Story.18【狩人】
結構な時間が経った。
アングの鼻は豪語するだけあって確実にリアトの仲間の許へ誘ってくれている。
とは言え、如何せんリアトが囮となって仲間と別行動をとってから時間が経ち過ぎている。
「見つからないな」
「申し訳ありません、マスター…! このアング、一生の不覚…!」
「匂いはまだ追えてるか?」
「はい! 雨と探知阻害の魔法の効果で相当薄れていますが、この銀狼族に嗅ぎ分けられぬ匂いではありません!」
「だったら不覚に思うのはまだ早いぞ。追手より先に見つけ出せたら大手柄だ」
「マスター、必ずや見つけ出して御覧に入れます!」
「期待してるよ、相棒」
「はっ!」
「ヨウ殿、アング殿……忝い」
リアトは俺とアングに頭を下げた。
リアトは魔力が上がったお陰もあってか、俺とアングの走行にも余裕でついて来られている。
魔力と体力は意外と相互関係にあったりするお陰だろう。
「あ。雨、少し止んだか?」
「言われれば、そうだな。これで仲間の捜索がしやすくなったか…」
「あぁ。けど…」
―――それは“狩人”も同じだろう…
「急ぐぞ」
「はっ!」
雨雲が去り、温かな日差しが木々の合間から差し込んだ。
濡れた衣服の重さは仕方ないとして、視界が良くなったお陰で俺とリアトも目を酷使して辺りを捜索した。
「足跡の一つでもあってくれたらな。一向に距離が知事まらないって事は、お前の仲間も移動し始めてるんじゃないか?」
「動き始め―――そうか!」
リアトが何かを思い出した様だ。
足を止め、顎元に手を添えて思考を巡らせた。
「もし、仲間が移動を始めたのだとするなら、今まで身を隠していた場所は恐らく小人族が魔鉱石の採掘を行っていた採掘場跡地だ」
「小人族って、あの小人族か?」
“小人族”。
成人していても体格は子供より小さく小太り。
鍛治や工芸技能に特化した魔族。
義理人情に篤く、味方になってくれると凄く心強い。
リアトの口振りからすると、この森の何処かしらにその採掘場跡地があるらしい。
採掘場跡地という事は、洞窟とか地下とか、日が当たらず地上からは到底見つける事が出来ない様な場所だろう。
追っ手を撒くには、確かに最適な隠れ場所かもしれない。
「なるほど。地上を走り回っても見つけ辛いわけね」
「行ってみても構わないだろうか? 本当にその場所だという保証はないが、仲間が身を隠す場所は其処しか思いつかない」
「場所は分かってるのか?」
「一度だけ仕事で立ち寄った事がある。この場所からだと、川沿いを北に進んで行けば近道だ」
「アング、その方角で匂いは離れて行かないか?」
「問題ありません。匂いもその方角からします」
「なら信憑性は高いな。案内頼めるか?」
「あぁ。此処からそう遠くない」
「ア、アングの使命が…」
「十分よくやったよアング。お前は狩人の方を警戒してくれ」
「御意ぃ…」
尻尾が垂れ下がるアングに代わって、リアトの先導で小人族の採掘場跡地へ向う。
「その採掘場跡地には何の仕事で立ち寄ったんだ?」
「その時はただの護衛任務だったんだが、今日と同じように悪天候に見舞われてな。仕方なく雨宿りに立ち寄ったんだ」
「リアトってもしかして雨男?」
「うっ」
図星か。
流石湿地帯生まれの魔族だな。
「そ、その採掘場跡地は十数年前まで魔鉱石の収入源だった。魔鉱石がどんな物かは知っているな?」
