Story.00【終わりと始まり】
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2022/08〜YouTube活動開始。
【開設】小説専用のサブチャンネル始動!【小説家になろう】 youtu.be/YH43zuqaboU
※詳細は動画内にてご確認下さい。
『生まれ変わったら、雑草になりたいです。』
これは小学校の卒業式に綴った、俺の“将来の夢”だった。
つまらない話をしよう。
俺の人生録だ。
少し強めの雨音が病室の窓の外から俺の耳に届く。
しかし、時折俺の意識は外の雨音から、ベッドサイドモニターから発せられる音に移る。
俺の体と繋がる心電計が軽く弾むような音を一定の間を取って鳴り、俺が生きている事を告げる。
自由の利きづらい首をモニターに向けるも、視界は三日程前から既に擦れ始め、モニターの文字は殆ど見えない。
声を発しようにも、肺に十分な空気を送れるだけの肺活量が無いから、蚊の鳴くような声を出しても咽せ返りそうになる。
それ程に、俺は衰弱していたのだ。
―――疲れた。
少し頭を動かしただけで首の筋肉が疲弊する。
ゆっくりと正面を向き直して柔らかな枕に頭を預け、俺の口から小さな吐息が漏れた。
飽きる程見続けた病室の天井。まだ視力が正常あった時は暇潰しにシミの数を数えていたっけ…。
ふと、視界の隅で何かが横切った。
全身を白く覆ったソレはベッドに横たわる俺の周りを静かに、けれど何処となく忙しなく行き来する。
そしてベッドサイドを数回往復すると、ソレは横たわる俺の顔の近距離にまで寄ってきて、言葉を発した。
「じゃあ、葉君。また点滴替えに来るからね」
鼓膜をくすぐる心地良い声音だ。
白いソレ、もとい、俺の担当ナースの花岡さんはカートを押しながら病室から出て行った。
カートのキャスターの音ががカラカラと鳴りながら遠くへ消えて行き、再び病室には雨音と心電計の音が戻る。
此処は都内でそれなりに有名で大きな病院。ソコの一角の病室の名札には『黒木 葉』と、俺の名前が書かれている。
俺は生まれてすぐに心臓の持病を宣告された。
それでも小学生までは普通に学校に通えていた。
まぁ、普通と言っても体育や体力を必要とする授業は見学してたけど…。
しかしソレも、中学校に入学すると間も無くして頻繁に発作を起こすようになり、已む無く病院暮らしが始まった。
入院してから初めの頃は、歩く事も、食事をする事も、会話をする事も、全て一人で出来ていた。
だけど、徐々に病いは俺の体を蝕んでいった。
半年経つ頃には、手摺りや車椅子が無ければ出歩けなくなった。
一年経つ頃には、固形物を咀嚼するのもしんどくなって、点滴で栄養補給する事が増えた。
一年半経つ頃には、少しの呼吸で肺が鈍い痛みを発して、長時間声を出し続けると胸が苦しくなるようになった。
そして…
「残念だが、葉君。キミはもう……長くない」
入院生活ニ年目にして、医師にそう宣告された。
俺は絶句して、母はその場で泣き崩れた。
母はシングルマザーだった。俺は顔も知らないけど、父とは俺が産まれてすぐに離婚したと聞かされていた。離婚の原因は話してくれた事が無いが、何となく察しはつく。
心臓の病を持って産まれた我が子に寄り添って生きる度胸が無かったのだろう…。
そんな父を無しにしても、俺をここまで女手一つで苦労しながら育ててくれた母が人目も気にせず嗚咽しながら絶望するのは当然だ。
そんな母の姿を目の当たりにして、まだ心身共に幼かった俺は……―――生まれて来た事を、後悔した。
何の親孝行も出来ず、寧ろ沢山迷惑をかけ続けたにも関わらず、俺は病気に負けて、母の労働と金を無駄にしてしまったのだ。
絶望的な宣告を受けたその日を境に、母は俺の病室にあまり顔を出さなくなった。
病室に来ても週に一、二度着替えを持って来る程度。
