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32話 踏み出す勇気

「瀬名くん、お弁当を作ってきたわ」

 週が明けて月曜日。

 昼休み開始のチャイムが鳴った直後、椿が俺の机に重箱らしき風呂敷包みをドンと置いた。


「…………は?」

「聞こえなかったかしら。愛妻弁当を作ってきたと言ったの」

「あ、愛……!?」

 ただの弁当からグレードアップしてんじゃねぇか!


 近くの席のやつらにも聞こえたのか、伝播するように集まる視線。

 沼沢が「やっぱキングパねぇ!」とか騒いでいるのが目に付いた。ちょっと黙ってくれ。キング言うな。

「んぐっ!?」

 固まっていたら急に頬をつねられ、無理矢理に犯人の方へと意識を戻される。

「ふはひ、いへえ。あにふんら(訳:椿、痛ぇ。何すんだ)」

「よかったわね。夢じゃないわよ」

 それ自分で確かめるやつ。

 というか、マイペースおばけか! 見ろ、周りの視線を……。


「ボーッとしてないで屋上に行くわよ」

 椿は構わず風呂敷包みを手にすると、反対側の手で俺の腕を掴み歩き出す。

「ちょ、司は――」

 教室内を振り返ると笑顔で手を振ってくる悪友。おいいいい!

「放っておけばいいわ。話はついているから」

「は!?」

「庵西くんもよ」

「用意周到!」

 いつの間にそんな談合がなされていたんだ。

 俺抜きのグループラインか。何そのツッコミ不在そうなの見てぇ。


「……嫌だったかしら」

 廊下を歩きながら、椿にしては珍しく弱気な口調で訊いてくる。

 前を歩いているから背中しか見えないが、不安を感じ取るには充分だった。

「そうは言ってないだろ。……弁当、俺が持つから貸してくれ」

 できるだけキツくないよう心掛けて言えば、椿は立ち止まる。

 くるりと向きを変えると距離を詰め、風呂敷包みを預けてきた。


「ありがとう」

 ちょっと泣きそうと嬉しそうが混ざった、微かな笑顔を浮かべる椿。

 滅多に見られない表情に一瞬ドキッとした。

「お、おう」

 ……なんか、調子狂うな。

 すっかりペースを乱されたのもあり、それ以上は特に会話も無く、並んで屋上を目指した。


   * * *


「良い天気だな」

 屋上に出れば燦々と太陽が降り注いでいて、少し暑いと感じるぐらいの上天気。

 これだと給水塔の影になる場所がいいだろう。

「あそこでいいか?」

「ええ」

 ちょうど日陰になる所を指差すと、椿は頷き後をついて来る。

 先に腰を下ろせばいつものように正面ではなく、真横に座ってきた。


「ち、近くねぇ?」

「近くないと出来ないじゃない」

「? 何を?」

「お弁当の醍醐味と言えば『アーン』でしょう」

 それは恋人同士の場合だ!


