Story.23【交渉成立】
「この短刀。売れ残りにしては随分良質な出来だよな」
「そりゃそーっスよ。俺の自信作なんスからね」
「かーっ!なぁにが自信作だ?下手なくせに刀身に掘り込みなんざチャラついた事しやがってよぉ。お陰で見た目が不細工になってらぁ!こんなモン、いくら切れ味が良かろうが客には色物にしか見られねぇよ!」
「耐久度は群を抜いて良いでしょ!?」
何やら鍛冶職人と見習いの口喧嘩が始まってしまった。
リアトが心中不安な状態で待ってもらってるし、さっさと話しを進めたい。
俺は大きく咳払いした。
「こんな良い物をタダであげるなんて、リアトには待遇良かったんだな」
「そんなんじゃねーよ。アイツは只でさえ魔族で、未だに人類主義の奴が多い王都じゃ毛嫌われてる。おまけに真面な稼ぎにもならねぇ冒険者なんぞやってるから、まぁ~しょっちゅう金が無ぇってボヤいてた」
「まぁ銅級じゃ、碌な仕事貰えないだろうしね」
「元々いた蜥蜴人族の故郷から持ってきたっつー刃こぼれだらけの剣を見せられた時は、アイツの未来に殉職した末路しか見えなかったよ」
「だからタダで武器を?」
「全部が全部タダじゃねぇ。分割にしてやって、アイツが暮らしていけるだけの金を残してやってたさ。いつか冒険者を辞めて、何不自由なく暮らしてた自分の故郷に帰れるようにな……」
「けど…」とナスタ・チムは続けた。
「アイツと来たら、金も無ぇくせに俺の作る武器ばっか買いに来てな。もっと安い武器商人を紹介してやっても、俺の店を贔屓してくれてたんだよ」
「“蒼薔薇”の武器を作った店だから?」
「ハハッ!それもあっただろうがな。つーかお前ぇ、知ってたのか?」
「その“蒼薔薇”が俺の師だからね」
「へぇ~そうか―――えぇッ!?」
さっきまで眼光鋭かった切れ長の目が、驚愕に見開かれてまん丸くなった。
隣に並ぶサザンも同じ顔してた。
「何だよ信じらんねぇの?ホラ」
腰に携えてた師匠譲りの剣を見せた。
身を乗り出して凝視してくるナスタ・チムは、じっくり観察した後、ポツリと「間違いねぇ」と零した。
「い、いや待て待て!“蒼薔薇”は現役だった頃から仲間はおろか誰とも組まない事で有名だった一匹狼女だぞ? そんなヤツが弟子取ったってのか?!」
「多くは語れない深い事情があってね」
「なんでぇ、そりゃあ?」
「気にしないで」
俺は笑って適当に流した。
半人半魔という事を出来るだけ隠しておかないと、どんな厄介事を招くか分かったもんじゃない。
「話逸れてきちゃったから戻すけど、アンタにとって、リアトは自分の商品を贔屓してくれるってだけの客だったのか?」
「………それなら良かったかもなぁ。今回の騒動もそれだけの関係なら、さっさと見捨てて、面倒事から回避出来たのによ」
ナスタ・チムは語った。
自分の店と武器を好いてくれるリアトの事を。
冒険者になって暫くして、ギルド一の討伐隊『グラジオ討魔団』の団長こと、グラジオに認められて仲間に加えられた事を一番に報せに来ては、開口一番に「ナスタ・チムさんのお陰です! ありがとうございます!」と涙ながらにお礼を言って来たらしい。
俺の時もそうだが、受けた恩に対して献身的なまでに礼を尽くす態度はリアトの長所だ。
人情に厚い小人族が気に入ってて当然の事だろう。
「冒険者と武器商人ってのは、ある種の運命共同体だ。どっちかが欠ければ、どっちも成り立たなくなる。俺から言わせりゃあ代金を一括で支払えねぇ迷惑な客だが、アイツが冒険者として少しずつでも前進してってるって話を聞くと、自分の事みてぇに嬉しかったもんだぜ」
そう言い終わる頃には、ナスタ・チムはそのゴツい手を力強く握りしめていた。
「今回の事、何かの間違いだと思いてぇが、生憎と無実を証明出来るだけの証拠が揃ってねぇ。一足早くこの店に来たリアトの仲間も、証拠集めの為に出て行ったっきりだ」
「おぉ! じゃあアイツの仲間は無事だったんだな?」
俺は歓喜の声を上げた。
―――良かった。これでリアトにも吉報が報せられる…!
