Story.27【希望の光】
「こ……こんな……こんなはずでは……!!」
小人族の工房街の中心で膝を着くローベリアの、悲痛の感嘆が響く。
「クソォ! 何故だ!? 何故こんな事にぃい!?」
遂には子供の様に癇癪を起こしながら地面を握り拳で叩きまくる始末。
最早貴族の威厳など皆無だ。
見てて滑稽だけど。
「リアト。お疲れ」
「ヨウ殿こそ、まぁ貴殿なら無事で当然か」
リアトは剣を鞘に納め、俺と共にローベリアの前に並んで仁王立ちした。
無論、ローベリアは悲鳴を上げて、尻を地に着いたまま後退った。
「く、来るな化物!! こ、この吾輩を誰と思っておるかぁあ!?」
「ただの自己中デブだろ」
俺は間髪入れずに断言した。
ローベリアは恨めしそうに俺を睨んだが、一歩前に躍り出たリアトに恐怖して、更に後退って行った。
「ローベリア公爵殿。人類として、その尊厳を守り通す姿勢。正直、感服した」
あろう事か自分を殺しにかかった相手を褒めるリアト。
ツッコミを入れたくなったが、その口調とは裏腹にリアトの怒りが立ち込める雰囲気に推され、俺は口を閉ざす事にした。
「しかしながら……貴殿の所業は、国が定めた人魔和平協定に反する行いである。それどころか、俺を庇い守ろうとしてくれる者達へも危害を加えた。人と魔族の間にどれだけ過去の因果があろうが、それを許す事は俺には出来ん!!」
リアトは血が滲み出る程に拳を握った。
正論に言い返す事も出来ず、ローベリアは苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。
……だが、すぐに口角を上げて、下卑た笑みを取り戻した。
「は…はははっ! 吾輩を許さんだと? ではどうする気だ? その剣で、吾輩の首でも刎ねるか?」
「そんな事はしない。ただ、俺に掛けた冤罪を撤廃してほしいだけだ」
そう、それに尽きる。
元々、この惨状は全てローベリアがリアトに掛けた冤罪の所為で起きた事。
それを撤廃させるだけで、全てが丸く収まる。
―――まぁ、このデブには遺恨は残るだろうけど…
その時はその時で、今度こそリアト達が何とかするだろう。
後は上手い事冤罪を晴らせれば一件落着なのだが……
「ふ、ふふ…アッハハハハハ!!」
………そうは問屋が卸さないってね。
ローベリアは大口を開けて笑い始めた。
流石に不穏な空気感が辺りに充満する。
「な…何が可笑しい…?」
先程まで優勢だったリアトまでも、不安に駆られ始めた。
そして―――
「馬鹿めが!! お前は貴族殺しを働いた重罪人だ! その事実が変わる事は無い! 断じてなぁ!!」
「ッ……貴様…!」
ローベリアは勝ち誇ったように笑い続けた。
「貴様は指名手配されたままだ! だというのにこの公の場で、貴族である吾輩に対し剣を向けた! これは最早貴族殺し容疑の動かぬ証拠となろう…!!」
「き、汚ねぇぞ…!!」
ナーさんがアングの後ろから吠える。
アングがその場で制したが、ナーさん以外の小人族達も殺気立ち始めた。
「どうした蜥蜴? 証拠を持って来んと、貴様の無実は証明されんぞ? とは言え、逃げ回っていただけのお前に証拠集めなど出来る訳が無かろうがなぁ!? ガハハハハハッ!!」
「くっ……」
「………」
リアトはこれ以上の成す術が無く苦悩していた。
こんなクズ相手でも、リアトは殺しはおろか、脅しもしない。
生真面目な性格が裏目に出ている。
ローベリアは相変わらず地に尻を着いたまま、小刻みに震えている。
こんな状態の相手、脅しをかければすぐに折れそうなのに……
―――仕方ない。汚れ役は俺が引き受けてやるとしよう。
まぁ俺も、リアトが汚い手段を用いて弱者を陥れようとする姿は見たくないしな。
「リアト。交代してくれ」
「え…ヨ、ヨウ殿…?」
「な、何だっ…!?」
俺は委縮するリアトの肩を引き、ローベリアの前に屈んで、顔を合わせた。
流石に距離を詰められたローベリアは顔面蒼白になって怯える。
この姿だけでも大分滑稽だ。
ここに国王や王都の住民が居ないのが残念だ。
「なぁ? もうアンタを守護する近衛兵は誰一人も居ないんだ。いい加減、冤罪を吹っ掛けたって認めて、リアトとその仲間達を自由にしてもらえないかな?」
「だ、だから…! 何度も言わすでないわ! そこの蜥蜴人族こそ、この領地を治めていたモドベキア公爵を刺殺した重罪人! ここでソイツの罪を見逃す事こそ重罪!! ソヤツに斬首刑以外の道は無い!!!」
「………ほぉ?」
俺が、今すぐコイツを斬首刑に処したいと思った事は言うまでも無いだろう。
俺の端的な返答にローベリアは嫌な予感を察知したのか、大きく開けていた口を閉ざした。
ローベリアが黙った瞬間、小人族達が口々に非難の声をあげる。
