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被虐の魔王〜異世界で家族になる〜  作者: 葉月十六夜
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Story.29【真実の声】


《私はローベリアに、そちらの蜥蜴人族リザードマンの犯行に思わせる為、修理に出されていた彼の武器を渡すよう様に言われました……》


 武器整備士の男、サルベニスは虫の鳴くような声で、真実を口にする。

 “拡声ラウド・ボイス”の効力によってそんな小声も王都中に響く中、縛られて地に伏せるローベリアの顔が見る見る内に青ざめていく。


「私は貧しい武器整備士です。妻と息子と暮らし、毎日、ひもじい思いをさせてしまいながら暮らしていました……そんな時、そちらの冒険者さんから、武器整備の依頼を受けさせてもらったんです……」


 顔色の悪いサルベニスは両手の指を絡ませ、震えを抑えながら、ゆっくり、ゆっくり、確実に口を開く。

 「そちらの冒険者」と言って向けた視線の先から、リアトの事だと分かる。


「小さな短剣を一つ預かりました。それでも、貰いすぎな程の整備料を頂いて、依頼で留守にする間の管理を任されていました」

「んだとぉ? おいリアト、お前ぇ何で俺ンとこに持って来なかった? いつも俺が武器の世話してやってたろが!」

「いや、それが…」


 サルベニスの言葉に対し、リアトに向かって憤慨するナーさん。

 その剣幕に押され、リアトが戸惑いながらも説明する。


「それが、その日もいつもの様にナスタ・チムさんに武器整備の依頼をしようと伺ったんだが、表看板が“休業”となっていたので、俺はてっきり休みなのだと思っていたのだ。店の中を覗いてもカーテンが閉め切られていて…」

「何ィ!?」


 ナーさんの額に青筋が浮き出る。


「ウチは何時だって決まった時間に必ず店開けてんぞ! さては、サザン! お前ぇ看板直さなかったなぁ? 手前ぇで手前ぇの稼ぎ減らしてどうすんだこの馬鹿タレが!!」

「はぁ!?」


 それに対してサザンも額に青筋を浮かべて反論する。


「ンな訳無ぇッスよ! そんな事したらアンタにぶっ殺されるって事ぐらい嫌ってぐらい理解してるッス!!」

「はぁ? んじゃあなんで…?」

「もしかして…」


 戸惑いを見せるナーさん。

 そんな会話を聞いて、俺はある可能性を思いついた。


「幻術じゃないか? 高度な術なら近づいても幻と気付けない事があるだろ?」


 触れられれば幻だと気付かれる上に、魔力探知があればすぐに見破れる魔術だが、当時のリアトの様に魔力がほぼ無い状態の相手に、幻術の効果は絶大に効く。


「もしリアトが店のドアを開いてしまえば幻術は意味を無くすけど、普通は“休業”って看板が出てる店の扉を態々開けないからな。カーテンも閉め切ってたんなら尚の事、視覚情報からも“店は開いていない”と思い込むのは当然だ。上手い具合に騙されたんだな、きっと」

「成程そうか! あれは幻術だったのか!」


 それを聞いて、手を打って納得するリアト。

 その後頭部をナーさんが鈍い音を立てながら殴った。


「何で気付かねぇんだよ! お前ぇそれでも冒険者の端くれか!」

「も、申し訳ない……」


 リアトは殴られた後頭部を擦りながら申し訳なさそうに頭を垂れた。

 殴られたリアトより、殴ったナーさんの方が拳を擦って痛そうにしている。

 石頭なのか、頭部も覆う鱗が頑丈なのか、何方にせよリアトは平然としていた。

 

「ナーさんの所がダメだったから、このおじさん(サルベニス)の所に依頼先を変えたのか?」

「偶然にも、店の前で困っている時に其方の武器整備店を紹介してくれた人物がいたのでな」

「紹介?」

「あぁ。この辺りでは見かけない顔だった。俺に店を紹介すると、その者もすぐ何処かへ行ってしまって…」

「……」


 ―――そんなタイミング良く現れるもんかね?

