1話 来たるべくXデー
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「キモい」
目の前の少女から俺へと向けられた第一声。
初対面の相手に対する配慮など、ドブに投げ捨ててきたような一言だ。
なぜだと思いながら改めて彼女を見る。
陶器のように白く艶やかな肌、少しだけツリ気味な大きな目、ほんのり色づいた潤った唇、栗色の長い髪をツインテールにしているのがよく似合っている。
一般人であることを疑いたくなるような、ちょっとあり得ないくらいの美少女だ。
「な、なに見てるのよ」
声も可愛い。
ジト目で睨んでくるけど全然怖くない。むしろ可愛さしかない。
そんな美少女の隣にはもう一つ同じ顔がある。
双子の妹だ。
こっちはツインテールではなくサイドテールにしていて、それもまたよく似合っている。
「ゆっ、雪ちゃん! 失礼だよ!」
なんかすごい慌てているのが面白可愛い。
「こら二人とも。ちゃんと挨拶をしなさい」
そんな美少女二人を呆れたように、上座に座った男性が諭した。
高そうなスーツを見事に着こなしたダンディな紳士だ。
ダンディはハァと小さく溜め息を吐くと、申し訳なさそうな顔で俺に向き直る。
「すまない凌大くん。ちょっと甘やかし過ぎたみたいで」
「いえ、気にしないでください」
さすが美少女の父親。
四十歳と聞いたがイケメンオーラが半端ない。どこぞの俳優のようだ。
しかも会社まで経営しているとか、ハイスペックすぎるだろ。
「本当に良い子だなぁ。さすが凜子さんの息子さんだ」
「うふふ。これからは貴方の息子になるのよ?」
「あ、そうか。あはは」
俺の隣で母親こと凜子が、ダンディと嬉しそうに笑い合う。
もうお気付きかとは思うが俺は今、母親の再婚相手と絶賛顔合わせ中である。
場所は都内でも有名な高級料亭。
開け放たれた障子からは立派な日本庭園と、ししおどしの風流な音色が満喫できる雅なお食事処だ。
正直、場違いすぎてまるで良さが分からん……。
庭の手入れが死ぬほど面倒だろとか、ししおどしうぜぇとか、情緒もへったくれもない感想しか抱けない。
向こうの一家にとってはこれが普通の生活レベルみたいだが、幼少期から母子家庭で育った身としては居心地の悪さしかない。
「――くん? 凌大くん、大丈夫かい?」
「え? あ、はい。素材を生かした上品な味付けで美味しいです」
「? 料理まだだけど?」
「えッ!? あ、いや、自然の空気が美味しいですって言おうとしたんです!」
「なんだ、そうかぁ。ここが気に入ってくれたなら嬉しいよ」
「はい。いいお店ですね。ははは」
やべぇ!
話を聞いていなかったせいで、とっさに『味の感想を訊かれた時マニュアル』を口走ってしまった!
まだ対面中だ。集中しろ集中。
……うっかりボロが出たらどうする!
「あら~。珍しく緊張しているのねぇ」
「母さん、だって仕方ないだろ。これから家族になりますって人と会っても、どんな顔していいか分からないよ」
――俺は今、超特大級の猫を被っている。
普段の俺ならこう言う。
「仕方ねぇだろ。家族になろうよって、歌じゃねんだぞ!? どんな顔すりゃいいのか分かんねーよ!」
自分で思うが落差がひどい。
俺の素はこんな感じだ。はっきり言って素行がよろしくない。
売られたケンカはもれなく買い占める不良である。
いや、元不良か。
高校に進学してから落ち着いたとはいえ、中学時代は盗んだバイクで走り出す勢いだった。いや本当には盗んでないよ? 例えだよ?
犯罪に手を染めてはいないが、おまわりの補導は日常茶飯事。
自分から仕掛けることはなかったものの、絡まれれば倍返しの精神で暴れていた。
コンビニの駐車場にもたむろしたし、校庭でロケット花火もド派手に打ち上げた。
うん、若かったな。良い子は真似しないでほしい。
そんな訳で母親には随分と迷惑を掛けた。
その母親が三十代半ばにして再び幸せを掴もうとしている今、俺が邪魔をするわけにはいかない。
俺を養うためにパートをしながら秘書の資格を取得し、再婚相手であるダンディもとい吾妻さんの会社に入社したのが約二年前。
それから秘書として吾妻さんを支える内、自然と惹かれ合うようになった二人は交際をスタートし今に至る。らしい。
母親の馴れ初めとか心の底から知りたくないが、何度も聞かされると覚えるんだよ……。
そしてついに両家の対面となった本日。
婚約が破談にならないよう、俺はさっきから必死に好青年を演じているのである。
母さんには必要ないと言われたが、娘がいるのに不良を迎え入れる父親などまずいないだろう。俺のせいでそうなってしまっては、胸糞悪いなんてもんじゃない。
だから必死に取り繕っているのだが。
自分でやっといてなんだけど、ストレスで庭を全力疾走したい気分だ。
もうそこに生えてる立派な松の木とか殴り倒したい。ししおどしブチ割りたい!