乾いた唇から溢れる様な声音で「また、いる物持って来るから」とだけ言って、ろくな会話もせず母は早々に病院から出て行く。
余命の短い我が子とどう接して良いのか分からなかったのかも知れないが、体に触れる事もせず、さっさと背を向けて去る母の背中を見るのが、いつも辛かった。
母は俺の居ない所で医師と話をして帰っているようだけど、その内容が俺の耳に入るのは決まって、ナースの花岡さんの口から聞かされる伝言からだ。
実の母と距離が空いてしまったと感じる様になってからは、花岡さんが俺の母親代行だと思う様になっていた。
三十路過ぎとは思えない程にきめ細やかな肌と、整った顔立ちとスタイル。香水を付けている訳でも無いのにほんのり香ってくる花の香りを纏わせ、病院内でも好意的な注目を集める。オマケに仕事も完璧という精明強幹ときた。
神様は万物を与えないと言うが、花岡さんには人より多めに与えているに違いない。
強いて言うなら、コレほどの才色兼備でありながら、男の影が全く見えない所だろうか。
そんなこんなで、母との心の距離とリアルな距離が広がって行く中、俺は遂に病いに完敗した。
余命1年。
皮肉と言うべきか、十五歳の誕生日に医師から宣告を受けて、十六歳の誕生日に俺は自分の死を確信したのだ。
だが、ソレを確信しても俺の心は穏やかだった。
理由は一つ。
―――これでようやく、母さんに苦労かけなくて済むな……
俺は自分の死をあっさり受け止められた。
寧ろ心底安心出来た。
俺の耳に届く雨音は徐々に激しさを増し、ベッドモニターから流れる音が徐々に遅くなる。
死へのカウントダウンだ。
「………」
―――神様。俺が死んだ後、母さんを幸せにしてあげて下さい。
イケメンな大手企業会社の社長とでも再婚して、元気な子供を授けて下さい。
運動神経抜群でオリンピックにでも出られるような子供でも、勉強家で博識な学者になれるような子供でも、正義感に満ちて弱者を守れる警察や弁護士になれるような子供でも。
ただ、我武者羅に母を守れるヒーローのような子供でも……
何にせよ、俺の様な病弱でなければ、それでいい。
「……、……」
“終わり”が近づいて来る。
自分でも分かるほど、体が冷めていく。
瞼が閉じる事を止められない。
呼吸が止まる。
心臓が止まる。
「かあ…さん…」
今までありがとう。
迷惑かけてごめんなさい。
沢山幸せになって下さい。
言いたい事、伝えたい事が山の様にあるが、それが母の耳に届く事は無い。
「……―――」
―――さようなら。
俺の意識は頭上から覆い被さる黒いベールに包まれる様に深く深く沈んで行った。
俺の体に繋がれた心電計のモニターが一本の線を引き、甲高い一定の音を病室内に響かせた。
こうして、黒木葉は享年十六歳の誕生日にこの世から消え失せた。
俺のつまらない人生は、つまらなく終幕したのだった。
“新たな始まり”を迎えるとも知らずに……
―――――――――――-
――――――――-
―――――-
頬に冷たい水滴が落ちた感覚がした。
―――冷たい。
死を覚悟して眠りについたはずの俺は、その感覚のお陰で再び目を覚ました。
何て事はない。いつも通りの睡眠から目覚めた時と同じだ。
同じでない所と言えば、入院中染みの数を数えていた見慣れた天井ではなく、黒くゴツゴツした表面をした見知らぬ天井が視界を覆っているという所と、俺が背を預けて横たわっている場所が、真っ白いシーツが敷かれた丁度良い固さのベッドではなく、微かに湿り気を帯びている上にゴツゴツと固い凹凸が背に刺さる大きな岩の上だという所だ。
「ここ…病院じゃ、ない?」
それ所か、明らかに人工的な建造物の中でもない。
当然の如く、ここが天国や地獄でもないというのは、眠りから覚めた直後の思考でもすぐに理解出来た。
「………」
そして間髪入れずに、俺は自分の頭が可笑しくなったんじゃないかと疑った。
―――どう見ても…洞窟の中だよな?
