Story.14【先行き不安】
「ごめんな、アング。初日から情けない所見せて…」
大森林の中をアングと一緒に歩き続ける。
泣き腫らした目を拭いながら、俺はアングの頭をポンポン、と撫でた。
「いいえ。その素直さがマスターの良い所だとアングは思います!」
「そう? ありがとう」
「ローザ殿も、やはり寂しかったのですね……たった二年と言えど、マスターを息子の様に想っていらっしゃいましたし」
「アング…」
アングが耳と尻尾をしょんぼりと下げた。
―――アングも師匠には可愛がられてたもんな。寂しい気持ちは同じだ。
「これからは俺達二人きりだけど……一人でいるよりもずっと心強いよ。頼りにしてるよ、相棒」
「御意!」
アングの耳と尻尾がブンブンと振られた。
こんなに感情表現が現れやすい耳と尻尾で良いのかな?
「さて。じゃあ先ずは、この大森林を抜けきって最初の町に立ち寄ってみよう。多分今日は野宿になるだろうけどな」
「はっ! では早急に天井のある場所を探しましょう! 進行方向先から雨の匂いが近づいております!」
「マジで? じゃあ急いで探そう!」
俺達は少し足を速めた。
森の中で天井のある場所。
咄嗟に思いつくのは、例の“終焉ノ洞窟”の中だけど、ここからじゃ来た道を戻らなきゃならないし、何か気が引けた。
―――大きな木でもあれば、枝葉が屋根代わりになってくれそうだけど…
俺達は辺りに視線を向けながら森の中を進んだ。
アングの忠告通り、徐々に雲行きが怪しくなってきた。
視界に入る空は既に灰色の雲に覆われている。
そして案の定、小雨が降り始めた。
「やばっ! 降り始めた!」
「アングの毛並みがぁ…!」
小雨が本降りに代わり、アング自慢のふわふわ銀毛がペッタリ垂れ下がった。
―――マジで早急に雨宿り出来る場所探さないと…!
俺は辺りを見渡した。
「あった! 洞窟だ!」
ここから少し離れた場所に見える岩肌に開いた小さな穴。
たちまちの雨宿りには丁度良さそうだった。
「アング! あの洞窟まで走るぞ!」
「わ、分かりました!」
俺とアングは土砂降りの雨の中、小さな洞窟の中に入り込めた。
「はぁ~全く。幸先悪いってこの事かな…?」
「洞窟を見つけられただけ、不幸中の幸いでは?」
「確かに…」
アングは相当雨に濡れた事が嫌なのか、至近距離で全身を身振るって水飛沫を飛ばした。
「アング…」
「はっ! も、申し訳ありません!」
「まぁ、良いよ。気持ちは分かる…」
―――俺も全身びしょ濡れで気持ちが悪いもんなぁ……
「とりあえず火を焚こう。不死身でも居心地悪いのはストレスだ。アングも風邪ひかせたくないしな」
「ならば、もう少し奥へ進みますか? 奥の方が広そうです」
そう言って、アングは洞窟の奥の匂いを嗅いだ。
そして突然、全身の毛を逆立て、唸り声を上げる。
「アング?」
「マスター。洞窟の奥から血の匂いがします」
「血?」
反射的に警戒心が上がる。
一応出入り口に不審な所は無いか確認して再び中へ戻る。
「まさか小鬼族の巣だったか?」
「いいえ。小鬼族共の匂いではありません」
「………」
アングが警戒する洞窟の奥を見据える。
俺は右手を前方に掲げ、魔力を込めた。
「“蛍ノ輝キ”」
右掌から小さなビー玉サイズの白い光がポッポッと現れ、辺りを照らす。
照らされる洞窟内をよく見れば、地面には血痕が点々と落ちている。
「これは……怪我人がこの奥に身を潜めてるのか?」
「腐った匂いはしません。恐らく、負傷者はまだ生きているでしょう」
「そうか。奥へ進むぞ」
―――万が一にも凶悪な魔物が居て、一番近い師匠達の居る町に害悪を出させる訳には行かない。
俺は師匠から授かった剣を抜き、洞窟の奥へ足を進めた。
「マスター、お気を付けて」
「アングもな。いつでも戦闘態勢に入れるように準備はしとけ」
「御意」
アングの魔力が体内で膨れ上がっていくのを感じた。
戦闘態勢は万全。
俺は血痕を頼りに、洞窟の奥へと進む。
「中々に奥が深い洞窟みたいだな? 終わりが全然見えないぞ?」
「ですが、マスター。血の匂いが近いですぞ…」
「了解っと」
俺も剣を握る手に力を入れる。
徐々に量を増す地面の赤いシミ。
洞窟の曲がり角に差し掛かった時、アングが一層警戒を強めた。
―――よし!
俺は曲がり角の先を覗き見た。
そこには大量の血痕が残っていたが、そこには誰も居なかった。
―――何も無しっと。
そこに何も居ない事を確認し、俺は“蛍ノ輝キ”を背後に向けて強く発光させた。
「ぐあっ!?」
強い光の発光を浴び、背後から近づいてきた何者かの目を眩ませた。
光に晒される影は一人だけ。
「殺すなよ!」
「承知!」
「なっ―――」
目を眩ませる奇襲者に、アングは高めた魔力を放つ。
「“雷ノ咆哮”!!」
「っぐぁあぁあああああ!!!」
大きく開かれたアングの口に放電する雷の球体が生まれ、それを奇襲者に向けて放つ。
反撃を許した奇襲者は対抗する術も無く、アングの技をその身に受けた。
「かっ…はっ…」
「!―――こいつ…」
全身から煙を立ち込め、奇襲者は地面に倒れ込んだ。
そしてその人物の正体に、俺は驚きを隠せなかった。
血染めの衣服から覗く青色……否、それよりもっと深い紺色の身体。
鼻と口がアングと似た形状。
半開きの口から覗くズラッと並んだ鋭い牙。
皮膚は鱗の様な物で覆われ、地面に投げ出す四肢には水掻きが付いている。
そして、まるで竜のような、太くて長い尻尾が生えている。
「マスター。こやつは、もしや…?」
「あぁ。俺も師匠から聞いた事しかなかったけど、まさかこんなに早く会えるとはね…」
俺達に奇襲を仕掛けて来たその者の正体は、あの伝説の“竜”の血を引く魔族―――
“蜥蜴人族”だった。