Story.16【条件】
蜥蜴人族の話によると、彼等は二日前に仕事を終えて南方国家へ帰還した際、身に覚えの無い殺害事件の容疑の疑いで指名手配の身とされていたそうだ。
無論、彼は釈明した。
しかし、その時偶々鍛冶屋に預けていたはずの予備武器が凶器となっていた上に目撃者の発言も証拠として挙げられ、圧倒的不利な状況で濡れ衣を着せられた。
―――この世界の魔術の中にも“幻術”や“分身”という魔術や魔技能がある以上、絶対的に同時刻に同じ人間が別の場所に出没する事を否定出来ないのが痛い所だな。
そして、同行していた仕事仲間も助言してくれたが聞く耳持たれず、更には犯人を庇う行為を咎められ、一同揃って裁判無しの極刑に処される運びとなってしまった。
貴族が雇った強力な討伐隊に追われ続け、深手を負わされた。
このまま逃げられないと判断した彼は、仲間と離れ、自分一人を狙わせる策を講じた…
「聞いた感じでは何か陰謀めいた思惑の匂いがするな。途中で別れた仲間は大丈夫そうか?」
「追手の中には国でも名の知られた狩人がいる。犬以上に鼻が良いお陰で、俺の血の匂いを追わせて此方の追跡を優先してもらうつもりだったのだが…」
「あぁ、それで応急処置もしなかったわけか」
「……だが生憎の悪天候の所為で、俺の血の匂いも薄れてしまった。なかなか相手が現れてくれなかったお陰で、返り討ちに合わせる前に死ぬ所だった。貴殿等には感謝してもしきれない…」
「そうだ! マスターの慈悲に感謝せよ!」
「いやそこまで仰々しくしないで。マジで…」
―――何か恩着せがましく聞こえる。
「て言うか。仕事って言ってるけど、お前は何を生業にしてんだ? 装備品とかからしても、結構命懸けの仕事なんじゃねぇの?」
「あぁ、冒険者だ」
「冒険者か!」」
「と言っても、5年も冒険者一筋で未だに銅級にしか昇格出来てないがな」
と言う事は、師匠が現役だった頃と同じ職業って事か。
―――そう言えば、当時から人間以外の種族も冒険者になった魔族が何人かいた、って師匠が言ってたっけ?
「じゃあ仕事ってのは、魔物討伐とかか?」
「この大森林に出没した小鬼族軍勢の討伐に俺と仲間が所属している魔物討伐専門部隊が駆り出されたのだ」
「小鬼族…?」
「あぁ。だが、討伐に向かった矢先、冒険者組合から小鬼族の軍勢の鎮圧の報告を受け、団長から事の詳細を組合から聞いて来るよう命を受けた。その際に事件が起きたのだが…」
「………へぇ」
―――あれれ~? 物凄い身に覚えがありますけど~?
もしかしなくても、一昨日俺とアングが二人がかりで王の首獲って帰ったアレの事?
「一体何者の仕業かは知れんが、200体は居たという小鬼族勢を一日で狩り取ってしまう程の実力者が、名も知られずこの近辺に居る。是非ともこの目で姿だけでも見てみたいものだが…」
「そ、そうなんだなぁ…」
―――今、目の前に居ますよ。
アングに視線を送ると、下手くそな寝息を立ててそっぽ向いていた。
「それはマスターの殊勲である!」とか意気揚々と言い出さなくて寧ろ良かった。
「と、とにかく。お前はその狩人を筆頭とする追跡者を退けるまで逃げ続けなければならない。しかも別方面でも追跡されている仲間の安否も気掛かり。現状、誰かしら戦力になってくれる味方を増やして、冤罪を晴らしたいと?」
「恥ずかしながら、その通り。しかし、こんな状態では団長にこの事態の報告も出来ぬ上に、本隊と合流すれば団長や他の仲間達にも多大な迷惑をかける事になる……無礼を承知で言わせて頂ければ、貴殿等の様な実力者に協力を願いたく」
「ん~」
何やら断りにくい状況で協力者に仕立て上げられているが、彼が藁にも縋りたい思いでいる心情は明白だ。
俺としては特に急ぎの旅でもないし、面倒事は極力避けて行きたいが、全てを無視するつもりもない。
俺の性分の問題だ。
それに、冒険者のこの蜥蜴人族に借りを作っておくのも、もしかすると今後俺の利益につながるかもしれない。
「分かった。協力しよう」
「そうか、やはり無理…―――えっ!」
恐らく蜥蜴人族の中でもイケメンに部類されるであろう凛々しい顔つきが……失礼だが、アホみたいに驚いた顔をした。
「一先ずはお前の仲間と合流しよう。この雨でもアングの鼻は利く。狩人とどっちが利き鼻優れてるか分からないけど、必ず再会出来るさ。だろ、アング?」
「お任せを! ご期待に応えて見せますぞ!」
「ほ、本当に宜しいのか? このような手前勝手な願いなど、貴殿には何の得も…」
「あぁ。だから条件付きだ」
「条件?」
正直、全然無条件でも俺は何の問題も無い。
けど双方両得の関係の方が今後の付き合いに悪影響は生じない。
この蜥蜴人族が善人なら尚の事、今後も良好な関係でいたいし。
「俺の要求は三つ。一つ目はお前等冒険者界隈で特に魔物が多く生息する地域を教えてもらう事。二つ目は当面の間の俺とアングの宿賃負担。三つ目は…」
「み、三つ目は…?」
蜥蜴人族は身構えた。
恐らく一つ目の条件は応じてくれるだろう。
二つ目は、銅級の冒険者には金銭的に厳しいかもしれないから、そこは交渉してやっても良い。
けど、俺が本当に応じてほしい条件は、この三つ目だ…
「三つめは―――俺の習得したてで、得意魔術にしたいと思ってる魔術の練習台………基、練習に付き合ってほしい」
「………言い直したようで言い直せていないし、どっちの言い方だろうとやりたい事が前置きで簡潔に述べられていて反論する気も失せたが、敢えて言わせてもらう―――どういう事だ?」
―――ナイスツッコミです。
俺は苦笑を浮かべ、困惑する蜥蜴人族に説明を始めた。