「あぁ。だが時間の問題だ。捜索隊が近々ここにも来る」
ナスタ・チムは小窓から外の様子を伺った。
「リアトの事は匿ってもらえるのか?」
「………」
ナスタ・チムは真っ直ぐ俺を見据えた。
話をする中で、俺が嘘を吐いていない事は理解が得られたと思うが……
俺も内心で不安になりながら、ナスタ・チムの返答を待った。
「………リアトに会わせろ。アイツの仲間が証拠を掴んで無事に帰って来たら、ソイツを武器にクソッたれ貴族の鼻圧し折ってやらぁな!!」
ナスタ・チムは鼓膜が破れん程の大声でそう意思表明した。
それを聞いた俺から不安が消えた事は言うまでも無い。
「交渉成立だな。リアトを連れて来る」
「あ~!もうナーさんってばまた面倒事を~!」
「うっせぇ!お前ぇはさっさとアジューガ達にリアトが来た事伝えて来い!!」
「うへぇ~」
サザンは心底面倒臭そうな顔で店の外へ出て行った。
店から出た途端に、さっきまでの気怠さが嘘の様な足の速さで駆け出した。
つか、足速っ。
「へっ!何だかんだアイツも、リアトが心配だったんだろうよ。素直じゃねぇのは誰に似たんだかなぁ?」
「十中八九アンタだと思う」
思わず口に出した言葉に、ナスタ・チムの突き刺すような眼力をして反応した。
目があったら殺されそうだったから、俺は視線を大きく逸らし、“遠隔会話“でアングに呼びかけた。
「アング。聞こえるか? 話が付いたから、今からリアトを連れてコッチに―――」
しかし、言葉尻を食う様にしてアングの強張った声が俺の発言を遮った。
≪マスター、緊急事態です…!≫
「!」
俺は店の窓から外を見た。
いつの間にか、外には甲冑に身を包んだ兵士の軍勢が剣を携えて整列していた。
そしてその軍勢の先頭に立って下卑た笑みを浮かべる小太りの貴族の姿。
「これより重罪人リアト・ヴァル・リザードの捜索を行う! 匿う者は同罪と見做し、この場で斬首刑に処すと心得よ!」
小太りの貴族はその手に書状の様な物を掲げていた。
「アイツは?」
「この国の貴族派閥の筆頭でもあるローベリア公爵だ。水面下で他国の闇商人とも金のやり取りしてるって黒い噂が絶えない下衆野郎だ」
「下衆野郎ね。確かにあの笑顔は下衆の極みだな」
こうも全面的に悪人臭を漂わせられる者も珍しい。
貴族は書状を工房街にいる者達に見せつける様に掲げている。
恐らくは捜査令状だろうけど……
―――どうも匂うな。偽物なんじゃないか、アレ…?
金に物を言わす輩ならよく出来た偽の令状も簡単に作れそうなもんだ。
とは言え、リアトが此処で捕まってしまえば裁判も待たずにこの場で斬首されそうだ。
殺してしまえば後から文句を言われようが、時既に遅し。
多少の事なら金で黙らせるだろうし、国王にだって、リアトが捕縛する際に襲い掛かって来たから正当防衛で殺したと、でも言ってしまえば証明しようがないから信じるしかなくなる。
「さて。面倒になったな、これは……」
俺は舌なめずりして、これから起きる一騒動を前に身構えた。