する。
最早疑い様の無いローベリアの愚行に、先程までグラジオと掴み合いの争いを始めていたドリトルトも陛下に決断を促した。
「―――………」
二人の視線を受け、南方国家の最高判決決定権保持者―――国王グラビアヌスの判決が下された。
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「ッ~~~き、さまぁああ!!!」
小人族工房街の公道。
縛り付けられながら地に伏せ、激怒する。
「許さん! 許さんぞ貴様等ぁ! よくも…よくも吾輩を陥れたなぁあ!!」
「どの口が言ってんだか」
「まったくだぜ!」
ナーさんが呆れ果てた表情をローベリアに向けた。
怒りに満ちた表情で身を震わせている。
そんなローベリアの周りでは、一連の騒動を終始立ち会った小人族達が歓喜に沸き上がった。
「よくやったぁ!! 気分が良いぜぇ!!」
「ローベリアに断罪を!!」
「一発殴らせろ!! この魔族差別者め!!」
「やっ…やめっ―――イタっ!?」
建物の扉や窓から小さなインテリアが次々とローベリアに向けて投げつけられた。
縛られているから反撃する事は勿論、除ける事もままならない所為で四割近くのインテリアが直撃していた。
打ち所が悪ければ致命傷になりかねないのだが、俺は敢えて助けたりしない。
「このままじゃ、どっちが悪者か分かんねぇな」
「なぁ~に言ってんだよ、アンチャン。もうコイツの悪事は王都中に知らしめたんだ。この期に及んでコイツを庇おうなんて思うヤツァ居ねーよ」
「まぁそうだろうけど…」
それにしたってこの絵面は酷い…
「マスター、マスター! アングも噛んで来てよろしいですか!」
「腹壊すぞ」
尻尾を振り回すアングの頭を撫でて制した。
ふと、視界にリアトと仲間達の姿を見つけた。
「リアトー!」
「リアトさーん!」
「うわーん! リアトォ!」
「お、お前達…! そんな一度に抱き着くな!」
ボロボロのローブを脱ぎ払ったアジューガ達は、人目も憚らず一斉にリアトに跳び付いた。
再会の喜びと、生き残った事への喜びの抱擁だ。
泣きじゃくる三人を、同じくボロボロのリアトが赤面しながら受け止めている。
「ははっ! 微笑ましいな?」
「ヨ、ヨウ殿…!」
からかってるつもりじゃなかったが、リアトには笑ってその様子を見ていた俺の姿が面白がっている様に見えたのだろう。
キッとした鋭い視線を俺に向けて来たが、赤面と抱擁している三人のお陰で威力半減だ。
「良かったな。ちゃんと仲間と無事に再会出来て」
「あ、あぁ……本当に、ヨウ殿には感謝しきれん……」
リアトが俺に感謝の言葉を発した瞬間、リアトに抱擁していたアジューガ達が一斉に俺に視線を向けた。
「あっ! アンタが、リアトを助けてくれたんだな!」
先陣切ってアジューガが涙を拭いながら近づいて来た。
そして俺の前に自分の右手を差し出し、何度も頭を下げる。
「礼を言わせてくれ! 俺達が証拠集めにモタついていた間、アンタがリアトを護ってくれてたんだろ? おまけに、ローベリアの悪巧みを白日の下に晒してくれた。これで、モドベキア公爵様の無念も晴らされただろう…!」
―――さっきからちょくちょく出て来るなぁ、“モドベキア公爵”って名前の人。
「モドベキアって人がどんな人だったかは知らないけど……無駄死にじゃなくなったなら良かったよ」
アジューガが差し出してきた右手を握り返しながら俺は答えた。
「それに、リアトはもう友達だ。助けるのは当然だろ。まぁ、護衛の見返りは要求してるけどな?」
「あ? ア、アッハッハッハ! そうか、リアトのダチか! なら俺等ともダチだな!」
アジューガは満面の笑顔で俺の背中をバシバシ叩きながら急にフレンドリーになった。
思った以上に力強くて咽返りそうになった。
「マスターに馴れ馴れしくするでない! 右に出る者居らずと知れた至高の魔術の使い手ぞ! 頭が高い!」
「おおっと! そいつは失礼したな、マスター殿?」
「ぜんっっっぜん気にしてないから!」
「そうか? じゃあ良いな! アッハッハッハ!」
アジューガは大笑いで流してくれたけど、今のアングの言い方は他人が聞いたら結構な確率でどん引かれるだろう。
自分で言ったわけじゃないのに、俺が恥ずかしい。
―――アングの俺に対する忠誠心は一から調教する必要性を考えないと……けど……
