33話 元不良も歩けば猟犬に当たる
「最近この辺りで、うちや隣の桜華女子の生徒が他校生に絡まれる事案が発生しているようなの。みんな気を付けてね」
帰りのロングホームルーム。
担任の佐藤先生が珍しく真面目な顔をして通達した。
直後にクラスメイトから一斉にチラリと俺へ向けられる視線。
え、知らねぇよ? 何この『不良の管轄だろ』みたいな空気。いじめか。
「もう、みんな! 吾妻くんのお友達って決まった訳じゃないでしょ!?」
佐藤先生が気付いてフォローしてくれるが、言い方がまずい!
案の定、犯人像が他校の不良から俺のダチへとシフトして『やっぱり……』みたいな雰囲気になる。ほら見ろ……。
「僕らのツレとちゃうで。真面目な生徒に絡むアホはいてへん」
そんな中しれっと発言したのは司だ。
おい、声のトーン下がってるぞ。威嚇するなよ。
「だ、だそうよ。じゃあ解散! 気を付けて帰ってね!」
すっかり怯えてしまった佐藤先生は口早に締め括り、助けを求めるアイコンタクトを送ってくる。
ルイスの件以来どうやら信用度が増したらしいが、俺は司より凶悪です。
「他校生って、どこの学校なのかしら」
少しずつ席を立つクラスメイトが出始めた時、隣の椿がふと呟いた。
昼休みのことなど無かったように普通だ。
教室に戻る前、変に距離を置くことだけはしないでくれと釘を刺されたので、こっちもいつも通りに答えることにした。
だけど少しずつ向き合おうと思っている。誠意には誠意を持って応えたい。
「さあなぁ。先生に訊いてみるか?」
「いえ、そこまでしなくていいわ。よく考えたらその程度の雑魚、どこにでもいるもの」
「……ソウダネ」
さすが椿。他の女子が嫌だとか怖いとか言っている中、そのセリフ強過ぎるわ。
まあ俺だって関わるつもりはない。
椿も同じ方向に帰る司がいるので心配は要らないだろう。
問題があるとすれば雪奈と氷奈だ。
朝の登校は一緒にするが、帰りは基本バラバラ。
母さんたちが出張から戻って以後は夕飯の買い出しをする必要もなくなったので、落ち合うことがないのだ。
ここは一度、篠宮セ●ムに相談してみるべきか否か。
いや、篠宮も女子だ。護衛にはならない。うーん……。
――とか言ってたら帰り道に俺が絡まれた。
「おい、聞いてんのかテメェ!」
「ビビって放心してんのか? あァ?」
ボケーッと考えながら歩いていたので、隙の多そうなアホ面だったのかもしれない。にしても早くね?
いきなり襟元を乱暴に掴み締め上げ、メンチ切ってくる目の前の不良。
金髪とロン毛の二人組で、派手なTシャツに学ラン、胸元と腕にはオラついたシルバーアクセ。ウォレットチェーンも忘れない。
なんともチャラついたヤンキーだ。
「チッ。いいからさっさと財布出せや!」
「はは。出す訳ないじゃないか」
学ランってどこの学校か分かり辛いんだよなと思いつつ、好青年の格好通り爽やかに答えれば、プツンと切れる二人組。
「じゃあ勝手に貰ってくわ。テメェをボコってからな!」
怒り全開の金髪が大振りに殴り掛かってくる。
モーションが大き過ぎて実に避けやすい。
躱した隙にガラ空きになった脇腹目掛けて反射的に膝蹴りしそうになり、寸前で思い止まった。
もうケンカをする訳にはいかないのだ。
次いでロン毛の中段蹴りもガードすることなく見切って避け、互いに距離を取る。
椿の言っていた通りザコだな。
「クッソ、なんで当たらねぇ!」
動きに無駄が多いからだよ。
あとケンカなんてしなさそうな平凡だと舐めてるから。
しかし反撃が出来ないとなると、どうやってこの場を乗り切るか。
ここは公園近くの一般道。人目がないわけじゃない。
走って撒くのも面倒だし、いっそ公衆トイレに逃げるフリして誘い込みシメるか?
いやでも制服で学校がバレて復讐に来られてもまずいしな。
「死ねオラアァぅぶっ……!!」
決めかねていると何か叫んでいる途中でブッ飛ばされていく金髪。
新たな登場人物が拳で乱入してきたからだ。え?