俺は困惑する頭で必死に状況を整理した。
少しでも居所の情報を得ようと辺りを見渡すが、見える物と言えば、ひたすらに岩、岩、岩、時々草。
おまけに太陽の光が差し込んでおらず(今が朝か夜かも分からないけど)、入院中に着ていた患者服だけしか身に纏ってないから、ひんやり肌寒く、湿度が高いのか肌にねっとり張り付く様なじめじめ感がある。
「何処だよ此処?都内にこんな場所あったっけ…?」
などと口に出した所で周りに人の気配は無く、俺の問いに対して応答がある訳が無い。
と言うか、いつまでも冷たくて湿っぽい岩の上に座ってるのも気持ちが悪い。
着ている患者服が軽く湿って素肌に張り付く。
俺は立ち上がろうと足に力を入れた。
「………」
入院中は支え無しでは立ち上がる事もしんどかった。
此処には支えにしていたベッドの縁も、手を貸してくれていたナースも居ない。
俺は転けてしまう不安を大きな深呼吸で誤魔化し、意を決して思いきり勢いをつけて岩の上から立ち上がった。
すると―――
「うわっ!?」
思った以上に勢いがついて軽々と立ち上がった。
病院に居た時は必ずと言って良い程感じていた足への負荷が一切感じない。
「え?え?何か全然余裕なんだけど…?」
妙な違和感を感じる俺は、更に違和感を感じずにはいられなかっ た。
「なんか、いつもより視線が高い気が…?」
何年も寝たきりだった所為で感覚が可笑しくなったのかもしれない。
それにしたって、百六十センチ代の身長しかない俺の視線に更に二十センチ程加わった感じだ。
おまけに視力も大分良くなっている。
寝たきりになってしまった時から、徐々に視力も低下していったのに…。
それに、心無しか妙に体つきが良くなった気がする。
見た目は華奢な体躯だが、それでも骨と皮しかなかったような俺の身体が健康的な肉付きになっている。
「これは…本当に俺の身体か?」
俺は記憶を辿った。
死ぬ瞬間の意識は曖昧だったが、朧げな記憶は確かに病院のベッドの上で死んだはずだと確信している。
だと言うのに、目を覚ませば何処なのか全く見当もつかない洞窟の中で岩の上に寝そべっていた。
夢ですよ、と言われれば信じてしまいそうだが……
「夢……ではなさそうだな」
流石に目が覚めてから数分でも時間が経てばこの状況が夢か現実か判断は出来る。
骨張っていたはずの両腕を上げれば、そこにはしっかりと血色を宿した肌と筋肉のついた腕が姿を見せる。
掌を何度も開いて閉じてを繰り返した。
腿を上げて、足首を回して、体の何処にも違和感が無いか確かめた。
「手足の感覚、聴覚、視覚に……」
異常は無い。
だが今までとは比べ物にならないほど全ての感覚が優れている。
俺は足元に生えていた草を摘み取り、匂いを嗅いだ。
鼻の奥を刺激する青臭い葉っぱの匂いだ。
「嗅覚も正常っと。後は…」
俺は手にした草を、意を決して口に含んでみた。
何度か噛めば、口の中を青臭く渋みのある苦さが満たした。
あまりの不味さに涙目で吐出したのは言うまでもない。
「ゲホッ、ゲホッ…味覚も、問題ないか…」
どうやら、俺はちゃんと生きているようだ。
じゃあ、何でこんな理解不能な点が多い?
自分自身の身体に起きている現象も含めて、俺は頭がこんがらがる。
「と、とにかく!一旦外へ出よう!」
動かねば何も進展しない。
意を決して、周りの様子に注意しながら洞窟内を慎重に進んだ。
とは言え洞窟内は五十メートル程先まで見渡せる位には明るい。
「何処からも光が射してないのに随分と明るいな?」
もしかすると、足元に無数に転がっている石のお陰かもしれない。
「何か綺麗だなぁ…」
淡い光を放っている小石は、足場の悪い洞窟内を安全に進める様に道を示してくれている。
だけど……
「………」
―――普通、石って光らないよな?
疑問が沸き上がり、俺は咄嗟に入院中に暇潰しで読んでいた『転生シリーズ』のラノベの事を思い出した。
「いやでも……これが夢じゃないなら、やっぱりそう考えるよな…?」
前世で命を絶った主人公が異世界で勇者などに転生して、仲間を集い、困難に立ち向かう王道ファンタジーの物語。
そのラノベでも光る鉱石や異常な姿をした謎の生物達が出て来ていたが…
「いやいや。流石に馬鹿げた話だよな?」
もしこの場所が、所謂“異世界”だと言うなら、この洞窟から一歩でも外へ出れば、世界中に魔獣や魔物が溢れ、冒険者や騎士が武装し闊歩し、魔法を日常的に行使する魔法使いも存在する光景が広がるはずだ。
もしそうなら、この世界は異世界で、俺は死んで転生して蘇ったと信じられる。
「………」
我ながら、自分の極端な考えに呆れた。
「けど、ここが日本か外国かにしたって、ちょっと現実味がないと言うか……発光する石なんかある訳ないよな?」
―――それこそアニメで見た事がある飛行石ってヤツぐらいだろ?
「どの道、現実的じゃない…」
俺は駄目押しで自分の腕の肉を摘まんだ。思いっきり。
「……痛い」
摘ままれた腕から電流の様に流れる痛覚。
その痛みは否応無しに、俺が生きている事を知らしめる。
そして同時に俺は言い表しようのない不安に駆られた。
―――出来れば…あのまま死んでいたかったのにな…
ここが異世界なんかじゃない、地球の何処かしらだったら?