アングが良い子なだけに、それをするのも何だか悪い気がしてならない。
「とにかく。今の話を聞いて王城から誰か使いの奴が来るだろうから、早急にサルベニスさんの家族を保護してもらおう」
「だな。良かったなぁ、アンタ?」
「はっ…はい! ありがとうございます!」
サルベニスが泣きながら頭を深く下げた。
「礼なんか良いよ。アンタ自身が勇気出して証言してくれたお陰だ。それでリアトの冤罪が晴れたんだから、俺達こそ礼を言わないと」
「い、いいえ! 私が元よりローベリアに立ち向かえていれば、このような事には……」
「いやいや。アンタは一番大事な人達を優先して護っただけだ。誰もアンタの事責められないよ」
「で、ですが…」
「ちょいちょい! オッサンもニーチャンもさ? 元を辿れば全ての元凶はローベリアだ。お互いに守りたいモン守り通せたって事で、ここは握手で丸く収めようぜ?」
「そう言う事。ってな訳で、握手」
アジューガの提案に乗って、俺はサルベニスに右手を差し出した。
「あ……はい!」
サルベニスもおずおずと右手を差し出して、俺と握手した。
それにしても、骨ばった薄い手だ。
この手で力仕事の武器整備士をやっていると思うと、生計が立てづらかったのも仕方なかったのかもしれない。
―――ローベリアに足元を見られてしまうのも、致し方なかったか……
俺は余計なお節介とも思ったが、ナーさんに頼んでサルベニスの仕事の斡旋を協力してもらえないか話をしてみようと思った。
だが、その時……
「ヨウ殿。王城から使いの騎士が来られたようだ。ローベリアを引き渡そう」
リアトが指さす先に、甲冑を身に纏った屈強な騎士が一人で此方に近づいて来る。
「グラビアヌス国王陛下の命により、滞在人ローベリア公爵の身柄を引き取りに馳せ参じた」
甲冑の中で微かにくぐもった低い声音を発する騎士。
俺は直ぐ様、その騎士が放つ違和感を感じ取った。
―――騎士が“一人”? ローベリア一人の連行だけとは言え、少なくないか?
仮に逃がしでもしたらどうする気なんだよ、と不安に駆られる俺を他所に、騎士の登場で工房街の騒動に関わった全ての者達が安堵の声を発する。
「ようやくローベリアの年貢の納め時だな。リアトの手配書も廃止してもらわねぇと!」
「あぁ。これで、ようやく皆に迷惑を掛けずに済む…」
「全く。とんだ世話を焼かしてくれた蜥蜴でしたね。マスター」
「……ん? あぁ、そうだね」
発言は少々辛辣だが、それなりに心配していた様子のアングも含め、皆して気が緩んでいる。
たった一人の騎士の登場。
陛下からしてみたら、今回の事はさほど重大ではないと思われているのかもしれない。
―――いや。でも……
俺が違和感を感じ取っているのを他所に、小人族工房街の皆は騎士にローベリアを差し出した。
「頼むぜ! このクズの判決を陛下に急がせてくれ!」
「承知した」
ナーさんに言われ、騎士がローベリアの腕を持ち上げて立たせた。
見た目は屈強そうだが、両腕でローベリアを重そうに持ち上げる姿は何処か弱々しい。
騎士は徐にリアトの方へ向き直り、口を開く。
「貴殿の使命手配書を撤廃する為、本人確認と手続きが必要なので、ご同行願いたい」
「俺も?」
同行するよう言われ、リアトも騎士の方へ向き直る。
仲間のマルやライはリアトの両脇で喜色満面の表情を浮かべて喜んだ。
「良かったですね、リアトさん! これで本当に自由ですよ!」
「きっと団長もすぐ帰ってくるだろうし、ようやくグラジオ討魔団の再集結だな!」
「そ、そうだな。少し行って来る」
マル達に背を押され、リアトが疑う様子も無く騎士の許へ近づいて行く。
「では、ヨウ殿。後程な」
「……あぁ」
何の警戒も無く騎士に近付くリアトを他所に、俺はその様子を心配で見続けた。
―――やっぱり……少し奇妙だ……
騎士に失礼を承知で、俺は“魔力探知”を密かに発動した。
そして―――
「ッ―――リアト!!」
身に覚えのある魔力に反応して、俺は瞬時に動いた。
「はッ…!」
リアトも異変に気付いた時、既に騎士の手から剣の刃が抜かれていた。
「リア―――」
近くに居たアジューガ達も遅れてそれに気付くが、間に合う訳もない。
「死ね」
兜の下から発せられる凍える様な声音。
「“交代”!!」
リアトの首に、騎士の抜き放った刃が食い込む寸前。
俺は魔術でリアトと自分の立ち位置を“交代”して……
俺の首が宙を舞った―――




