Story.12【町の宴】
町を挙げての宴は夜通し行われた。
大人は酒に酔い、若人は踊り明かした。
美味そうな料理が並び、飾りつけまで今まで見た事ない程豪勢だった。
「賑わっておりますな、マスター」
「そうだな」
―――でも、何だかいつもより皆の盛り上がり方が高い気がする…
俺は少しだけ違和感を感じた。
アングは至って楽し気に分厚い肉の塊に食らいついていた。
町民達も何の異変も感じていない様に宴を楽しんでいるようだ。
「気の所為かな?」
そう思い直し、果実酒の入った木製ジョッキを口に運んだ。
ちなみに、この世界では15歳で飲酒喫煙が許されているからご心配なく。
しかも俺は得意の毒耐性のお陰でアルコール酔いしないのだ。
―――全く便利の良い身体になったもんだ。
俺は木製のジョッキを片手に、賑やかしい宴の様子を見て回った。
ここ二年の間で仲良くなった町民の顔が楽しそうに笑っている様子は、何時しか俺の心の拠り所になっていた。
この町はある種、一つの“家族”だ。
誰か一人でも悩みを抱えていれば、全員が手を貸してやる。
そして、その悩みを全て請け負っている診療所のローザ師匠は、皆にとっての“母親”だ。
時に厳しく、時に優しい。
一人一人が自立して前に進んで行けるようにアドバイスをしてくれる。
―――勿論。俺にとっても、師匠は“母さん”だ。
「あれ?そう言えば師匠は?」
宴の場にその姿が見えない。
そもそも人がごった返す場所は好まない人だけれど、それでも同じ場所の隅っこの方で静かにお酒を嗜んでる様な人だ。
「アング。ちょっと師匠探してくる」
「むっ。お供します!」
「まだ肉食いかけだろ?すぐ帰ってくるから待っててくれ」
「し、承知…!」
そう言ってすぐに肉の塊に無我夢中で食らいつく。
俺はアングをその場に待機させて、師匠を探しに席を立った。
―――とは言え、居る場所は大体想像ついてるんだよな。
俺は真っ直ぐ「診療所」に向かった。
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チリン…と診療所の扉に備え付けられたベルが鳴った。
閑散としているように見える薄暗い部屋の中で、蝋燭一本の光に照らされて、師匠がグラスを片手に葡萄酒を飲んでいた。
「師匠。また一人で飲んでるんですか?」
「アタシが何処で飲もうが勝手だろう?」
いつもと同じ棘のある言い方だ。
俺は「やれやれ…」と苦笑いを浮かべて戸を閉めた。
師匠の向かいの席に腰かけて、空になりつつある師匠のグラスに葡萄酒を注ぎ足す。
「お前さんこそ、こんな所に居て良いのかい?宴の主役だろ?」
「もう皆、酒と料理に夢中ですよ。それに師匠抜きで俺だけ楽しんでるわけにはいかないでしょ? 一応弟子ですし」
「ふん。いっちょ前に弟子面してんじゃないよ」
師匠は注がれた葡萄酒を少し口に含んだ。
その姿に貫禄があるとは……言わないでおこう。
少しの間静かな時間が過ぎた。
外から漏れ聞こえる愉快適悦な声が、宴の最高潮を知らせる。
「ヨウ」
「はい?」
外の様子に視線を向けていると、師匠に突然名前を呼ばれて振り向いた。
「小鬼族ノ王はどうやって倒したんだい?」
「はい。炎耐性が弱かったみたいなんで“炎ノ矢撃”で牽制しながら、アングの雷撃技で隙をついて“黒竜ノ爪剣”で首を一刀両断って感じですね」
「王の固有魔術は?」
「毒系ばっかりでした。しかも一回も喰らってません。そもそも俺には効かないし」
「そりゃあ、王も災難だったね」
「えぇ?俺の心配してくださいよ」
「どうせ余裕だったんだろ?」
「まぁ。思ってたよりは…?」
師匠に修行を見てもらうようになって、この世界に生息するモンスターについて教えてもらった。
その中でも、最弱とされるモンスターから中級のモンスターの討伐方法に関しては結構入念に叩き込まれた。
「弱者の討伐は基本。強者の討伐はその応用だ」
その指導方針で、俺は最弱モンスターと言われる妖液族や小鬼族退治に関しての知識を詰め込まれた。
今回の小鬼族大群の討伐の前にも、2、3匹討伐した後だった。
初端の討伐の際に赴いた小鬼族の巣の中で見つけたその姿に、背筋が凍った事を思い出した。
何せ二年前にアングと母狼を襲い、自分の首に噛み付いた緑色肌の化物の姿と類似していたからだ。
この時初めて、あの時の化物が小鬼族だと知った。
しかも、俺を殺しにかかった奴は小鬼族の中でも強者―――中型兵小鬼だったと知った時は、眩暈がしたな……
「二年前までは相打ちで中型兵を倒せるぐらいの力しかなかったのにねぇ……よくここまで成長したもんだよ」
「えっ」
普段絶対に言わないようなお褒めの言葉を贈られて、俺はドキッとした。
嬉しいのは勿論だし、気恥ずかしくなったのもそうなのだが、この時の師匠の表情が、今まで見た中で一番優しくて、何処かに寂し気に見えた所為でもある。
そのらしからぬ師匠の言動に不安を感じたのは言うまでもない。
「あの、師匠―――」
俺は胸の内に広がっていく不安の正体を探ろうと、師匠に問い掛けようとした。
だが…
「マスター!ローザ殿!皇帝牛の丸焼きが出来上がったそうですぞ!一緒に頂きましょう!」
勢い良く診療所のドアを押し開けて入って来たアングの登場でそれは遮られた。
「あ、あぁ…すぐ行くよ…!」
「珍しく豪勢じゃないか。これはアタシも貰いに行こうかね」
「じゃあ、俺も…」
師匠はテンション高めなアングの後ろについて行き、さっさと外へ出ていてしまった。
「………」
―――まぁ、聞いた所で正直に答えてはもらえないかな。
この時、俺は特に追求することなく、師匠とアングと一緒に宴に戻った。
宴は夜通し行われ、町民は老若男女問わず翌朝まで春の空の下踊り明かした。
そして翌日の朝日が昇った頃、俺が不安を感じた師匠のらしくない様子の、その答えを知らされる事になる。