「さっきのしおらしさはどこへ……」

「嫌がられていないと分かったから、もっと攻めてもいいかなと考えた結果よ」

「ずっと黙ってた理由それかよ!」

「大人しい方が好みだったかしら」

「……いや、気まずいからいつも通りがいい」

 あれでは間が持たない。

「ならよかったわ」

 そう言って椿はおもむろに風呂敷を解く。

 現れたのは想像通り高級そうな重箱と箸二膳、小さめの水筒。

 椿は重箱の蓋を開ける前に、トクトクと水筒の中身を注ぎ差し出してきた。


「どうぞ」

「さ、サンキュー」

 湯気と一緒にくゆるのは緑茶の香り。ちょっと落ち着く。

「今さら訊くのもなんだけれど、お昼を持って来てはいないわよね?」

「ああ。購買で買う予定だったからな」

 直純さんが冷凍レシピを活かして愛義父弁当を作ろうとしたけど、必死にお断りをした。そこまでさせられない。

 最終的に「友達と購買まで競争するのが楽しいんです!」と、わんぱく男子みたいな言い訳まで駆使した。何かを失った気がする。


 喉を潤している間に、明らかになっていく二段重ねの重箱の中身。

 黄金色の卵焼き、皮までパリッと焼けた鮭、サクッじゅわっとしてそうな唐揚げ、ほうれん草のゴマ和え、何種類かの混ぜご飯のおにぎり等々と和食メインになっていた。

 彩も良く一品一品とても丁寧に作られている。

「全部一人で作ったわ」

「マジか!?」

「ええ。混じりっ気なく私の愛情のみよ」


 ……これを作る為には何時に起きなきゃならなかったんだ。

 俺だって少しは料理をする。

 だからその大変さは分かるつもりだ。


「――椿、一つ訊いていいか」

「何かしら?」

「その……、俺なんかのどこがいいんだ」

 これ程の愛情を向けられることをした覚えがない。

 理由がまるで分からない。


 椿はおかずを取り分けていた手を止めると、真っ直ぐに俺を見た。

「ちゃんと言っていなかったわね。いいわ、話しておきましょう」

 何を言われるのか思わずゴクリと喉が鳴る。

 心臓もドキドキとうるさい。

「最初に会った時は、頭の悪そうな不良だとしか思っていなかったわ」

 おい、いきなり悪口から始まっちゃったぞ。

 しかし話を振ったのは俺。ツッコみたいのを我慢して続きを待った。


「でも司を通して一緒にいる機会が増えていくと、色んな一面を知るようになった。自分からは決してケンカを売らないこと、人を悪く言わないこと、誰かの為に一生懸命になれること。……時々寂しそうな顔をすること」

「え……」

「なぜだか妙に気になっている内、家庭の事情を知ったわ。その時に自然と思ったのよ。『ああ、私ならずっと傍にいるのに。だからもっと笑って欲しい』って。それで自覚した。きっかけとかは特にないわ。気付いた時にはもう――ってやつよ」

 少し伏し目がちに締めくくる椿。

 長い睫毛を見ていると再び目が合った。


「言っておくけど同情じゃないわよ。私はそんなに慈善的じゃない。好きでもない相手に寄り添いたいなんて思わないから」

 少し頭を掠めた可能性を先に否定され、俺は黙るしかなくなる。

「気付いたもののどうしていいか分からなくて、司と同じように接することで友人のポジションに甘んじてきたけれど、瀬名くんの周りが異性で賑やかになり始めて焦りが生まれた。一歩抜け出したくなったのよ。だから打ち明けたの」

 ……椿がそんなことを考えていたなんて、全く気付かなかった。

 いつだって冷静で淡々としていて、でも本当は優しい頼れる悪友。

 俺の中の椿の印象はこれに限る。


 椿はそこから逸脱しようとしている。


「……話してくれてありがとな。でもやっぱり俺は――」

「瀬名くんが好意に鈍いのも及び腰になるのも、なんとなく察しは付いているつもりよ」

「……、」

 そんなとこまでお見通しとは。……よく見てるんだな。


 俺は母さんを捨てたあいつと同じになるのを恐れている。

 血を引いている以上、いつか似たことをするんじゃないかって。

 頭ではいくら否定しても不安が拭いきれない。どうしようもない。

 変わらなければならないのは、俺の方なのだ。


「この前も言ったけれど、勝手に攻め落とすから瀬名くんはそのままでいてくれたら充分よ」

 同時におかずの少し減った重箱を俺の前へと押し出す椿。

 椿の前には重箱の蓋に載った、減った分のおかず。

「話は終わりにしましょう。そっちは瀬名くんが食べて。残したら許さないわよ」

「いや、さすがにこれは多い……」

「なら食べさせてくれたら、私が食べてあげるわ」

「はあ!?」

 アーンって俺がする側だったのか!? 騙された!


「吐きそうになるまで食べ続けるか、大人しく私に給仕するか。早く決めないと昼休みが終わってしまうわよ?」

 恐るべし肉食女子。

 己の欲求を満たしつつ、暗い気持ちごと食らい尽くしてくれた。



 俺がどっちを選んだかは、想像に任せる。

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