「ウソだ! どうせ権力を行使して、偽の証言や口止めさせてるだけだろう!!」
「そうだそうだ!!」
「アンタだってモドベキア様と仲違いしてただろ! 邪魔になったから殺したんだろう!!」
「や、喧しいわ!! それこそ証拠があるものなら持って来るが良い!! どうせ何も見つからんさぁ!! ダーッハッハッハッハ!!」
確かにコイツには、偽りとは言えリアトが犯人に特定されるだけの証拠を揃えている。
全て金の力だろうが、それ以上に話を合わせた連中には、真実を話した際の“代償”を科されているだろう。
身内の安全、自分の命、この国で生きられなくなるだけの重い“代償”が……
かく言う俺達には、未だ証拠が無い。
「リアトの貴族殺しは絶対だと……気が変わる事は無いんだな?」
「当たり前だ! この命に代えても、コヤツの有罪を主張し続けてやるわ!」
「………」
―――言い切ったな。コイツ…
「はぁ〜。なら仕方ないかぁ~?」
「?」
俺はわざとらしくガクンと首を項垂れて見せた。
不思議そうな顔をするローベリア。
俺は少し間を置いて、「ニコッ」と効果音でも鳴りそうな作り笑いを向けた。
「じゃあさ? お前を痛めつけて、嫌でもリアトが無罪だと言わせてやるって言ったら―――どうする?」
「は………はぁ?!」
「ヨ、ヨウ殿…!?」
ローベリアは間抜けた声を発して、間もなくブルーベリーの様な真っ青な顔色を浮かべた。
まさか本当に危害を加えられるとは思っていなかったのだろう。
「わ、わわ、吾輩を…痛めつけるだと…!?」
「あぁ。証拠が揃っていようが、それら全てが偽物だろうが関係無い。要はお前の口から『リアトは無実だ』と言わせられれば良いだけだからな?」
「そそそそのような証言など何の意味も無いわ!! 悪足掻きは止してさっさと蜥蜴人族を差し出せば―――んぐっ!?」
「あーダメダメ。アンタが言わなきゃならないのは『リアトは無実』の一択だけだ」
「んむうう!! んむぅううう!!」
俺はローベリアの顔を鷲掴みにした。
とは言え、顔全体が脂肪で覆われて常人より一回り大きい面積を掴むのは難儀だから、“黒竜ノ爪剣”を発動して掴んだんだけど。
鋭利な爪が特徴の外装甲殻の魔術だ。
当然、爪が触れた顔面の皮膚は軽く裂ける。
「ひっ…ひぃいい…!!」
「この程度で悲鳴を上げるなよ。お前はこれ以上の恐怖と痛みをリアト達に与えて来たんだぞ?」
「っ…ふぅっ…むぅう…!」
「さぁ、どうする? このまま顔面を八つ裂きにされるか? リアトに掛けた冤罪をお前の口から無かった事にするか? さっさと選べ―――」
駄目押しに、生身の人間の精神に負担がかかる程の魔力をローベリア一人に向けて放出する。
途端に涙を流し、全身を異常な程震わせるローベリアは、塞がれた口を精一杯に動かし、俺に懇望した。
「じょ、じょうが……ゆふひでぐだはい……いのひばけば……じょうが……」
「なら正直に答えろ。お前がモドベキア公爵を殺し、リアトにその罪を擦り付けて犯罪者に仕立て上げたんだな?」
「っ……ふっ……」
「どうなんだ?」
ローベリアは、ここまでしても首を縦に振らなかった。
流石は噂通りの“魔族嫌い”と言うべきか……筋金入りも良い所だ。
「ヨ、ヨウ殿? 気持ちは嬉しいが、これ以上その様な膨大な魔素に中てられは、ローベリア公が精神崩壊してしまうので、その……」
「………」
―――ほんっと~に! このお人好しめ!
事もあろうに、リアトはローベリアの心配をし始める。
これじゃあまるで俺が悪いことしてるみたいじゃん、と言う不満はあったが、ぶっちゃけ俺もリアトと同じ事を思った。
でも、ここで引き下がったら、多分コイツはもっと調子に乗っちゃうと思うから止める訳には行かない。
―――う~ん。何かもっと良い手段は無いか? コイツが素直に自白して、尚且つ今後リアト達にちょっかい出さないように出来る手段は……
俺はローベリアの顔を鷲掴みにしたまま思考した。
「ふっ…ふひひ…」
俺達がこれ以上何も出来ないと思ったのか、鷲掴みにされているローベリアの目が三日月の様な弧を描いて笑った。
―――クソ腹立つなこのデブ…!
俺はローベリアの顔を掴む指に、少し力を入れてやった。
「んぐぅっ!!」と悶えるローベリアだったが、正直次の手を打てない事には、時間を無駄に浪費しているに過ぎない。
―――仕方ない。一度気絶させて策を練るか…?
俺は魔力放出をローベリアに一点集中させ、精神崩壊とまで行かないギリギリの所まで追い詰め気絶させてやろうと目論んだ。
しかし、突如公道に響き渡った声によって、状況が大きく変動する事になる。
「証拠なら、見つけて来たぜぇ!!」
絶望的な状況を打ち消す“希望の光”。
その灯火によって―――