「んだ、テメェ――ひぃっ! い、いい乾くん……!」
「あァ? 勝手にくん付けしてんじゃねぇよ。クソきめぇ。このうぜぇロン毛、一本残らず毟られてぇのか?」
ロン毛が仰け反るほど強く髪を掴む襲撃者。
絡んできた不良と同じ学ラン、切れ長の目は鋭く、燃えるような赤い髪は全体的にハネている。
金髪やロン毛とは明らかに強さのレベルが違うと一目で分かる男だ。
そいつは俺と目が合った途端、別人のように相好を崩した。
「怪我はないッスか?」
「あー……、うん」
「は!? 知り合いぐはっ……!」
「勝手に会話に入ってくんじゃねぇよゴミが」
一変してロン毛に頭突きを食らわし地面に放り投げる赤髪。
動かなくなったロン毛をわざと踏みつけ、近付いて来る。うわー……。
「久し振りッスね。キング!」
「……とりあえずこっち来い」
パタパタと揺れる尻尾と耳が見えそうな赤髪を公園に引きずり込む。
万が一、双子に見られでもしたらまずい。
青々と葉が生い茂る木の影まで連行し、改めて赤髪に向き直った。
「元気そうだな。蘭丸」
赤髪こと乾蘭丸は中学時代の仲間の一人。
不良校と名高い西浦高校に入学した、ケンカ大好きバトルマニアだ。
ちなみに出会った時は『猟犬』と呼ばれていたが、俺に負けてから『キングの猟犬』に変わった。飼った覚えはない。
それぐらい懐かれている。
「キングはなんかお疲れッスね。やっぱ無理してんでしょ」
「もうキングって呼ぶな。俺の心の平穏の為に……。名前で呼んでくれ」
「えっ。じゃ、じゃあリョウタ、くん」
照れ臭そうにする目の前のこいつと、さっきの暴力性の落差がえげつない……。
心を許した相手とそれ以外で態度が違いすぎるのは猟犬らしい――のか?
いや、分からん。そもそも人に『猟犬』ってどうよ。
「そんなに疲れた顔してるか?」
「草臥れたリーマンみたいッス」
まだピッチピチの高校一年生だぞ。DKだぞ。
「それよりさっきの二人、蘭丸のこと知ってたけど同じ学校のやつなのか?」
「はい。校内で騒いでんの見たことあるんで。後で殺しときます。公坂の病院ならベッド空いてるッスよね」
「うん、ちょっと一回落ち着こうか」
「? 焦らずジワジワ痛めつけろってことッスか?」
誰が拷問の指導方針を示した!
「口頭注意でいいからな。百歩譲ってゲンコツ一発。けどお前らの学校の生徒、うちの学校の教師に警戒されてるぞ」
「まじッスか。迷惑掛けてすんません……」
分かり易く落ち込む蘭丸。俺より高い位置にある頭がしょんぼりと項垂れた。
「別に蘭丸が謝ることじゃないだろ」
「でも今、西浦のトップ張ってんのオレなんで」
「……は?」
「入学して三日で制圧しました」
どこのヤンキー漫画だよ。
「一年のオレが頂点なのを気に食わない連中が、憂さ晴らしに他校生にイチャモン付けてるんだと思います」
「どこのヤンキー漫画だよ!」
大事なことなので二度言った。声に出して言った。
「リョウタくんが居てくれたらよかったのに、公坂のクソと荒崎なんかに行っちゃうから……」
「クソってお前……。というか、俺がいたとしても同じだと思うぞ」
「そんなことないッス! 戦力は単純に倍以上。オレは狩りに専念できるし」
同じ学校のやつを獲物扱いするなよ。
だから猟犬とか言われ――納得しちゃったじゃねぇか。
「……いかにも不良校に進学する訳にはいかなかったんだよ」
「分かってるッス。おばさんの為でしょ? その似合わない格好も。ちょっと言ってみただけッス」
おい、地味に傷付いたぞ。やっぱ真面目な格好は似合わないのか。
「とにかく蘭丸が来てくれて助かった。ありがとな」
「! いえ。オレもうちのアホが他校生にちょっかい掛けてるって噂を聞いて、見回りしてただけなんで」
「へぇ、偉いな」
「だって正当に思いっ切り殴れるじゃないッスか」
前言撤回。ケンカしたいだけじゃねぇかよ。変わってねぇ……。
「ていうのは半分冗談で、リョウタくんのことが気掛かりだったんス。もうケンカしないって言ってたでしょ? 案の定、困ってたし」
「え……」
「だからリョウタくんの学校周辺は、特に念入りに警戒してた甲斐があったッス」
……すげぇ偶然かと思ったら努力の賜じゃねぇかよ。
「なんでそんなに懐いてくれたんだかなぁ」
「オレを沈めた芸術的なハイキックに惚れたんスよ」
二ッと良い笑顔が返ってくる。
確かルイスと仲良くなるきっかけも、助けに入った時の飛び蹴りがお気に入りの格ゲーキャラと角度や動きが同じだったからだと言われたなと、ふとそんな事を思い出した。
そんな呑気な俺が重大な局面に差し掛かるのは、すぐ後のこと。