「あぁ。自然の魔素の宿った鉱石で、それを基に作られる魔具や武器は英雄級の冒険者や騎士の間でも高値で売買されているんだろ? 俺も師匠から貰ったこの剣も魔鉱石で作られてるっぽいしな」
「ほう、それ程の―――ん?」
俺は師匠から譲り受けた剣をリアトに見せた。
その剣を目にしたリアトは眉間にシワを寄せる。
「何? この剣に何かあったか?」
「い、いや。気の所為かもしれん……」
リアトはそう言うと、走る速度を速めた。
暫く走ると、人工的に削ぎ取られた崖が見えた。
そして、所々傷んだ丸太の囲いが崩れかけている採掘場の入り口を見つけた。
「今にも崩れ落ちそうだな」
「俺の所為とか関係無く、ただでさえこの辺りは雨が多い区域なのでな。悪天候もこの場から小人族の労働者が居なくなった理由とされている」
「斜面だから土砂崩れとかも多かっただろうしね」
斜面上の方の大木が既に斜めになっている。
俺は崩れかけの入り口を覗き込んだ。
薄暗い洞穴の奥の方に、消火された焚火の後がある事を確認した。
「どうだ、アング?」
「匂いは今までで一番強いですが、これは残り香ですな」
「やはりこの場所に来ていたのか。入れ違いになってしまった」
「まだそんな遠くには行ってないだろう。今からでもアングの嗅覚で―――」
突如、背後から魔力の気配を捉えた。
その魔力はリアトの背後から、木々を焼き裂く程の青白い閃光となってリアトに目掛けて迫って来た。
「リアト!!」
「!?」
俺の声に反射的に身を捩り、間一髪の所で回避したリアト。
除けたリアトの真横を通り過ぎた物を俺は剣で叩き落した。
閃光の正体は“矢”だった。
「リアト殿!」
「リアト! 大丈夫か!」
「し、心配ない…!」
そう言い、振り返って武器を構えるリアト。
俺はリアトと、後方から狙撃してきた者との間に割り込み、剣を構えた。
「誰だ!」
などと声をかけた所で、相手が返答してくるとは思っていない。
―――スキル・魔力探知…!
俺は相手の魔力を探った。
森林の奥。
かなりの距離があるようだが、確実に此方を攻撃している存在の魔力を感じる。
―――相当な手練れだ。この距離で“魔矢”を飛ばして命中させられる程の実力者か…
相手は、紛う事なくリアト達を狙っている狩人だろう。
「アング!リアトを連れて中へ隠れてろ!」
「ヨウ殿!」
「マスター!アングも助力を!」
アングはリアトの前に踊り出て魔力を高め始めたが、俺はそれを制した。
「相手との距離があり過ぎる。飛び道具での攻撃をしてきたって事は、相手に移動系の魔術は無い。だったら俺の方に分がある」
「ですが…」
「リアトとの約束を忘れるな。俺とお前の役目はリアトを護って仲間と合流させる事だ!」
「か、畏まりました。ご武運を!」
「ヨウ殿、すまない!」
二人を採掘場跡地の奥へ身を隠させた。
「―――さて」
俺は魔力探知のスキルを発動しつつ、“空間転移”を用いて狙撃者の許へ飛んだ。
―――見つけた!
転移後、目の前に深緑色のフードを被った顔の見えない人物の姿を捉えた。
背格好は高身長だが体格は分からない。
「!」
「お前が狩人か?」
俺の問いに答える事無く、狩人は毒塗りの石鏃が付いた魔矢を俺に向かって構えた。
「“閃光”」
目眩ましに放った“閃光”の強い発光。
しかし、狩人には全く効果が無い様子で、平然と俺に向かって魔矢を放った。
それも一寸のブレも無く、俺の心臓目掛けて。
―――目眩まし対策も万全か…!