また母に、俺という不完全な息子の事を疎ましく思われる。
「まぁ、今は入院していた時程の怠さは無いし……これだけ歩いてるのに、息切れもしない」
何だか、久しく感じていなかった生命力を自分の肉体から感じられる。
「………」
やっぱり、ここまで生命力に満ち溢れていると、好奇心は抑えられないよね?
「は、花岡さんも居ないし、少しぐらいなら……」
―――走ってもいいかな?
急激に湧き上がる“体動かしたい衝動”に駆られ、俺は周りに誰も居ないことを確認して、大きく深呼吸した。
「少しだ。うん。ほんの少しだけだ。心臓に少しでも負荷が掛かったらすぐに止める。うん」
―――なんて俺は誰に向かって言ってるんだろう?
「よしっ…」
俺は意を決して、数年ぶりに勢いよく地を蹴った。
足の裏が冷たい地面に何度も触れては離れる。視界が絶え間なく流れて行く。洞窟内の湿った空気を切り裂いて進んで行く。
これは、自分でも思わない程に速度が出ている。
と言うか…
―――こんなスピードって……オリンピック選手くらいじゃないと出せなくない?
俺は自身の風を切る速度に疑問を持ちながらも、一頻り洞窟内を走り回った。
徐々にスピードを殺して、俺は足を止めた。
走り終えた直後でも疲れは一切感じない。汗もかかない。
心臓への負荷も然り。
「ほ、本当に何ともない。嘘みたいに元気だ」
―――寧ろ元気有り余り過ぎじゃない?
俺はもう一度自分の身体を確認した。
「やっぱり、身長が少し伸びた気がする。骨と皮だった腕と足に筋肉が無駄なくついてるし、心成しか、視力と聴力も良くなった気がするぞ」
―――いったい俺の体に何が起きてる?俺はどの位眠っていたんだろう?
これだけの実感が持てる以上、この身体が自分の物だという事を疑いはしない。
しかし、自分の身体に異変が起きている事は間違いない。
後確認すべきは、自分の居場所だけだ。
「外へ出てみよう。確認しないと…」
俺は再び足を動かし始めた。
光る石の示しを頼りに何とか進めそうな洞窟を突き進む。
それにしても幻想的な風景だ。
光る石に照らされて、青白く輝く洞窟の側面。
おまけに空気が新鮮で美味しい。若干の湿り気はあるが、それが逆に涼しくて快適だ。
「なんか、一日この中に居ても一切飽きる気がしないな」
そんな事を思いつつ、俺は洞窟内を光る石に導かれて歩き続けた。
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―――――――――
――――――
洞窟の中を歩き続けて、体感で半日程過ぎた頃。
ようやく外の光が差し込む出口を見つけた。
「やっと見つけた…!」
ずっと歩き続けたにも関わらず、息切れは殆どなく筋肉の疲弊も感じない。
ただ思いの外歩き続けて、ようやく変わり映えしない風景から脱した安心感がドッと押し寄せた。
「ふぅ…―――よし」
―――現状。分からない事を悩んでても埒が明かないし、先ずは人がいる場所を探そう。
俺は洞窟の中から、深呼吸を一つ吐いて脱出した。
洞窟で暗さに慣れた視界に、刺すような日の光が入り込み、瞼を閉じた。
瞼の皮を通して入り込む光で内側がぼんやり赤く光る。
眩しくない程度の光で目を慣らし、少しずつ瞼を上げていくと、緑が鮮やかな木々の羅列した光景が視界いっぱいに広がる。
足元は土、所々に浮き出る岩々と、風にそよぐ草花……―――森林だ。
ソレも相当範囲が広い大森林だ。
「都会じゃない事くらいは分かってたけど、どこか地方の田舎か?」
ソレにしたってこんな広大な大森林が日本にあっただろうか?
―――一体…誰が俺をこんな場所に連れて来た?
俺自身は勿論のこと、寝たきりだったのだから自分の意志で移動する事は出来ない。
俺は顎に手を添えて、瞼を閉じ、思考を巡らせた。
「はっ!まさかっ!」
―――入院していた病院の治療ミスが発覚してしまい、事実を隠蔽する為に俺の存在を無かった事にされたとか…!?
