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「……昨日のこと、訊かないんだな」
夢の中の俺は、あのときとは違っていた。
確か、あのときは、そのまま別の話をし始めた記憶がある。
「昨日のこと?」
「帰りに正門で待ってた女の子のこと」
「あー、あの子ね」
若菜は、まるでそんなことなど気にもしていなかった様な顔をした。
「付き合うんでしょ?」
「いや、断ったよ」
「え……なんで?」
若菜は、俺があの子と付き合うんだと思っていたらしく驚いていた。
あの日だって、放課後、四人で一緒に帰っているときに優がこの話題に触れ、俺が断ったと言ったら今と同じ顔で驚いていた。
「好きな人がいるから」
「…………」
「まぁ……今、俺の隣にいる人なんだけど……な」
「え?」
若菜は少しだけ首を傾げた。
「もしかして……」
そして俺の耳元に顔を近づけ、囁いた。
「小池くん?」
「はぁっ!?」
(何故そうなる?)
若菜が言った『小池くん』とは、俺の左隣に座っている男だ。
そりゃあ、確かに言われてみれば、こいつも“隣”だが……普通は違うと思うだろ。
「俺が言ってんのは、右隣にいる人のことなんだけど?」
「それってー……」
若菜は「私?」と言った顔で自分を指差した。
俺がコクコクと頷くと、顔を赤くしながらゆっくりと前を向いた。
(……えー、そんな反応?)
段々、頭が真っ白になって夢はそこで終わった――。
「……瑛悟」
誰かが俺の体を揺さぶっている。
「んー……?」
「瑛悟」
その声に起こされ、俺はまだ重い瞼を開いた。
「早く起きないと遅刻しちゃうよ?」
そう言って俺の顔を覗き込んできたのは――、
「置いてっちゃうわよ?」
若菜だった。
「えっ!?」
俺は思わず飛び起きた。
「わ、若菜……?」
「うん?」
「おまえ……生きてたのか? てか、どうやって入って来たんだ?」
若菜は昨日、自殺したはず……それに俺の部屋の合鍵を持っているのは茉莉だけだ。
「“生きてたのか?”って、人を勝手に殺さないでよ。しかも、どうやって入って来たって……私、昨夜からずっといるじゃないの」
「へ?」
「もぉ~、瑛悟、また寝惚けてる?」
俺がキョトンとした顔をしていると、若菜は苦笑いしながら俺の頬をぷにぷにと摘んだ。
「……茉莉、は?」
「茉莉? 茉莉なら優の所じゃない?」
「優?」
「うん、だって昨日も一緒に帰ったし」
「なんで?」
「なんでって……そんなの付き合ってるんだから当たり前でしょう?」
若菜はアハハっと笑った。
「……付き合ってるって……、優と茉莉が?」
「そうよ? 今さら何言ってるの?」
「俺と付き合ってなかった?」
「誰が?」
「茉莉が」
「……ふざけてる?」
「いえ、まったく」
「…………」
なんか若菜がムッとしている。
(まさか……)
「今日って……何月何日?」
「八月八日」
(やっぱり……また戻ってる)
「若菜、兵藤樹ってヤツ、知ってるよな?」
「うん、知ってるよ。てか、懐かしい名前だね?」
「おまえ、そいつと付き合ってなかった?」
「はぁっ!?」
(あれ? この反応は……)
「もうっ! 何言ってるの? 兵藤さんに付き合ってくれって言われたとき、既に私は瑛悟と付き合ってたでしょ? それでも兵藤さんがしつこかったから瑛悟にバイト先変えろって言われて、私、バイト変わったじゃない」
(そうだ……若菜と兵藤はバイト先で知り合ったんだ。それにしても、兵藤と若菜が出会ったとき、既に俺と付き合ってたって……)
「あのぉー……つかぬことをお伺いしますが……」
「何?」
「俺と若菜ってー……いつから付き合ってんだっけ?」
「…………」
(あ、さらにまた怒った気が……)
「……高二から。瑛悟が後輩の女の子に告られた次の日からでしょ」
若菜は怒りを通り越して呆れた顔で答えた。
(じゃあ……あの後、俺達……)
そして……呆れ顔をしている若菜の肩越しに、あの青いニゲラの花が見えた――。




