Story.10【古代魔法】
「これは…一体…?」
「ア、アングにも、さっぱり…?」
翌日の早朝。
師匠となってくれたローザさんとの約束通り、薬草採取にやって来た俺とアング。
その帰り際、昨日アングの母親を埋葬してくれた住人に埋葬場所を聞いて墓参りに伺ったのだが、指定の場所には樹齢数十年は経っていそうな大樹が高々と生えているだけで、何処にも墓らしき物が見当たらない。
「あれぇ?聞いた場所って此処だよな?」
「はい。間違いないかと…」
「じゃあ、もしかしてこの大樹の根元に埋葬してくれたとか?」
「住人からは『見晴らしの良い丘の上に埋葬した』と聞かされましたが?」
「だよな?」
俺とアングは同時に首を傾げた。
確かに、大樹の背後を飾る景色は色鮮やかな西洋絵画みたく美しい光景だったが、それもこの大樹のお陰で見晴らしが良いとはとても言えない状態だった。
「まぁでも、ここで間違いないなら花を添えてあげよう」
「お願い致します」
俺は薬草採取の最中に見つけた綺麗な花を数本束ねて、大樹の根元に添えた。
その時、ふと大樹から何かを感じ取った。
―――何だ?知ってる気配だけど……知ってる気配よりも柔らかくて、暖かい…?
何だか、アングに似た気配を感じる。
「もしかして…」
俺は大樹を見上げた。
突拍子も無い発想だが、俺は何故かその発想に確信を持った。
―――この大樹……この大樹こそが、アングの母親なんじゃないか?
何とも非常識な考えが過ったが、この世界そのものが俺の意識内では非常識なのだから、これは至って真面目な考察である。
―――何が起きてこんな事に?
徐に、俺は大樹に手で触れてみた。
「!?」
瞬間、頭に軽い電流の様な物が流れた感覚がした。
同時に、脳内に文字化した情報が流れる。
【銀狼族。雌。死。血統一族ノ進化ニ伴ウ贈呈共有ニヨリ、肉体ニ残ッタ魔力ノ粒子ガ急変化。朽チタ肉体ヲ魔樹ニ転生―――】
「―――タ……スター……マスター!!」
「はっ!」
アングの呼びかけで我に返る。
脳内に走る情報はそこで途絶えた。
―――何だ?今のは…?
俺自身が何かした訳ではない。
しかし、感覚に覚えがある。
この感覚は、初めて魔術を―――“炎ノ矢撃”を無自覚で発動してしまった時と同じだ。
そして今、脳裏に流れた情報……『銀狼族・雌・死―――』と、これだけでもアングの母親だとすぐに分かった。
「『血統一族の進化に伴う贈呈共有』とかあったな。つまりはアングと母親の魔力には血と同じような繋がりがあって、アングが進化した事で亡くなった母親にまだ残っていた魔力にも何らかの影響を及ぼしたと…?」
「マスター?何の話ですか?」
俺の身に何が起きたのか分かってないアングが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「分かんない。この木に触ったら、頭の中に情報が入って来たんだよ。この木はアングの母さんで間違いないみたいだ」
「何と!母上が、これほど立派な魔樹に…!」
「まじゅ?」
「確か、魔力が込められた神聖な植物という知識しかありません。申し訳ありませんが…」
「いやいや十分。そっかぁ、お前の母さんそんな凄い存在になったんだな」
俺はもう一度大樹に触れてみた。
今度は何も情報が入って来ない。
―――けど、確かに温かな力を感じる。これが魔力なのか?
初めて実感した魔力に、何だか生まれたての赤ん坊を抱えるような尊さを感じた。
―――しかも“転生”か。お揃いになったな。
俺が殺めてしまった銀狼族は、神聖とされる魔力を秘めた大樹に転生した。
即ち、アングの母親は今―――此処で生きている。
―――息子の近くで生まれ変われて、本当に良かった。
俺は花を添えて、両手を合わせて祈った。
アングに名前を付けさせてもらった事も、これからも一緒に生きていく事も、ここ数日の間の出来事をすべて報告した。
アングも大樹の根元に座り込み、大樹に寄り添っている。
―――もう少しだけ、此処で休んで帰ろう。
俺も薬草の入った籠を下ろして、その場に座り込んだ。
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「師匠。ただいま」
「あぁ、お帰り。遅かったじゃないか。道にでも迷ったのかい?」
「いえ。墓参りしてたら、いつの間にか転寝してて…」
「面目ない…」
「何で墓参り中に居眠りするんだい?」
「あー…えへへ」
「はぁ~まったく。よく食うし、よく寝るし、呆れる程健康体だね」
「お陰で体力有り余ってます」
診療所に帰って来た俺とアングは師匠に呆れ顔を向けられた。
直視しないように薬草の入った籠を下ろす。
「お。ちゃんと採取してるじゃないか」
「アングの嗅覚が良いんで、指定されてた薬草が簡単に見つかったんです」
「やるじゃないか。今日の夕飯は兎肉を多めに入れてやろうね」
「歓喜っ!!」
「良かったな、アング」
俺はアングの頭を撫でてやった。
嬉しそうに尻尾を振りまくるアング。
そのやり取りを、師匠は何か不思議そうに見ていた。
「何だか嬉しそうだね。山で何かあったのかい?」
「あ、はい。実は…」
俺は山での出来事を師匠に話した。
話し終える頃には、師匠は俺の頭に流れた情報の一連の流れについて興味を持ったようだ。
「それは、もしかすると古代魔術の一種かもしれないね」
「エンシェント?」
「魔術も年月を過ぎれば進化していくものだ。古代魔術は現代魔術の原点と言っても良い」
「じゃあ、この世界が誕生した時からある魔術…?」
「恐らくお前さんが無自覚で使った魔術は“解析”だね。言葉通り、触れた者の解析をする精神干渉系の魔術だね」
「アナリシス……また無意識に魔法使っちゃったんですね、俺」
「当面のお前さんの目標は魔力の制御に尽きるね」
「アハハ…」
乾いた笑いしか出ない。
そんな俺を鼻で笑いながら、師匠は魔術を基礎から教えてくれた。
慣れない異世界生活に、初めは戸惑うばかりだった。
それでも少しずつ常識を身に着け、師匠の鬼の所業……基、修行もアングの為だと思えば苦ではなかった。
魔術に満ちた異世界生活。
何時しか、二年の年月が経とうとしていた―――