 

 恐らく、俺以外にもそう思った奴が何人も居ただろう。

 その偶然にも現れた紹介人とやらもローベリアの息が掛かった奴なら、計画通りに事が運ばれたって訳だ。


「それで? まんまと騙されてやって来たリアトの武器を預かった矢先に、このデブが犯行の協力者になるよう話を吹っ掛けて来たと?」

「そうだ。ローベリアが私の店に兵士を数名連れて押しかけて、こう言った―――」


 “蜥蜴人族リザードマンの武器を此方こちらへ渡せ。吾輩が此処へ来た事は他言するな……もし他言すれば―――”


「もし他言すれば―――店諸共……私の妻子の命は無いと……!!」

「何だと!?」


 悔しさで奥歯を強く噛み締めるサルベニス。


「家族を人質に脅されたって訳か。それで仕方なく偽の証言をするしかなかったと……」

「本当に申し訳ありませんでした! 私も、家族を守りたかったとは言え、この様な間違いを…! どうかお許し下さい…!」


 サルベニスは涙ながらに地に額を擦り付け、土下座した。

 サルベニスの嗚咽が工房街に響き、小人族ドワーフ達も騒めく。

 その姿を見たリアトの全身が、大きく震え始める。


「ッ―――この外道がァ!!」

「ちょっ、リアト!」

「んむぅうう!! ぷはっ―――ぎゃあああ! や、止めろぉお! 吾輩に近付くなぁあ!!」


 先程までの冷静は何処へやら。

 怒りが頂点に達したリアトが、俺が鷲掴みにしていたローベリアの胸倉を掴み上げ詰め寄る。


「そこまで! そこまでするのか!? 何の関係も無い民の命までも己の目的を果たす為の道具にしおって!」

「ひぃいい…!! ち、近寄るなぁ…!!」

「そこまで俺の存在が憎ければ、直接俺を狙えば良いものを!! 貴様は…貴様はぁあ…!!」

「リアト! ちょっと落ち着け! アング…!」

「はっ!」


 ローベリアを絞め殺しそうな程の力を込めるリアトを強引に引き離し、その隙にアングがローベリアの襟を咥え引き摺って距離を離す。


「おい、リアト。本当にこいつを殺したら、今までの苦労が全部無駄になるだろう?」

「はぁ…はぁ…す、すまない、ヨウ殿。だが、今の話はどれだけ取り繕おうが許す訳にはいかない! 今すぐに彼の家族を解放しろ! ローベリア公!」


 リアトが理性を保ち直し、強く叱責した。

 小人族ドワーフ達もそれに便乗する形で口々にローベリアを責める。


「そうだ! 解放しろ!」

「お前のやってる事の方が犯罪じゃねぇか!!」

「リアトの告訴を取り下げろ!!」

「ぐっ…ぐぅう…」


 逃げ場の失ったローベリアが、地に伏せたまま体を震わせた。


「罪を認めろぉお!!」

「往生際が悪いぞォ!!」

「っ……み、認めん! 吾輩は間違っておらん! 吾輩は……偽りなど申しておらん!!!」


 この期に及んで、断固として自分の非を認めないローベリア。

 そろそろリアト以外の小人族ドワーフ達もこの自己中デブを殺しかかりそうな雰囲気だ。


 ―――仕方ない。


 俺は溜息を吐いた。

 地に伏せるローベリアの目線までしゃがんで、話しかける。


「じゃあローベリアさんよ? “もう一人の証人”に確かめるか?」

「は…はぁ?」


 俺の発言に、ローベリアが間抜けた声を発した。


「どうせアンタがどれだけ取り繕おうが、此処での会話はこの王都中に届いている。少しでも矛盾があれば、王都の誰かしらが反応を返してくれるだろうよ?」

「な、何を言っている…?」


 汗が止まらないローベリア。

 そんなデブを無視して、俺は“拡声ラウド・ボイス”の魔法陣を自分の前にも出現させた。

 そして大袈裟に声を張って喋る。


「ローベリア公爵殿? アンタは確か此処に来てリアトを捕縛するにあたって、“国王陛下が直々に出された”令状を持ってきたんだよな?」

「! あ、あぁ…いや…その…」


 顔面蒼白のローベリアの曖昧な返答。

 声が“拡声ラウド・ボイス”に入らないように物凄く小声で喋っている。

 

 ―――さて。そろそろ本当にこの茶番を終わらせてもらおう。


「このローベリア公爵殿は、リアトを告訴した張本人であり、令状を持って俺達の前に現れた。もしこの令状が偽物なら、これは計画された―――魔族嫌いによる過剰差別行為であり、計画的な罪の擦り付けだ!」

「ッ―――こ、小童ぁ…!」


 俺に対し、恨めしそうに唸り声を上げるローベリアだったが、当然俺はガン無視してやった。


「そうだ! 本当にグラビアヌス陛下が出された令状なら、サウサード王家の紋章が有るはずだ!」

「王家の紋章は魔術で刻印されるから偽造は出来ねぇ! 確認しろ!!」

「だってさ。俺は王家の紋章見た事ないから誰か確認してくれるか?」

「お、おうよ!」

「やっ…止めんか貴様ぁあ!!」


 縛り付けのローベリアを他所に、率先してアジューガが令状を拾い取り隅々まで確認する。


「………」

「ア、アジューガさん?」

「ど、どうだ!? どうだった!?」


 不安に駆り立てられ、マルとライがアジューガに声をかける。

 リアトも不安そうに返答を待つ中、暫く令状を睨み続けているアジューガが―――口角を上げた。


「―――無い」


 そして勝ち誇った顔で、令状を破り捨てた。


「偽モンだ!! こん畜生がぁあ!!」

「っしゃー!」

「やったー!」

「はぁ…!」


 ビリビリに破り捨てられていく偽の令状。

 マル、ライ、そしてリアトは歓声をを上げる。

 

