12話 疑惑の人
家政婦って……。
つい昨日仕舞い込んだばかりのNGワードを引っ張り出され、俺の頭は混乱する。
色々と疑問に思いその人を見れば、目が合いニコリと微笑まれた。
「随分と格好良い男の子を連れているのね。どっちかの彼氏?」
「あんたには関係ないでしょ……!」
世間話を始める木崎に、雪奈が厳しい顔で言い放つ。
「まあ怖い。相変わらず可愛げがない子ね」
対する木崎も顔を歪め、雪奈に向かって吐き捨てた。
なんだこれ昼ドラ?
そう気軽にツッコむこともできないような、険悪極まりない空気が流れる。
「……なんでこんな所にいるんですか。引っ越したはずですよね?」
動揺を隠せない、という感じで問いかける氷奈に、木崎は艶やかな黒髪を耳に掛けながら答えた。
「仕事の都合でこの近辺に来ただけよ。私、転職したの。ついでに買い物を済ませて帰ろうと思ったら、偶然貴方たちを見つけて。ちょと懐かしくなったから声を掛けたのよ」
「ならもう気が済んだでしょ。さっさと消えなさいよ!」
「……ほんと生意気なクソガキね。言われなくても行くわよ。私も暇じゃないんだから。旦那様も待っていることだし」
そう言って結婚指輪を見せつけるように、口元を手で隠し笑う。
いや嘲笑う。
……なんだこいつ。
よく知らない相手にこんなことを言うのもアレだが、こんなに人を不快な気持ちにさせられるヤツそうそういねぇよ。
俺は部外者なので黙って見ているが、文句の一つも言ってやりたい。
ぐっと我慢していると氷奈が雪奈を背に庇うように一歩前に出て、冷ややかな一言で反撃した。
「そうですか。貴方なんかと結婚した憐れな旦那様によろしくお伝えください」
「ッ!? この……!」
氷奈の言葉にカッとなった木崎が右手を思いっ切り振り上げる。
勢いよくしなるムチみたいに氷奈に向かって下ろされ――。
店内の陽気なBGMに紛れて、頬を張るより鈍い音が響いた。
「なっ!?」
「凌ちゃん!」
「凌大!」
動揺した木崎の声と、氷奈と雪奈が青い顔をして叫ぶ声が重なる。
木崎が俺の左首を振り抜いたせいだ。
咄嗟に氷奈を庇った結果である。
「……大丈夫。平気だ」
全力ビンタは勘弁だが、氷奈と身長差があったおかげで勢いが完全に付く前の中途半端な平手打ちで済んだ。
それでも伸びた爪が耳下辺りを引っかいたのか、ヒリヒリする。
昔みたいにピアスを着けていたら流血ものだったかもな……。
さすがにここまでくると他の客も「何かあったのか?」と集まり始めてきてしまった。
……まずい。
ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。
「もう帰った方がいいんじゃないですか?」
必死に冷静さを装い木崎に告げる。
じゃないと、抑え付けている本性が暴れ出しそうだった。
氷奈を殴ろうとしたことへの怒りが、腹の底でぐつぐつと煮えくり返っているのが自分でも分かる。
「い、言われなくても行くわよ!」
木崎は視線が集まっていることに気付くと、逃げるように客を押しのけ立ち去って行った。
それを機に客の関心も薄れていき、すぐに元の喧騒へと戻る。
……おい、謝って行けよ。
「り、凌ちゃん、ごめんなさい。氷奈のせいで……」
氷奈が今にも泣き出しそうな顔で、俺のブレザーをギュッと掴んできた。
その手は小刻みに震えている。
よほど怖かったんだろう。
俺まで怖い思いをさせてしまわないよう、殺気立った脳内を意識的に鎮める。
落ち着け。俺は今、好青年でいなくちゃならない。
自己催眠のように数度繰り返してから、氷奈へと向き直った。
「氷奈が謝ることじゃないよ。あんな言い方したのだって、何か理由があるんじゃないのか?」
雪奈も終始ケンカ腰だった。
双子がこんな態度を取るなんて、よほどのことだと思う。
恐らく家政婦が地雷になった原因は、木崎なんだろう。
それなら双子の様子に納得がいく。
なにせ数分会った程度で暴力に出てくるような相手だったのだ。
ロクな人間じゃない。
「それは……」
「いや、そんなのは後でいいか。怖かったよな。大丈夫か?」
「……うっ……」
途端に氷奈の大きな瞳からポロポロと涙がこぼれええええッ!?
なぜ泣く!? 俺まで怖い顔してたのか!?
ゆ、雪奈! ヘルプ! ヘルプミー!!
「あーあ。泣かせた」
「ちょっ、雪奈!?」
しかもなんで嬉しそうに言う!?
「ほら氷奈。凌大が不様にオロオロしてるわよ」
それ慰めながら言うセリフじゃねぇ。例え事実でも。
「……ん……」
すんすんと鼻をすすり、ようやく泣き止む氷奈。ホッ……。
「ごめんなさい、凌ちゃん。氷奈のせいで凌ちゃんが叩かれた罪悪感と、それでも心配してくれた嬉しさが重なっちゃって……」
俺は何と言っていいのか分からず、悩んだ結果、言葉の代わりに氷奈の頭をポンポンと叩き数度撫でた。
小さい頃、母さんにされたことをそのままやってみたのだ。
謝った後にこうされると不思議と落ち着いた記憶がある。
下手な言葉を掛けられるより、手の温かさと優しい仕草に安心したんだよ。
「…………あぅ……」
途端に真っ赤になる氷奈の顔。
あれ?
やべっ! ガキ扱いされたと思って恥ずかしくなったか!? そりゃそうだよな!
「ごめん、つい……」
「い、いえ! むしろもっとやって欲しいくらいで……」
「え?」
謎のリクエストがきたことに困惑し、再び雪奈に目で助けを求める。
どうすれば……?
「べ、別に私はやって欲しいとか思ってないから!」
うん、そうじゃなくて対処法を教えてくれ。
ツンじゃなくて。無視すか。
「……と、とりあえず必要なもの買って帰ろうか」
結局俺一人でさっさと品物を選び、双子が後を歩くかたちになった。
カルガモかよ。
雪奈の言った通り、俺はオカンポジだったみたいだ。