俺は胸を貫こうとする矢を手払いで叩き落した。
「痛っ」
鏃の先が指先を軽く切りつけたようだ。
毒が指先から腕に回って行くのが分かる。
「ッ……オイ!仮にお前が狩人なら、この場で手を引く事を薦めるぞ。俺は条件付きでリアトを護衛中だ!これ以上追撃してくるなら、悪いが命の保証も出来かねるぞ!」
「………」
次の狙撃をしてくる様子は無い。
だが、剥き出しの殺気が俺の全身を突き刺してくる。
そして、ようやく狩人が口を開いた。
「あの蜥蜴人族は殺人罪により指名手配されている重罪人だ。お前が奴を庇うと言うなら他の同行者共々、凶悪犯の一味と判断し、処理する」
深く被ったフードの奥から低い声が聴こえた。
だが妙に違和感がある。
どうも声が重なって聴こえる。
―――この声も魔術で変えてるみたいだな。
これじゃあ相手の性別も分からない。
まぁ、特に問題無いけど。
「リアトには現場不在証明があったんだぞ。目撃証言も預けていた武器が凶器にされてるのも、幾らだってお前等の方で偽装出来るだろ?」
「何方が真の重罪人かなど興味無い。私は依頼を全うするだけだ。蜥蜴人族は排除する。庇おうとした冒険者共も一緒に。それが私の請け負った仕事だ」
「それは、つまり金次第って事か?」
「それ以外に何が必要か?」
「成程。分かりやすい理由だ」
それ故に、胸糞悪い。
「お前の死活問題に関わるけど、そっちがその心算でいるなら仕方ない」
「この私を殺すか? ならばあの蜥蜴人族を見捨て、早急に解毒する事を薦めてやる。とは言え、私の調合した毒薬は低級の“治癒”では解毒出来ぬぞ」
「ご忠告どうも」
俺は普通に“治癒”を発動した。
狩人自慢の毒は一瞬で消え去った。
「ほう? 魔力を抑え込んでいるとは思っていたが、思っていた以上の実力者の様だな。やはり此処でお前も始末する必要がありそうだ」
「巷で有名な狩人のお眼鏡に適って光栄だ。これはほんの御近付きの印だ。受け取ってくれよ」
―――とっておきだ。
俺は右手を天に掲げた。
その動きに、狩人が身構える。
「こっちを見てろ」
俺の頭上に燃え上がる“眼”が出現した。
反射的にそれを見つめ返す狩人。
「“悪魔ノ眼”」
半人半魔の得意魔術とされる“闇”の魔力を高め、具現化したの負の覇気を狩人に中てた。
「ぐぁっ…!」
天から降り注ぐ様な圧力に圧され、狩人は地に膝を着いた。
「こ、これは…! この…穢れは…!」
「神聖属性の魔力保持者だったら次の手も考えたけど、どうやら違ったみたいだな」
「き、さまぁ……魔族だったか…!」
「人間さ。半分はね」
俺は地に伏せる狩人に近寄り、背負った矢筒を奪った。
「“地獄ノ業火”」
漆黒の炎が矢筒を一瞬にして焼き払った。
その様子を地に這いつくばったまま見ていた狩人が驚愕の声を上げる。
「ば、馬鹿な! 上級魔術を、二つも同時に発動させるなど!」
「ただの肉弾戦では、多分俺はお前には勝てないだろう。けど、魔術に関しては俺の師の御墨付きだ。相手が悪かったと思って、此処で諦めてくれないか? 俺はリアトとの約束を果たすまで、アイツを守り続けるぞ」
「ッ……」
狩人は口を噤ませた。
反論してこないが、俺に対する殺気は依然として消える気配はない。
―――まぁ、この手の相手は言った所で聞く訳ないよな。
「今情けをかけて逃がしてやった所で、また後で追って来られても面倒だし―――じゃあ保険って事で」
俺は地に伏せる狩人の両手を握った。
俺の行動に狩人は嫌な予感がしたのか、握られた両手を振り払おうと藻掻いたが、俺の握力の方が強くてそれは叶わなかった。
「な、何を…!」
「ほ・け・ん」
俺は嗤いながら狩人の両手を握る自分の手に、有りっ丈の力を入れた―――