何より自分が気持ち悪ぃ……。
あれ?
自己紹介の後、対面に座る美少女から言われた一言と同じじゃねぇか。
もしかしてバレてんのか!?
……い、いやいや。まさかな。
この日の為にどれだけ特訓したと思っている。
頭だけはキレる悪友二人から散々いじられるのにも耐えて、何日も練習したんだ。
最終的にはお墨付きを貰ったんだし大丈夫。
きっと純粋に俺の笑顔がキモかっただけだろう! ……おい、大丈夫かコレ?
チラッと向かいの席を伺い見れば、ツインテールと目が合う。
途端に慌てて逸らされる視線。
俺ってそんなにキモいのか凹む。
「凌大くん」
しかし落ち込む暇はなく吾妻さんが話を振ってくる。
「私の都合に合わせてしまって申し訳ないと思っている。だが、凜子さんと一緒にいたいんだ。幸せにしたい。もちろん凌大くんも。許してくれるかい?」
いきなり恥ずかし気もなくそんなことを口にする吾妻さん。
向けられる顔はとても真剣で、心の中ですら茶化すのを憚られた。
この人は真面目そうだしそこまで想ってくれているなら、俺の本当の父親のようにはならないだろう。
だとしたら言うことは決まっている。
「俺は母さんが幸せならそれでいいです」
「っ! 凌くん!」
おいオカン、嬉しそうに手を握るな見つめるな。あと頼むから凌くんはやめろぉ……!
「俺のことより、そちらの二人はいいんですか?」
なんとかポーカーフェイスで羞恥プレイに耐えながら、双子の美少女を視線で指す。
母親から日頃一方的にもたらされていた情報によると、ツインテールが吾妻雪奈。
サイドテールの方が妹で吾妻氷奈。
俺と同じくこの春から高校一年。
誕生月は俺が先だったはずだ。
双子は名前の通り冬生まれだったから覚えている。俺は真夏。
「雪奈、氷奈」
吾妻さんが二人に促す。
双子は同じタイミングで顔を見合わせると、それぞれに反応を返してきた。
「……り、凜子さんならいいわ」
雪奈は頬を若干赤くして顔を背けながら。
「私も凜子さん大好きですから!」
氷奈は癒し系のニッコリとした笑顔で。
「雪奈ちゃん、氷奈ちゃん……!」
それを見て二人に抱き付く母さん。感動のハグである。
俺は雪奈の態度に「なるほどツンデレか」と的外れな感想を抱いていた。
「ちょ、ちょっと凜子さん!」
「苦しいですよ~」
「あら、ごめんね。でも嬉しくて!」
ぎゅーっと抱きしめ続ける母親と、文句を言いつつも嬉しそうな双子。
……仲良いな。
まあ仕事の合間や帰りに吾妻さん家に行っては二人の面倒を見ていたようだし、それなりの関係が築けているのだろう。
懐いているならいいことだ。
おかげで俺は放置気味だったが特に文句はない。むしろ自由で快適だった。
調子に乗ってバイトのシフトを入れまくったせいで疲労感満載なだけだ。
「凌大くん、私たちもハグしようか!」
何言ってんだおっさん!?
興奮気味な笑顔で両手を広げてくる再婚相手。
三人の様子をぼーっと見ていた俺に何を思ったのか知らんが、ここはハグの文化など無い日本だとか以前に無理だ!
「あの、俺ちょっとトイレに行ってきます」
もう色々と面倒になってきたので、尿意もないのに席を立つ。
返事も待たずに襖を開け、逃げるように部屋を出た。
………………ふぅ。
もう嫌だ帰りてぇ……ッ!
広大な庭園に沿った廊下を当てもなくフラフラと歩く。
優雅に池を泳ぎ回る錦鯉に「俺も混ざりたい……」などと現実逃避しながら眺め歩いていると、着ていたブレザーの裾を急にクンッと引っ張られ、反射的に振り返れば。
「待って」
犯人は俺より頭一つ分くらい背が低い美少女。
吾妻雪奈だった。