「………」
―――まぁ無いわな。
ドラマの見過ぎだ。
自分の間抜けなボケにツッコミを入れて、俺は終わりの見えない大森林の中を進む決意をした。
「歩けない程じゃないけど、道の整備はされてないな。人がほとんど来ないような場所なのか?」
木々の間を縫って進むと、時々動物らしき鳴き声が聞こえる。
空を仰げば、ずっと上空を鳥の姿をした生物が飛んでいる。結構な大鳥だ。
「一向に森の終わりが見えない。どんだけ広いんだよ、この森…?」
ますます謎が深まった。俺が何故こんな森の中の洞窟の中に置き去りになれていたのか…。
何か物凄く事件性を感じる。さっきはドラマの見過ぎとか思ってたけど、ここまで意味不明過ぎるとその考えも馬鹿に出来なくなって来る。
「今更になって不安になってきた。早く人を見つけて―――」
―――現状を把握しないと…
そう口に出す直前。凍てつかせる様な妙な悪寒が全身に駆け巡った。
「な、何だ…?」
―――何か、居る…?
俺は直感的にそう思った。
明らかな敵意を持って近づいて来る何かが居ると…。
―――何かが…コッチに来る…!
案の定。俺の視線の先の茂みがざわつき始めた。
それと比例して強まって来る敵意の存在。
―――何だよこの感覚…?!体の芯からサイレンが鳴ってるみたいだ…!
訳が分からず、俺は身構える事しか出来ない。
突如、敵意を示す存在が、驚くほど速い速度で俺の周りを駆け回り、俺を包囲する。
姿は見えないが、茂みの中を駆け回っているお陰で、足音や草木の揺れるで居場所は分かった。
少しの間、目に見えない相手との睨み合いが続いた。
―――クソ!いつまでこうしてるつもりで……
だが、その睨み合いも長くは続かなかった。ピタリと物音が消え、辺りが静けさを取り戻す。
そして―――
―――…!後ろ!
相手の位置を把握して振り返ると、茂みから大人より大きな何かが飛び掛かって来た。
攻撃されると瞬時に察知した俺は反射的に腕を体の前に構えた。
―――ヤバい!死ぬ…!
「クソ…ッ!」
俺は二度目の死を覚悟した。
―――結局俺は何処に行こうと、長くは生かせてもらえないんだ……
俺は死を覚悟して、瞼を強く閉じた。
しかし、状況は俺の思う様には進まなかった。
死を覚悟したと同時に、突如、反射的に自分の身体の前に構えていた掌が熱くなり、赤く煌めく炎が放出されたのだ。
俺は閉じていた瞼を見開いた。
「え」
瞼を開いて最初に飛び込んできたのは、俺の掌から放出された炎が襲い掛かってくる対象を呑み込み、轟々と燃え上がる光景。
炎の中でのた打ち回る対象。そして、尻もちをついて呆気にとられる俺。
「―――……は」
―――は?はぁ…!?何だよ今のは…!?
俺は今しがた自分が殺されかけた事実より、己の身に起きた異常現象に驚く事しか出来なかった。
炎に包まれた何かは、苦しむ様な唸り声を上げ、炎が鎮火する前にその場か走り去った。
炎の中で揺らめき動くその姿は、どうやら四足歩行の犬に似た動物だったようだ。
見るからに肉食動物で、俺を獲物として襲うつもりだったのだろう。
「狼か…?い、いや!そんな事より!」
俺は恐る恐る、自分の掌を見つめた。
「俺の手から、炎…?」
夢なのだと思いたかったけど、これは最早、否定出来ない。
先程まで自分でも馬鹿にしていた可能性の……確定である。
「俺ってば……本当に、マジで、来ちゃった…?」
―――異世界へ…!
どうやらこれは、紛れも無い“現実”。
ここは疑い様の無い“異世界”で。
これから先に“俺の第二の人生”が始まろうとしている。
ふと、俺は前世で小学校の卒業文集で書いた、自分の作文の書き出しを思い出した。
『生まれ変わったら、雑草になりたいです。』
「……なれなかったな。雑草」
―――神様。俺はアンタを恨むぞ? こんなヤバい世界に転生させやがって…!
俺は、今の俺の心の内と対照的に、憎たらしい程晴れ渡る晴天を睨んだ。
「取り合えず……コレから、どうしよう……」
これより始まる“俺”の物語。
この時はまだ、何も知らなかった。
この世界の事、魔法の事、そして俺自身の事を…
後に、信頼する仲間を従え、この異世界に君臨する存在―――
“被虐の魔王”と呼ばれる事を―――!
【ぷちっとひぎゃまお!(という名の詳細紹介)】
転生した“魔王”―――ヨウ(黒木葉)
名前由来:葉っぱ
本作の主人公です。