「デ、デタラメじゃあ! それは紛れもない陛下からの―――ッ!」

「どうしたローベリアさんよ? 最後までちゃんと言ってみろよ? 国王陛下から“直々”に授かった令状だってよ?」

「そ…それは…」


 たじろぐローベリア。

 それに追い打ちをかける様に、サルベニスが「それから!」と言葉を続ける。


蜥蜴人族リザードマンを目撃したという民の証言。あれも、公爵が金を握らせた不逞の輩の仕業です! 私の動向を見張っていた兵士達が、堂々と笑い話にしていた!」

「その兵士達ならマルの“昏睡”の魔法でおねんね中だぜ」

「へぇ?」

「ッ……」


 ローベリアの汗まみれの顔が引きつる。

 それはもう、絵に描いて後世に残して置いてやりたいほどの、悔しさと恐怖が入見だった“負”の表情だ。


「………」


 俺はその顔を見下して、嗤った(・・・)


 ―――あ、やべぇッ…!


 俺は咄嗟に、つり上がった口元を手の平で覆った。

 その様子に気が付いたリアトは、不思議そうに俺の顔を覗き込む。


「ヨウ殿、どうかしたか?」

「いや、何でもない! このまま行けば、お前の無実が表明出来そうで、安心しただけだ」

「それもこれも、ヨウ殿の協力あっての事だ。感謝する…!」

 

 リアトは嬉しそうに微笑むと、駆け寄って来たナーさんの方へ視線を向けた。 

 誤魔化したが、今の俺の表情を見られる訳にはいかない。

 お世辞にも、友人リアトの無罪放免を喜んでいるような笑みではないからだ。

 俺は視線を再び地に転がされたローベリアに向ける。

 ローベリアは依然として絶望に塗れた悲痛の表情で震えあがっていた。


「………ッ」


 ―――あぁ、ゾクゾクするぅ……!


 ローベリアの姿が、無様で、愉快で、滑稽だった。

 俺の心が震える程喜ぶ感覚が沸き起こる。

 “半人半魔デミ・アンデッド”……その()の方の本能が、人間の“負”の感情をチラつかされた事で昂る。


 ーーークソッ! ()()かよ…!


 ソイツ(・・・)は、二年前から……強いては転生した時から、俺の中に存在する―――もう一人の()だ。

 最初に自覚したのは何時だっただろうか…

 認知したく無い存在が、俺の耳元で甘く囁いて来る。


【 もっと絶望させてやれ 醜態を公衆の面前で晒してやれ 貶せ 穢せ 陥れろ この男の無様が娯楽だろ? さぁ? さぁ さぁ さぁ! 】


 俺は必死に昂る“欲”を押し殺した。


 ―――駄目だ! 耐えろ! 師匠せんせいとの約束だろ…!


 それは、師匠せんせいに修行を付けてもらう事になった、最初の1年目に言われた事だ。


 ――――――――――――――――――

 ―――――――――――――――

 ――――――――――――


「―――ヨウ。お前さん自身、流石にもう自覚しているだろう。お前さんの中には、お前さんの考え方と()を成す存在が居る。もし今後、お前さんがソイツの意志に支配され、人々に害を及ぼすような邪悪な変貌を遂げた時は……アタシはお前さんを―――」


 その時の師匠せんせいの辛さを帯びた表情を思い出し、俺は“もう一人の俺”の片鱗を押し殺した。


 ―――居るのが分かってるのに対処する事が出来ないなんて……困った人格が滞在してくれてるもんだな。


「……さて」


 俺は落ち着きを取り戻し、再び“拡声ラウド・ボイス”の魔法陣を自分の前に出現させる。


「最後の仕上げと行こう!」


 俺は工房街に居る皆に見守られながら、この茶番を終わらせる為の言葉を王都中に響かせる。


「国王陛下! 我々の言葉が届いているなら、何方どちらが真なる罪深き犯罪者かお分かりになられるだろう! 是非、今度こそ正しい判決を下して頂きたい!」


 俺の声が、王都に、王城に、国王の耳に届く。


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